共に歩んだ軌跡に想いをこめて


 最初は触れるだけのキスだった。だがすぐにお互いを貪るように求め合い、キスは激しさを増していく。 初めて経験する男同士のキスにギルは無我夢中で、マーロンの髪をいくばか乱暴に掴み必死に舌を絡めた。息が苦しくなるほど深く、そして何度も唇を奪い合う。
「ギル……!」
 マーロンの熱い吐息がギルにかかる。ギルの手が彼の服の裾をまさぐり素肌に触れた。その暖かさを感じた瞬間、理性が溶けていく。
 マーロンもギルの服を乱雑に引き剥がし壁に押し付け、指先で彼の逞しい胸筋をなぞりキスをした。その唇が触れるたびに、火がついたように体が熱くなった。首筋に唇を這わせようとした瞬間——

「……風?」
 ギルは背中に感じる冷たい岩の隙間から流れてきたわずかな風を感じ理性を取り戻し離れた。マーロンはこれからという時に水を刺された気持ちになったが瞬時に真剣な表情に戻り、荒い息を整えながら周囲を伺った。
「抜け道がある……かもしれねぇな」
 二人は慌てて服を整え、風の流れを辿るように周囲を探った。幸い無事だったギル愛用の煙草入れから一本取り出し、火をつけその煙の流れを慎重に見つめる。その流れを辿るとほどなくして、絶妙に隠されたギミックを見つけたのだ。
 ギルが力を込めて押すと壁が僅かに動いた。壁と思っていたのは岩肌に見せかけた隠し扉だったのだ。
「行くぞ、マーロン!」
「おう!」
 必死にその重い扉を押し広げ、二人はようやく落とし穴から脱出しダンジョン内の通路へ辿り着いた。探索に必要な装備品は落とし穴の落下でほとんどを駄目にしてしまった。
 ここは一旦地上に戻り出直そう、そして改めてお互いの愛を確かめ合いたい、そんな情欲が油断を呼んだのかもしれない。

 空気を切り裂く音と共に閃光が横切った。

「ギルッ!」
「マーロン!!」

 マーロンの叫びと同時に、ギルは背中を激しく突き飛ばされ転倒した。その目の前に鮮血が散るのが見えた。罠が発動し鋭利な刃がマーロンの顔を掠めていた。左目の周りが深く裂け、血が止めどなく流れる。
「クソッ、しっかりしろ!」
 ギルは急いで罠の発動を止め、よろけるマーロンを抱え込み止血を試みた。しかしマーロンは気丈に笑う。
「大したことねぇよ…無事に出られただけでも、儲けもんだろ…?」
「ふざけんな!お前が無事じゃなきゃ意味がねぇんだよ!!!」
 そのままギルはマーロンを抱えて地上へ向けて駆け出した。背負う体はずっと重く、鼓動のひとつひとつが痛いほど胸に響いた。ようやくダンジョンを脱出すると外は赤く染まっていた。夕焼けの空の下、ギルは祈るように走り続けた。


 村に辿り着いた頃には、マーロンの血はギルの服を深く染めていた。途中通りがかりの冒険者に助けを乞い、すぐさま治療師の家に駆け込んだ。
「こいつを……こいつを……頼む……っ!!」と息も絶え絶えに訴えるギル。治療師はすぐさま状況を把握し、マーロンに処置を施した。
「傷は深いようですが……命に別状はないですよ、安心してください」
 その言葉を聞いた瞬間、ギルの膝が崩れ落ちた。全身に張り詰めていた緊張が一気に解け、安堵と後悔が入り混じった感情が胸を締め付ける。

 空が白み始めた頃、傷の痛みと治療で消耗していたマーロンが目を覚ました。慣れない片目で部屋を見渡すと、ベッドのそばの椅子に座り一睡もせず見守るギルがいた。
「……なんだよ、そんな顔すんなよ」
 ベッドの上で横になったままのマーロンが苦笑しながら声をかけた。
「こんな傷、ちょっと休んで美味いもん食ってりゃすぐ治るさ」
 強がるマーロンだが、包帯で覆われた左目が痛々しく映る。ギルは歯を食いしばった。
「笑ってる場合か……」
「死んでねぇだけマシだろ?それに兄貴を庇えたんだ。後悔なんかしてねぇよ」
 マーロンはそう言って、片目だけの視界でギルをじっと見つめた。
「俺は…お前を庇えなかったのに」
「違うだろ。兄貴がいたから、俺はここにいるんだ」
 もしギルがマーロンの立場なら、同じ言動をしただろう。ギルはマーロンの気持ちを深く受け止めそばを離れるまいと誓った。

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