徒然あずちょも


 迷った。
 どうしたものかなと山鳥毛は腕組みをして考え込んだ。顕現二日目、小豆と飲んでいて厨に追加の酒を取りに行った帰りだった。近道があるんだったかと別の方向に曲がったら見事に迷った。防衛拠点としては正しいつくりかもしれないが、困ってしまった。ここは一体どこなのだろう。
 居住棟ではあるらしく、庭に面した廊下と個々の居住室のドアが並ぶ様は山鳥毛のところと同じだった。真夜中の廊下は光量を落とした橙色の灯りだけで薄暗い。みな寝入っているようで辺りは静まりかえっていた。外を見やれば雪の積もった地面に粉雪がちらついている。誰かを起こすのも忍びなく、それにこの静寂を破るのはもっと気が引ける。
 とりあえず厨を目指すかと来た道を引き返そうとしたところだった。庭を挟んで向かい側の廊下で小豆が手を振っているのが見えた。身振り手振りであっちへ向かえだのなんだの言っている。ちょっと考えてから、ガラス戸を開けてそのまま庭に下りた。
 素足に雪は冷たかった。くるぶしまで足は沈み、一歩進むごとに足は冷え、爪先はすぐに感覚を失った。それでも雪を踏み締めるときのさくさくとした感触や、冷えて凝った地面の固さは面白かった。空を見上げても雪雲が垂れ込め星一つ見えやしない。ただ真っ暗闇から雪がとめどなく降り落ちていた。酒精で火照った体に雪は降り積もり髪や顔や全身を濡らす。身を切るような冷たさだ。吐く息は白く、首筋は鳥肌が立ち、体は震えている。鼻歌を口ずさみそうなくらい気分が良い。
 小豆のところにたどり着くとタオルを投げつけられた。
「かんがえなし」
周囲にはばかって小声だった。
「返す言葉もないな」
手早く足だけ拭って部屋に入る。暖かい部屋に体の強張りが解けていった。やはりあまり体に良い行いではなかったと思う。
 着替えようとすると髪から雫が滴った。頭についていた雪が溶けてきたのだろう。
「しゃわーあびなよ」
「だが酒」
「いいから」
ぐいぐいと風呂場に押し込まれた。
 熱いシャワーで体を温めて戻ると、酒瓶は半分ほど空いていた。
「私の分は?」
「だんしゅしたら?」
「そんな勿体ない」
手酌で酒を注ぐ。
「あんなことしたくせに」
「はしゃいでしまったな」
はあと小豆はわざとらしくため息をついた。
「南泉一文字にめいわくをかけたらだめだよ」
「かけないさ。子猫が可哀想だろう」
「わたしはめいわくをこうむっているのだが?」
「君、良い奴だな」
「おいだすよ?」
「ひとり酒は趣味ではないだろう」
小豆は確かに良い奴だった。一つ鼻を鳴らすだけで山鳥毛を追い出すようなことはしなかった。




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