共に歩んだ軌跡に想いをこめて
そして翌朝。
森を抜けて街道に戻った彼らは、昼過ぎには冒険の拠点としている村へ辿り着いた。換金された今回の成果を握り締め、意気揚々と商店が並ぶ通りを歩く。彼らがここの村を拠点として数年の間に発展し、村一番となった繁華街と言ってもいい。冒険者たちが集まる街や村では、彼らを相手にした商売が繁盛する。公にはされていないものの、裏通りには必ず娼館が存在した。
その中でも特に目を引く存在がマーロンだった。マーロンは髭を蓄えていないので、年配の冒険者たちから「坊や」と揶揄われるが、前述した美しいマーロンの容姿も相まって、娼婦たちの間では「王子」と持て囃されていた。
彼が裏通りを歩くと娼婦たちはその腕にしがみつき、営業抜きで相手にしてもらおうと色目を使う。しかしマーロンはそのような誘惑を軽やかに受け流しつつ、時には愛想を振り撒き、ほどよい距離感を保っていた。
マーロンは少々自惚れがちな性格であることを、ギルは熟知していた。当然、彼が様々な娼婦と関係を持っていることも承知している。だが特に忠告をせずとも、マーロンが無謀な遊びに手を出すことはなかった。むしろ彼は金払いがきちんとしており、その誠実さゆえに娼婦たちもマーロンに不利になるような行動を取ることはない。加えて娼婦ギルド内にも彼を尊重するルールが存在するようだ。
その日の夜に村一番の食堂で店主のもてなしを受けながら、この村の名物料理をおおいに食べ飲んだ。テーブルの上には、絶妙な火加減で調理されたバスのサクサク揚げ、野生のハーブで味付けされたきのこ炒め、ふんだんにチーズが乗ったピザ、優しい味付けのパースニップのスープ、甘酸っぱくクセになるルバーブのパイが並んだ。
どの料理も地元の素材を贅沢に使い、山の恵みが存分に感じられる味わいだった。マーロンは蜂蜜酒を、ギルはエールを好んで飲み、舌鼓を打った。ほどよく腹も膨らんだ所でおひらきにし店を出た後、二人は別れた。
いつもならその足で娼館に向かっただろうが、最近は気分が乗らず足が遠のいているギル。まっすぐ借り受けている宿屋へ戻った。
二人の稼ぎなら一軒家を借りても良いくらいなのだが、宿賃に多少上乗せすると、部屋の掃除はおろか衣類の洗濯までしてくれるこの宿屋が便利なので、月極で部屋を契約しているのだ。
相部屋ではあるが、広さが十分にあり収納もあるため、荷物や装備品を置くのに何ら支障はなかった。
部屋の扉を鍵で開け、足を踏み入れると、ひんやりとした空気がギルの髭を撫でた。酒で火照った身体には心地よい冷気だった。酔いを冷ますために水差しから水を移し一気に飲み干し深く息をつく。宿の者に湯を頼むと、衣服を脱ぎ熱い湯で絞った清潔な布で身体を拭きベッドに身を沈める。
マーロンは「飲み足りない」と言っていたが、どうせお気に入りの娼婦のもとに転がり込んでいるのだろう。彼の逞しい腕が相手の身体を抱き寄せ、熱い愛撫を施し、組み伏せる——そんな光景が不意に脳裏をよぎった。
ギルも男だ。娼館で羽を伸ばすことはあるが、もともと色事には淡白なほうだった。だが今思い描いているのは女の裸ではなく、マーロンの引き締まった男の身体ばかり。
強靭な腕、しなやかな背筋、汗に濡れた髪——瞼の裏に浮かぶのは、弟分であるはずの男の姿ばかりだった。あり得ない欲情に自分自身が困惑する。
熱い布で身体を刺激したせいか逆に悶々として眠れなかった。気を紛らわそうとベッドから起き上がり、荷物の整理を始める事にした。ランプを灯し、柔らかな光の下で次回の探索に必要な道具を点検する。 作業に集中しようとするものの、胸の奥にもやもやとしたものが渦巻く。それが何なのか自分でもわからない。ただ嫉妬に似た感情が不意にこみ上げるのを感じたギルは苦く笑った。
そんな折、部屋の扉が雑に開かれた。
「兄貴ぃ……」
マーロンが泥酔した様子でふらふらと帰宅した。先ほどまで夢想していた相手が、扇情的な姿で目の前に現れ、ギルの心臓は激しく跳ねる。すぐに動揺を悟られまいといつもの冷静な自分を装った。
「おい、また飲みすぎやがって……」
ギルが説教をする間もなく、マーロンはそのままギルのベッドに倒れ込む。介抱しようとするギルの腕にしがみつき、しどけなく寝息を立て始めた。
(ったく、こいつは)
弟分に淫らな気持ちを抱いてはいけない。そう自分に言い聞かせ、ギルはマーロンを振り解き、彼のベッドへと移動し寝転んだ。煙草の匂いが染みついた自分の寝床とはまるで違う、マーロンの香り。
普段なら何とも思わないはずの香りが、距離感が、今夜に限ってやけに意識される。熱を帯びた身体を持て余し、乱暴に毛布を引き寄せ少しでも早く眠りに落ちようと焦るように目を閉じた。
マーロンは最初からこの状況を狙っていた。酒場を出ると、わざとギルと別れたふりをし、湯屋へ向かった。探索で汚れた身体を丁寧に洗い流し、そしてもう一度酒場に戻り、適度に酔いを回らせてから、ふらふらと帰宅。あえて衣服を乱し、しどけない姿でギルを誘おうとしたのだ。(なのに……!)
「……くそっ、俺じゃダメなのかよ……」
思い通りにいかず、マーロンは悔しげに毛布をギュッと身体に巻きつける。ギルの寝床は煙草の香りがした。
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