無自覚コミュニケーション
-Fの疑念-
そんじゃあ、おれはゾウでの最中について話すか。
航海に出る前に、|象主《ズニーシャ》の治療のために小舟を何隻か作ることになったろ。ただでさえでけェからなあ、包帯巻くのに足を一回りできる船のぶん、資材が必要だった。
ミンク族だけじゃなくてハートの連中もいたから、力仕事は捗ってな。そんでも樹の切り出しとかはできる人間が限られてた。基本的に、ゾロかブルックか錦えもんの担当だったな。その時もちょうど、足りねェぶんの切り出しを頼もうとゾロを探してたのよ。おれァ象主の治療に行くための船作ってたから、手が足んなくてなァ。ゾロなら一気に正確に切り出せるだろ? そういう技術を持ってる奴ァ貴重だからな。サニーの修繕にも役に立つ。
ウソップとかロビンだけじゃなく、侍連中やハートの奴らにも訊いて回ったが、ゾロは一向に見つからなかった。まーた迷子になってやがんなと思って、しかしおれには探しに行く時間がなかった。ブルックと錦えもんは木材の加工で手が塞がっちまっててそれどころじゃねェし、仕方ねェからトラ男に頼もうと思ったんだ。あいつも剣士だ、樹を切るくれェならできるだろ。しかし参ったことに、トラ男の姿も見えねェときた。こうなりゃ自分で切り出しをやるか、ブルックか錦えもんか、大忙しのミンク族の誰かに手を空けてもらうかと、切り出し予定地に行ったのよ。
そしたらだ。なんともう樹が切り出してあった。ちゃんと必要な量が綺麗に積んであったんだよ。加工までしてあったから切ったのはゾロだろう。こりゃあ助かったと近づいたら、積んである木材から頭が生えてた。――あァいや、樹の向こう側に人がいたんだ。あんな特徴的な帽子見間違えるわけがねェ。トラ男が木材に寄りかかっててな。切り出したのはトラ男だったか、礼を言わねェとと近寄ったところで、またおれは足を止めた。
どうも、トラ男が喋ってる声がすんだよ。独り言にしちゃあ、いかにも内容が会話っぽい。なんか幻覚でも見えてんのかと疑ったがな、違った。耳をすましてみるとトラ男以外にもう一人、誰かいた。どうやらそいつと喋ってたらしい。同盟相手の船長の頭を疑わなくてすんでよかったぜ。――んな怒んなって。おれの位置からじゃ、どう見てもトラ男一人にしか見えなかったんだよ。
こんな誰もいねェとこで二人でこそこそ喋ってんのなんて、密会以外にねェだろ?どういう話にせよ、外野が聞くべきじゃねェ。おれはすぐにその場を離れようとした。ちょうどその時だ。ちらちらと見覚えがありすぎる緑色が見えてよ。明るい、春先の緑の色だ。あとそれより渋い、前にゾロが美味ェって言ってた濃い抹茶みてェな色。どう見ても、ゾロがトラ男の隣にいた。おれァずっと探してたのに、こんなとこに二人きりでいたとは驚いたぜ。しかも誰も知らねェってことは、それこそ密会だろ? そんな仲になってたとは気づかなかった。
――そうだ、トラ男。あいつ、おれがいたことに気づいて、体ずらしてわざとおれからゾロを見えなくしやがったんだよ。そんでもって、自分のマントの中にしまいやがった。ぽかんとするおれを、あいつはちらっと見ただけで、それっきり腕の中のゾロに夢中でよ。逢瀬を邪魔したのは悪かったが、他船の奴にそこまでされる謂れはねェ。むしろ何も言わずに立ち去ろうとしたおれに感謝してほしいくらいだぜ。気づいたら木材と一緒に作業場に飛ばされてたけどよ。
――だろォ? 明らかに大事な大事な恋人をよその男に見られたくなくて、独占欲爆発してる面倒くせェ奴の行動だろ? これが付き合ってねェなら、いったいあいつらはなんなんだ?
次へ
powered by 小説執筆ツール「notes」