徒然あずちょも
妙に視線を感じたのだ。
その日は持ち回りの内勤日で、山鳥毛は事務室で他の刀たちと書類仕事に勤しんでいた。データを纏めるのが主な業務なのだが、何というか、同僚たちから視線を感じる。何かおかしな格好をしているだろうか。内勤は服装も自由なので、内番着のものもいれば完全私服でやって来るものもいる。山鳥毛はいつもの戦闘着ではあるものの、シャツとネクタイのラフな姿だった。気になって隣の乱藤四郎に尋ねてようとしたが、まさに声を掛けようというその瞬間に未処理のデータが発見されてしまった。和やかな雰囲気だった事務室がにわかに慌ただしくなる。やれやれと山鳥毛もシャツの袖をまくった。
結局、事務作業ににかかりきりになり、違和感の正体を確かめるタイミングは逃してしまった。
どうにか一旦データ処理に区切りをつけ、庭で一服していると福島光忠が通りかかった。手には花束を持ち、これから活けるのだろう。花に疎い山鳥毛には百合に似た花弁が一体何の花なのかは分からない。わざわざ声を掛けるには遠かったのだが、ふと目が合った。軽く手を上げると福島も微笑み返す。そしてちょっと驚いた顔をした。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもないさ。ピアスいつもと違うね。それも似合ってる」
「え?」
「え?」
ふたりとも黙りこくって見つめ合ってしまう。ピアスを外すと、確かに福島の言う通り常のものではなく小豆に贈られたものだった。どこで見つけたのか、デザインは普段遣いのものとほぼ同じで、中央に鎮座する石だけが小豆の瞳によく似た透き通るような碧色をしていた。
「気付いてなかった?」
「ああ……」
じわじわと頬に火照りを覚える。
「もしかして、小豆長光がくれたものとか?」
「昨日、非番で、付けっぱなしにしていたらしい」
口にしてから余計なことを言ったとさらに動揺した。このピアスはプライベートのときにしか、正確には小豆の前でしか付けたことがなかった。
狼狽する山鳥毛に福島も色々悟ったのだろう。申し訳なさそうな顔をする。
「恥をかかせたかったわけじゃないんだ」
「分かっている。私が迂闊だっただけだ」
「俺は後継の刀が恋人と仲良くやってるって知れて嬉しいよ」
ふたりとも落ち着いちゃってるからさ、と福島はくすぐったげに笑った。
「そうでもないさ、喧嘩だってする」
「でもそういうところ、見せたがらないだろ? 小豆も山鳥毛も」
「否定はしない」
「似たもの同士だ」
楽しげな福島に山鳥毛も肩の力が抜けた。はっと気の抜けた笑みが溢れた。
「そうだ、この花そっちの部屋に活けさせてくれないかな」
「問題ないが、私たちにはもったいないぞ。ふたりとも無風流でね」
「嫌いじゃないなら、ふたりに貰ってほしいな。ちょうど温室のデンファレが咲いたところでね、飾る場所を探していたんだ。花器は俺のを貸すよ」
山鳥毛が口を挟む間もなく、話がどんどん決まっていく。
「デンファレの花言葉は、似合いのふたりなんだ」
困惑しきりの山鳥毛に福島はニヤッと笑った。
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