共に歩んだ軌跡に想いをこめて


 マーロンの回復には数ヶ月を要した。だが、彼の左目に光が戻る事はなかった——完全に失明したのだ。傷が深すぎて、敏腕な治療師が施す手当も、高名な魔法使いの魔法や秘薬をもってしても、視力を取り戻すことはできなかった。
 左目を失ったことで距離感が狂い剣の軌道が微妙にズレる。最初のうちはまともに剣を振るうことさえできず、悔しげに歯噛みしていた。
「チッ、やりづれぇな……」
「そりゃそうだ。今まで見えてたもんが見えなくなったんだ、当然だろ」
 ギルが言うと、マーロンは「クソッ」と吐き捨てる。だが、それでもマーロンは決して諦めなかった。
 剣の重さを、振る感覚を確かめるように、何度も同じ動作を繰り返す。最初はぎこちなかった動きも、次第に鋭さを取り戻し、まるで失明する前の彼そのままの動きを取り戻す事が出来るようになっていた。
「マーロン……なぜそこまで剣にこだわる?」
 ある日ギルはそう問いかけた。
「お前ほど経験を積んでいたら、なにも剣の腕でなくても俺みたいに探索型になればいい。手取り足取りレクチャーしてやるぞ?」
 マーロンは剣を手入れしながらふっと笑った。
「兄貴と同じじゃ一緒に組めねえだろ。そんなのつまんねぇからな」
 それは、マーロンの想いが込められた、真っ直ぐな答えだった。ギルはしばし言葉を失った後「バカ野郎……」そう呟いたが、伏せた目の端に愛しい者を想う涙が浮かんでいた。


——数日後
 二人が間借りしている宿屋の一室に、日々の雑用と訓練で疲れた身体を休めるマーロンとギルがいた。マーロンは包帯が外れたばかりの左目に手をやりながら、窓辺に腰を下ろしている。
「……月が二つあるように見える。あ!あれはもしかしてUFOか!?」
 冗談めかした声には、疲労の色が滲んでいた。背後では、ギルが静かに湯を注ぎ、紅茶を淹れていた。
「あれから……数ヶ月か。早いもんだな」
 ぽつりとつぶやいたマーロンに、ギルは黙ってカップを手渡す。マーロンは一口すすり、ふっと表情を緩める。
「サンキュー。兄貴、いつの間に紅茶なんか淹れるようになったんだよ」
「宿の店主に教わっただけだ。お前が退屈してる間に、俺なりにやることを探してただけだ」
 そっけない口ぶりではあったが、ギルがしていたことはそれだけではなかった。彼はマーロンのために、黙って多くの時間を費やしていたのだ。
「……兄貴、ほんとに変わったよな。前は『赤いだけの味の薄い茶なんて飲んだ気がしねえ』ってコーヒーしか飲まなかったくせに」
「……まあ、お前がこいつを好きだったからな。興味が出てきただけだ」
 その一言で、部屋の空気がふっと変わった。マーロンは沈黙し、ギルもそれ以上は語らなかった。やがて、マーロンがようやく小さな声で口を開いた。

「なあ、兄貴……この先、どうする? 俺さ、たぶんもう前とまったく同じには戻れねぇ。けど—」
「俺がお前の目になる。お前が俺の手になる。それだけだ」
 ギルの言葉は、迷いがなく、そして強かった。マーロンは思わず唇を噛みしめる。
「……あー、もう、ダメ。なんか泣きそう……くっそ」
「情けない声出すなよ。それにお前の泣き顔は、あんまり見たくねぇ」
「兄貴にだけだぞ、こんな顔見せんの」
「知ってる。俺も、そうだ」

 マーロンが空になったカップをテーブルに置いた。ギルは何も言わずカップを手に取ると、ゆっくりと部屋を出ていった。閉まる扉の向こうから、押し殺したような、声にならないマーロンの鳴き声が聞こえてきた。

 ギルは自分の不器用さに歯がゆさを覚えた。だがその不器用さが今のマーロンにはありがたかった。


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