無自覚コミュニケーション



-Lの自覚-


 真っ先に話し出したゴッドには何の話してんだと思っていたが、ニコ屋で察した。言われてみれば、おれとゾロ屋は、距離感がおかしい。
 ゾウに行く途中の船ではゴッドの言う通り、三度も麦わら屋に巻き込まれて海に落とされた。そのたびに助けてくれたのはゾロ屋だ。一度目は確かに何もなかった。二度目は単純に介抱してもらっていただけだ。少しの間動けないおれに、楽な体勢のほうがいいだろうと気を遣って膝枕をしてくれていた。それだけだ。見た目に反して、頭を撫でる手つきは優しいんだなとは思ったが。あと、意外と足が細い。
 三度目は……麦わら屋のことを切り刻んで海に捨ててやりたいくらいには、頭にきてた。少しでもあの馬鹿の顔を見たら鬼哭を抜きそうだったから、ゾロ屋の傍でなんとか耐えていた。なんでかあいつの傍は落ち着くんだ。ゾロ屋もおれのキレ具合を察して、背中をさすったり軽く叩いたりして宥めてくれていた。結局無神経な大馬鹿野郎の一言で爆発したがな。そのあと入ったシャワーで詫びも兼ねてなのか、ゾロ屋が背中流してくれた上に髪も乾かしてくれたから、説教二回戦を考えていたがやめた。床にめり込むくらいには凹んだみてェだし。ゾロ屋に免じて溜飲を下げておいた。命拾いしたな麦わら屋、ゾロ屋が一緒で。
 ――甘やかされてる? どれのことだ。シャワーか? 入るタイミングが合えばゾロ屋はいつもそうしてくれるが。……トニー屋でも言わないとやってくれない? ……そう、か。そうか……。
 とりあえず話を戻す。新聞の件は……そんなに近かったか? ゾロ屋が見やすいように寄せただけなんだが。解説にしたって、ゾロ屋はわりとなんでも面白そうに聞いてくれるからやってるだけだ。つい興が乗って脱線しちまうこともあるが、おれの解説を真剣に聞いてるゾロ屋を見るのは楽しい。あれだけ真面目に聞いてくれるなら解説し甲斐もあるってもんだ。時々突拍子もない発想するところもいいな。おれにはない考え方は、多種多様な人間を動かす際に役立つ。
 ゾロ屋が知ってる場所や人間が載ってると、その話題を話してくれたりもした。そのたびに、麦わらはどれだけ無茶でトンチキな航海してきたんだと呆れるぞ。よく生き延びてこれたなとも思う。特にゾロ屋の怪我の頻度がおかしい。治ってねェのに治ったって言い張る神経どうなってんだ。トニー屋はいままで本当に苦労してきたな……。
 あれ以来、ゾロ屋は何か難しい話があるとおれに説明を求めてくるようになった。砕いて説明してやっても理解できてねェ時もあるが、本筋はちゃんと捉えてるから問題はない。ますます惜しいな。うちの船に乗せてェ。……言われなくても、毎回断られてんだよ。
 次はゾウだったか? あの時は、状況を見ておれがゾロ屋に切り出しを頼んだんだ。たぶん足りなくなるだろうと思ってな。それで、休憩がてら世間話をしてた。互いに妖刀持ちということもあって、ついつい話し込んじまったんだ。……来たのがロボ屋だとは気づかなかったんだよ。おれもゾロ屋も。近づいてくる気配があるのは知ってたが、それで話を切り上げられるのが嫌だった。だから、あー……おれのマントでな、こう、ゾロ屋を覆って、まだここにいろ、って。あとで木材ごと送っていけばいいだろ、って。おれのマントの中にゾロ屋がいる光景は、そりゃァ、いいものだった。
 うちの船に乗ってからは、ペンギンの言う通り酒量と鍛錬には制限をかけさせてもらった。バルトロメオの野郎のとこでは好きなように呑んでたが、あのペースで呑まれちゃ堪らねェ。素直に言うことを聞いたのはおれも驚いた。よその船だしなって、お前ゾウに向かうよその船で好き勝手に呑んでたじゃねェか。あれは向こうも悪いが。
 部屋に呼んだのは、まァ、あれだけの酒じゃ足りねェだろうと思ったからだが。おれと一緒なら管理がしやすいってのもあった。……いま思えば、ゾロ屋と二人きりでいたかったんだな。おれもゾロ屋も口数は多いほうじゃねェが、沈黙は苦じゃなかった。むしろ、黙ってることのほうが多かった。おれが仕事してる間ゾロ屋は一人で呑んで、時々一言二言会話するくらいの距離感が、おれには心地好かった。
 ……一緒に寝てたのは、おれがそう、望んだからだ。初日におれがべろべろに酔っぱらっちまって、ゾロ屋をベッドに引きずり込んだことがきっかけだった。よく眠れたんだよ。それが酒のせいなのか、ゾロ屋がいたことなのかわからなくて、次の日もなんのかんの理由つけて一緒に寝た。快眠だった。ゾロ屋と一緒だと朝までぐっすり眠れることに気づいたおれは、酒を餌にほぼ毎日部屋に呼んで同じベッドで寝た。拒否されることはなかったが、実際あいつはどう思ってたんだろうな。場合によっちゃ、おれの能力なら気分次第で外に放り投げることもできる。麦わら部屋の奴らを人質に取ることもできる。だから拒否しなかったのかもしれないが、……あの時のおれはただ本当に、ゾロ屋と一緒にいたかっただけなんだ。同盟だとか他船だとか、考えもしなかったな。ゾロ屋がおれの部屋にいてくれることに浮かれてて、なんで一緒にいたいのかも、考えなかった。
 ……ワノ国で、ゾロ屋が目覚めない間は気が気じゃなかった。ただでさえ全身ぼろぼろだったのに、そのあと秘薬だかなんだかで超回復させて副作用がダメージ倍だと? ふざけんな。なんのために、おれが、黒足屋に預けたと思ってんだ。死なせたくねェからだろうが。
 オペは上手くいった。おれもたいがい限界だったが、もはや執念だったな。あいつを絶対死なせねェために手は尽くした。おれはおれの腕を信用してる。それでも、毎晩部屋に行ったのは、不安だったんだろう。ゾロ屋の心臓が動いてることを確かめたかった。目が覚めたら一発殴ってやろうとも、思ってた。結局しなかったけどな。
 宴の最中に一緒に呑んでたのは、別に意味はねェ。おれもそうだが、ゾロ屋もあんまり騒がしいのは嫌うだろ。特にあの宴の主役は麦わら屋とゾロ屋みてェなもんだったからな。喧騒から離れたくて、一人静かに呑んでるおれのところに避難してきたってだけだ。病み上がりのくせに酒呑むなとか体調はどうだとかそんな話をしながら、怪我の具合を確かめるためにゾロ屋に触れた。
 なァ、本当にピアスに触るのは、嫌がるのか?かなり前からあいつのピアスに触れてるが、嫌がられたことなんざ一度もないぞ。――あ? おれのタトゥー?確かに身内以外に触られんのは断固拒否するが。ゾロ屋はいいんだ。嫌じゃねェ。……あァ、そういうこと、か。わかった。理解した。タトゥーもピアスも嫌じゃなかったどころか、嬉しかったんだ。ゾロ屋になら、おれはどこに触られても喜ぶだろうな……。




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