徒然あずちょも
ゴキブリが出た。
山鳥毛が部屋に帰ると、正面の壁の床すれすれのところに張り付いていたのだ。いきなり目に飛び込んできて足踏みしてしまった。もっとこそこそしてほしい。どうしてそんなに堂々としているんだ。もちろんそんな反応をするくらいなので山鳥毛はゴキブリが苦手だった。絶滅しろとまでは思わないが、視界に入らないでくれとは思う。
いつもなら小豆が処理してくれるのだが、今日ばかりは自分で切り抜けなくてはならなかった。動かれたら困るので、黒い虫を凝視しながら忍び足で棚に殺虫スプレーを取りに行く。殺虫剤を吹きかけた瞬間こちらに飛んできやしないかと気分がげんなりした。
蟹歩きでスプレーを手に取り、物凄く嫌々ながら奴に近づこうとしたところだった。スパンと障子が開けられた。びくっと肩が跳ねる。心臓が飛び出すかと思った。小豆長光だった。
小豆もゴキブリに気づいたようで一瞬足が止まったが、すぐにすたすたとゴキブリに近づいた。足を止めないまま卓からティッシュを三枚ほど取り、腕をひとなぎ、ノーモーションで仕留めた。その間、二秒にも満たない。音もなく黒いコートを翻すさまはまさしく黒き疾風だった。言葉もない山鳥毛ににこりと笑い、捨ててくるねと小豆はまた出て行った。
極めってすごい、山鳥毛は感嘆した。そしてすぐに、修行のことを聞こうと慌てて追いかけた。
そういうわけで、小豆の修行帰還後初の戦果はゴキブリ目ゴキブリ科クロゴキブリだった。
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