共に歩んだ軌跡に想いをこめて
二人が出会ったのは若く血気盛んで、お互い冒険者としての気力・体力・技術が最も充実している時期だった。
スズシティの遥か北——とある山間の小さな村を拠点に、ギルは鉱石や遺跡の調査を生業としていた。ダンジョンはたいてい都心部から遠く離れた山間部に存在する。
ダンジョン近郊の村や街には冒険者が自然と集まり彼らがもたらす戦利品や資源、さらには冒険者を相手にした商売によって活気づくこともある。それでも都会ほどの発展を遂げることはほとんどない。理由は単純で交通の便が極めて悪いからだ。
マーロンは、剣の腕を頼りに各地を渡り歩く風来の冒険者だった。そんな彼がふと立ち寄った村で、偶然ギルの募集していた護衛役に加わったことが、すべての始まりだった。仲介役の紹介で初めて顔を合わせた時、ふたりは互いの実力を探るように無言のまま相手を値踏みした。そしてギルが「剣を振るう腕は確かそうだ」と見込んだ事でコンビを組むことになる。
しなやかで無駄のない体躯を持ち、鋭い剣捌きでダンジョンに潜むモンスターを次々と斬り伏せるマーロンは、まさに戦士だった。そして彼は若く美しい青年であった。均整の取れた長身に、まるで鬣のように風になびく豊かな銀髪。切れ長の瞳から覗くのは、まるで紫水晶のような神秘的な光。それらすべてが女性の心を虜にした。見た目に反して気さくで口も達者、初対面の相手にも物怖じせず冗談を飛ばす軽やかさを持ち合わせていた。だが、どれほど軽口を叩いていても、彼の眼差しには戦場の空気を読む冷静さが宿っていた。
一方のギルは、手先の器用さと地質学の深い知識を活かし、複雑なダンジョン深部への最適な進路を見出す探索型の能力に長けていた。ギルもまたマーロンに引けを取らない、むしろ更に逞しい体格と日に焼けた風貌にタバコが似合ういぶし銀である。
『俺もギルみたいな髭を生やせればジジイ達に甘く見られないだろうよ』とうらやむくらい精悍な顔立ちだ。ギルの外見は実年齢より老けて見えるらしく、それを気にしている節もあったが、本人はあまり口にしない。栗色の髪は短く刈られ、太い眉の下にはブルーグレイの瞳が鈍く光っていた。
初めての共同任務で訪れたのは、今では崩落して入れなくなった西の鉱脈跡だった。この時にギルが剣を扱えない男だと知り、マーロンはほんの少し肩透かしを食らったような顔をした。見た目が厳ついので意外だと思ったのだ。
「戦えねえんですか?」
マーロンがそう口にしたときの生意気な顔を、ギルは今でも時折思い出す。それでも「俺がいれば問題ない」とすぐに言ったのも彼だった。
陽の届かぬ坑道の奥、崩れた梁の隙間に潜んでいたのは、岩ガニ——数は三体。上位個体こそいなかったが、駆け出しの若者には十分過ぎる脅威だった。
「ギルさん、下がってろよ!」
剣を抜き、前に出たマーロンは確かに強かった。迷いなく足を運び、敵の弱点を正確に捉え、堅牢な岩ガニの甲羅の隙間を剣先で見事に突き、息の根を止めてゆく。
「三体じゃ物足りねぇくらいっすね!」
ただ、若さゆえの勢いは時に、慢心とも隣り合わせだった。調子に乗った口ぶりで振り返ったその瞬間、地面の亀裂に足を取られ、よろめいた。——刹那、脇から迫っていた岩ガニが鋏を振りかぶって襲いかかった。
「マーロン!」
ギルはとっさに横合いから礫を蹴り飛ばし、岩ガニの動きを止めた。すぐさま体勢を整え切り伏せるマーロンだったが、その一瞬の隙が命取りになり得る場所だと改めて痛感した。そしてお互い無いもの、できない事を補い合えるという信頼が少しずつ生まれていた。
あれから数年、二人は幾つもの冒険を共に重ねてきた。ダンジョンの深部へ進むほど高額で取引される鉱石や宝物が発掘される確立が高くなる。もちろん奥深く侵入すれば未知のモンスターとの戦闘は避けられない。
初めはぎこちなかった二人の連携も、行動を共にするうちに徐々に息が合っていった。言葉を交わさずとも息を合わせ、確実にダンジョンの攻略を進めていく。どちらか一方が欠けても成立しない完璧な連携であった。
また同世代に近い二人には自然と親近感が生まれたのだろう。マーロンはギルのことを「兄」のように慕い、ギルはマーロンを「弟」のように可愛がった。
その日もいつものように、だが準備にぬかりなくダンジョンの探索に精をだしていた。
「お前さあ、剣の腕は確かだが、無鉄砲すぎるんだよ」
ギルはつるはしを岩盤に叩きつけながらぼやいた。岩を叩く硬い音が洞窟に響き、足元には砕けた鉱石の破片が転がる。岩の隙間から水滴が滴り落ちる音が響き、時折小さな影が天井を横切る。コウモリの羽音だ。
「無鉄砲じゃねえ、勇敢……そう、勇者って言ってくれ」
マーロンは鼻息荒くドヤ顔を浮かべながらも、周囲を警戒しつつギルの作業を見守る。ランタンの光が彼の銀髪を照らし薄暗い洞窟の中で淡く輝いていた。
探索も中盤に差し掛かった頃、二人は安全を確認したうえで休憩を取ることにした。
ランタンを囲んで座り、軽食を用意したり、道具入れの中身を確認したりと、休みながらもそれぞれ忙しく動いている。
合間にギルは腰のポーチから見事な細工が施された煙草入れを取り出した。指先で一本を摘み、慣れた手つきで火をつける。紫煙がゆっくりと立ち昇り、かすかに甘くスパイシーな香りが漂った。
「相変わらず渋い趣味してんな」
「本当はパイプにしてみたいんだが……お前に“ジジイ”ってからかわれそうだからな」
「いやいや、ジジイなんて言わねぇよ。……渋くてかっこいいって、ちゃんと褒めてやるさ。まあ、三回に一回は茶化すけどな?」
マーロンが横目で彼を眺め、ちょっと煙たそうな顔をする。以前、一度だけ真似をしてみたことがあったが、激しく咳き込み涙目になったのですぐに諦めた。
「お子様にはこの味がわからないだろうよ」
タバコを吸えないマーロンを横目で見ながら煙を燻らせた。ギルがこうしてタバコを吸う時は決まって何か考え込んでいる時だと気づく。だが、問いただすのも野暮だろう。ただ、隣にいるだけでいい。マーロンはそう思い、軽食を口に運んだ。
「勇者さまは無謀な行為はしないものだぞ。次からはもう少し周りを見て動け」
ため息混じりにギルが言いながら、掘り出した鉱石をひとつひとつ確認する。良質な石を見つけると慎重に道具袋へと仕舞った。
「はいはい、兄貴」
マーロンがからかうように返事をすると、ギルは苦笑しながらタバコの火を消し、ぼそりと呟く。
「……お前がいなくなったら困るんだからな」
ランタンの灯りがゆらめいた。ギルの言葉は何気ないようでいて、どこか深い色を帯びていた。マーロンは灯りの中で、その横顔をしばし見つめる。言葉の奥に潜む本当の意味を探るように静かに息をついた。
「大丈夫さ、俺はしぶといからな。それに——」
剣の柄を軽く叩きながら、にっと笑ってギルを見た。
「俺にはギルがいる」
一瞬、ギルの指先が鉱石を強く握りしめた。そしてすぐ鉱石を吟味する作業を続け『ったく……調子のいいやつだ』と悪態をつくが、その口調にはどこか嬉しそうな響きがあった。
コウモリが小さく鳴き、洞窟の奥へと飛び去っていった。ランタンに照らされた二人の影は寄り添うようにして伸びていた。
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