共に歩んだ軌跡に想いをこめて
数日後——二人は、これから探索するダンジョンの打ち合わせを入念に進めていた。例の泥酔事件(?)については互いに触れず、不問のままとなっている。
マーロンが「酔って覚えていない」と誤魔化し続けたこともあるし、ギル自身も後ろめたい気持ちがあったので、お互いそれ以上追及することはなかった。二日酔いでぐったりしているマーロンに「自業自得だ、馬鹿野郎」と吐き捨てるだけで、この話は終わった。
装備を念入りに整え、二人はダンジョンの奥深くへと足を踏み入れる。入口付近の低層には多くの冒険者が行き交っていたが、彼らを横目にどんどん奥へと進んでいく。
狙うのは最下層——『レインボージェム』が採掘できると噂される地点だ。この鉱石は一塊でも手に入れれば商人たちがこぞって言い値で取引を持ちかけてくるほどの価値がある。贅沢を慎めば三年は生活に困らないほどの高額で取引される、それほど貴重な鉱石だった。
そして、そして、この村のダンジョンこそが、そのレインボージェムを発掘できる可能性がかなり高いとギルは踏んでいた。ここ一年にわたって地道に調査を続け、導き出した結論だった。探索は順調だった。ギルとマーロンは息を合わせ、着実に奥へと進んでいく。罠を回避し魔物を退け地図を頼りに最下層を目指す。
「やっぱり、俺たち名コンビじゃねえか」
マーロンが笑いながら言う。銀髪が揺れ、その紫水晶の瞳が自信に満ちた輝きを放っていた。ギルは鼻で笑う。
「調子に乗るな。油断すれば足元をすくわれるぞ」
「はいはい、兄貴の言う通り…って、うわっ!」
マーロンの足元が突然崩れた。反射的にギルが腕を掴んだものの、支えきれず二人はそのまま奈落の底へと落ちていった。
ダンジョンでは時折こうした「落とし穴」が出現することがある。深層へと一気に移動できる、いわばラッキーなショートカットの役割を果たす場合もあるが、このダンジョンに限っては違った。幸運の穴ではなく、命を脅かす厄介な罠として存在していた。
落下の衝撃で意識が途切れかけたが、ギルはすぐに目を覚ました。頭上を見上げると、遥か高い天井にぽっかりと穴が空いている。
「クソッ…やっちまった」
マーロンが土埃を払いながら身を起こすと、隣でギルも呻きながら体を起こしていた。幸い大きな怪我はない。周囲を見渡すとそこは完全に閉ざされた石の空間だった。
「すまねぇ……兄貴……」
「まったく、これじゃあ洒落にならねぇな」
軽口を叩くギルだったが、その笑みの奥に焦りが滲んでいるのをマーロンは見逃さなかった。助けが来る保証はない。ここで閉じ込められ死ぬ可能性も十分にあるのだ。
「普通こういう所にすんげえお宝があるもんだが……何もありゃしねえ」
マーロンは悪態をつきながら落ちた時に散らばった装備品を集めたが、半分以上が穴の外に放り出されたらしく、手元にあるのは数日分の非常食と短剣、ランタンとその燃料くらいだった。
慎重にランタンの光を調整し辺りを調べるギル。しばし沈黙が降りた。
「兄貴……」
不意にマーロンが真剣な眼差しを向けてきた。
「もし、ここから出られなかったらさ……後悔することってあるか?」
「…さあな」
ギルは答えを濁した。
「俺はあるよ。兄貴に言いたかったことがある」
紫の瞳が真っ直ぐにギルを捉えた。
「俺……兄……ギルが好……きだ」
一瞬、二人の時間が止まったようだった。
「聞こえなかった…なんて?」
ギルの心臓が早鐘を打っていた。
「ギルの事が好きだっつってんだよ…何度も言わせんな!」
マーロン娼婦たちの間でははまっすぐギルを見つめたままだ。ギルはその目を逸らす事が出来ずずっと見つめていた。彼にそっと手を伸ばした。ギルの心臓が跳ね、掠れた声で返した。
「俺も……お前のこと、ずっと……」
その言葉が終わるより先に、マーロンの唇が重なった。
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