共に歩んだ軌跡に想いをこめて


「ほら、これどうだ? カッコいいだろ!!」

 ある日どこから手に入れてきたのか、マーロンは黒いアイパッチを左目に当て、得意げにギルに見せつけてきた。その姿はまるで歴戦の冒険者のようで、本人もまんざらではなさそうだった。
「また調子に乗りやがって、どこからそんなモン見つけてきたんだよ」
 ギルは呆れたように溜め息をつきながらも、伴侶の姿をじっと見つめた。治療の甲斐あって傷はすでに完全に癒えており痛みも無いようだ。だが、美しい紫水晶の片割れはもう存在しない。
「へへっ、どうせならカッコよくキメねぇとな!」
「……ま、似合ってるんじゃねぇか?」
 ギルは小さくぼやきながらも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「おっ? ギルが褒めてくれるとはなぁ! これはもしかして惚れ直した?」
「調子に乗るな」
 すかさずマーロンの胸板を軽く小突く。だが、その力加減はどこか優しかった。

「よしっ!そろそろ行くか!!」
 マーロンは軽く肩を回しながら、出立の装備を整えた。ギルもそれに続く。
「次のダンジョンは、もっと奥深くまで行くぞ。今度こそレインボージェムを手に入れる」
「おう、そいつは楽しみだ!頼りにしてるぜ相棒」
 片目を失おうとも、マーロンの戦士としての『強さ』は失われていない。そしてギルの隣に立つその姿は、以前よりもさらに雄々しく映っていた。
 いつものように軽口を叩き合いながら、二人は村の門をくぐり乗合バスに乗り込んだ。エンジンが唸りを上げ黒煙をわずかに吐きながら、バスはゆっくりと動き出した。目指すのは終着点——だが、二人の旅はまだ始まったばかりだった。




 とあるツテを頼りに、二人はスターデューバレーに辿り着いた。のどかな谷に広がるこの地は、美しい自然に囲まれた平和な土地だったが、北東にそびえる廃坑にはいつしかモンスターが徘徊し、人々の脅威となっていた。
 町長に就任したばかりのルイスという男から「この町の北東にある廃坑をなんとかしてくれないか」と依頼を受けた二人は、その仕事を引き受けることにした。
「のどかな場所にしちゃあ、物騒な話だな」
「まぁ、俺たちの腕の見せどころってわけだ」
 こうして二人は廃坑へと向かい、持てる力を尽くして内部を探索した。かつてはたくさんの鉱夫で賑わっていたのであろう、採掘場は荒れ果て魔物が棲みついていた。噂ではおとぎ話のドワーフや「影の人」と呼ばれる古代種の成れ果てまで棲むという。だが、二人の手によって魔物を一掃し、崩れた坑道を整備し、再び採掘ができるよう改修していった。

 彼らの功績が認められ、スターデューバレーにギルドの支部を設立する正式な許可が下りた。こうして鉱山のふもとにギルド支部が建設され、二人はそのリーダーとして迎え入れられることとなった。そして彼らは、新たな生活をこの地で始めることになったのだった。

 時代の流れと共に人々の生活様式が変化し、仕事や職業のあり方も多様化した。その影響か冒険者の稼ぎの効率も次第に落ちていった。『ダンジョン冒険者』という職業も、もはや一部の物好きかダンジョン深部まで到達できる程の並外れた能力を持つ者だけが志すものとなってしまった。
 近頃の若者の中には「妖精やモンスターなんているわけがない」と、酒に酔った勢いで豪語する者もいる。だが彼らは知らない。人々が寝静まった後、夜空に突如現れる不思議な飛行体や、農場でイタズラをする魔女や妖精の存在を。
 そのような存在を否定した者の肩の上で、見えない妖精がくすくすと笑っていることにすら気がついていないのだ。スターデューバレーのような田舎には、今もなお摩訶不思議が息づいている。

 マーロンもギルも、すでに老境に差し掛かっていた。冒険者だった頃のようにダンジョン内を駆け巡ることは出来ない。だが彼らにはまだやるべきことがある。
 初心者(ルーキー)への指導、行き倒れた者の救助、残された備品の回収——それらすべてが、彼らの長年の経験を活かす大切な役目であり、同時に貴重な収入源ともなっている。

 幻のレインボージェムはとうとう見つけられなかった。しかし、それ以上に大切なものを二人は手に入れていた。成し得なかった夢を、これから華を咲かせるであろう若き冒険者達に、惜しみなく知識を分け与えたいと二人は思っている。

「さて、とりあえず……最近熱心に通ってくるお嬢ちゃんに、冒険者としての心得を叩き込むとするか」
 マーロンが腕を組みながら言うと、ギルは小さく鼻を鳴らした。
「お前、妙に張り切ってねぇか?」
「そりゃまあ、若い娘が頑張ってるんだ、応援したくなるだろ?」

『『まったく、相棒がこれだから俺が引き締めていかねぇとな』』
心の奥では互いに同じことを思っていた。どんなに年月を重ねようとも、彼らの想い合う気持ちは変わらないのだ。

 己の手で未知を切り拓く時代は過ぎ去ったが、次なる世代へとその意志を受け継ぐこと。それが彼らの新たな冒険なのだ。


——終——



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