短文置き場
10 面の皮は厚くない(長編後主スバルさん)
のどかな昼下がり、ごろごろと木陰で転がりちらりと相棒を見る。
スバルが眠れないのに気づいているのか、さっさと寝ていないのが珍しくて、つい声を漏らす。
「……モコロン、恋人って、なんだろうねえ」
「どしたいきなり」
「互いをよく知るための期間が恋人同士ってことなら、オレとカグヤに必要なのかなって」
「……のろけかよ」
思いっきり呆れた顔をされた。そこまでうんざりしなくても。
でも事実だろう。
互いをよく知り、共に生きたいと思えるかを判断するための時間が恋人同士だというのであれば、カグヤとのそれは、必要なのだろうか。
そう思ってしまったのだ。なんか唐突に。
「で、本音は?」
「……カグヤがかわいくてもっと触れたい」
「馬鹿だろ」
ああまったくその通り。
どうして兄の顔を選んでしまったのだ枷が大きい。余裕のあるふりがつらい。
けれどあの場で他の顔を作れるような方法が思いつかなかったのだ。仕方ないではないか。
うだうだしていたらモコロンのため息がした。
のしっと腹に座ってくる。
「オイラは何も言わないぞ。決断するのはスバルだ」
まったくお優しいことで。
ぼやいて漏れた声はそれはもう情けない呻きでしかなかった。
9 積極性は罠
「スバル!」
名前を呼ばれ目を向ければ、ずいぶんと気合を入れた顔をしたカグヤがいる。
今から何かあるのだろうかと首を傾げていたら、勢いよく腕の中に飛び込んで抱きついてきた。
さすがに面食らって硬直することしばし。
珍しく積極的な様子に頬が緩み、ひとまず抱き返した。
「何かあった?」
問いかけてみれば、きりりと引き締まった顔で見据えられ、怯みそうになる。
「こういうのは、したくなったらするのが恋人だと伺ったので」
「……誰に聞いたのかな?」
「秘密です」
これは、カグヤというより相手のほうに後ろ暗いものがありそうな返答である。からかう目的か?
ちょっと後で調べておこう。今回はまだかわいらしい範囲だが、余計なことを吹き込まれては困る。
「……こうすれば喜ぶだろうとのことでしたが、間違えましたか?」
どうやら考えに耽っていたのを不安に思ったらしい。へにょりと眉が下がる。
……うん、考えるのは後だ。
少しだけ腕に力を込め、笑いかける。
「間違ってないし、嬉しいよ。で、これだけ?」
「……え」
「他にもしたいことはないの?」
「えぇと……」
じりじりと逃げたいという気配が出てきた。もちろん許さないが。
自分から捕獲されておいて逃げられるとでも思っているのか。
「カグヤ?」
「うぁ……」
「オレがどうすれば喜ぶのか、知ってると思うんだけど?」
みるみる赤くなる様子につい笑う。
けれど待っているとどうやら覚悟を決めたらしく、そっと唇を合わせてきた。
相変わらず思い切りがいい。
ふ、と笑いが漏れるのは仕方ないだろう。これを我慢できるはずがない。
理性なんて薄っぺらいもの、もうほとんどないも同然だ。
「よくできました」
なので残さずぺろりといただいた。
8(長編初期案。つまりボツ)互いの役割
しつこい。
そう思っているのだろうなと、スバルはひっそり理解しているが、離れるわけにはいかない。
やがて先を進むカグヤが焦れたのか嘆息と共に言葉が吐き出された。
「スバル、使命を果たせない巫女を守る必要はありません」
「君が巫女であることは変わらないんだから、オレの役割も変わらないよ。
君が使命を果たせとずっと言われてたように、巫女様を守れと言われ続けたんだ。今更変えられない」
用意されていた返答を笑顔と共に述べれば、心底困り果てたような顔が浮かぶ。
だってこうでも言わなければ彼女は同行を許してはくれないだろう。
あまりに不安定で危うい今のカグヤを放っておけるスバルではないのだから。
7 一番の強敵は自分
「……えぇと」
地図を片手に一人唸る。
多分前に見えるのがこの川で、だとすると向かう先はあっち側。
うん、と頷き目的地と思しき方角へと歩みだす。
道を阻むものは全て切り伏せまっすぐに。
それがまったく違う方角だったと気づくのは、ひたすら進んで行き止まりにぶち当たったときのことだった。
6 お昼寝はほどほどに
ぺちぺちと頬に何かがあたる感覚に意識が浮上する。眠っていたらしい。
「……スバル」
「ん」
呼び声があまりに心地よくて、もうちょっと寝たい。
けれど今度は肩を揺すられるようになり、諦めて目を開いた。さようなら快適な眠り。
「やっと起きましたか」
「……おはよ」
「夜に聞く挨拶ではありませんね」
冷静な声にぼんやりとしていた意識が徐々にはっきりとしていく。
目の前で呆れ顔をしながら覗き込んでくるのはカグヤだ。あと、その背後に広がる空は、もはやかろうじて夕暮れの名残が見えなくもないかな、程度。
「もうそんな時間……?」
「一体いつから眠っていたんですか」
「……まだ明るかった、ような」
「いくら春の里があたたかいといっても、さすがに一晩中を外で過ごすのはどうかと思います」
うん。それはそうだ。
ちょっとばかりむっとした顔をされるのは、仕方がない。
「……うん、起こしてくれてありがとう」
ひとまず素直に礼を言うと少しだけ怒りが落ち着いたのかカグヤの表情が和らぐ。
それに少し安心しながら見下ろせば、膝の上でモコロンが寝ていた。こっちは起きる気がないらしい。
「よく寝ていますね」
「……うん」
「スバルにそっくり」
そんなことはない、と、言いたかった。似ていてたまるかと。
けれども、ふふ、と緩む愛らしさに気を削がれ、つい飲み込んでしまう。
まったく自分がままならないと顔を歪めながら、改めてカグヤへと目を向ける。
「ほら、もう遅いからカグヤも帰らないと」
「そうですね」
名残惜しいところだがさすがに引き留めるわけにもいかない時間だ。
膝の上のモコロンを回収しつつ、立ち上がれば追いかけるようにカグヤもすっくと立ち上がる。
「送ってく」
「いえ、すぐそこですから。それより、あの……モコロンはそうやって運ぶのですか……?」
「うん」
小脇に抱えぐてんとなっているモコロンはちゃんと眠れているのだろうか。あとそんな雑な運び方でいいのだろか。
いろいろと不安になるカグヤとは対称的に、スバルは平然としているので、そんなものなのかもしれない。
無理矢理納得しながら進む帰り道。
モコロンが大丈夫なのか気になって、何を話したのかカグヤはさっぱり覚えていない。
5 不思議な御朱印(婿スバルと結婚した世界の主カグヤさん。続かない)
「……これで、全部」
気付けば手元には不思議な御朱印帳があった。
いつ手に入れたとかどうやって、とかまったくわからず、それなりに怖かったので引き出しに入れて触れていなかったのだが、知らぬ間に増える御朱印に恐怖し詳細を確認したのはいつだったか。
そうしてわかったのは、全て集めれば望む世界へ行ける、らしいということだった。
らしい、というのは……まったく書かれていなかったのに、何故だか頭の中ではそうなるのだと理解できてしまったから、としか言いようがない。
即座に思ったのはスバルのことだ。
もしかしたら罪悪感や後悔で苦しんでいた姿をなかったことに出来るのかもしれない。
もちろん今はとっても頼りになる頼もしい旦那様だ。だけど。
きっとこのときのカグヤはどうかしていたのだ。
こんな怪しい御朱印帳に望みを見出してしまうだなんて。
それでも、スバルが憂いなく笑っていてくれるのなら。
その願いでもって、全て集めてしまったそれを、改めて見る。
ずらりと並ぶ御朱印はいつ記入されたのかさっぱりわからないが、見事なものだ。
ぱたりと閉じて、胸に抱え込み目を閉じる。
どうかスバルが幸せの中だけで生きていてくれますように。
そう願った瞬間、空気が変わった。
恐る恐る目を開けば……目の前に黒竜が。
「あ」
さすがにこれはどうにもならないかも。
わかってないけど、わかる。これはあのときスバルが行ったであろう契約だ。
それを今この時カグヤが行った。
引きつった顔をして自分の軽率さを呪った瞬間、記憶は食われた。
補足:御朱印というか実績全部集めたら2周目主スバルでやろうと思ってたのでその副産物。
多分この後帰れると思うよ。きっと多分。何も考えてないけど。
4 迷子の迷子の……
カグヤの腕の中には迷い猫。
捜索を依頼されていた子だろう。
春の里のはずれでどうやら無事に見つけたらしいが……ずいぶんと大がかりな追いかけっこが行われていたらしく、日々身綺麗にしているカグヤからは少々遠い姿をしていた。
とはいえ、髪が乱れて葉っぱがついていようと、頬に泥がついていようと、たとえ擦り傷があろうと、なんともきれいな、スバルの恋人である。
いや、擦り傷だけは見過ごせないな。
内心で思いつつ、とりあえずあっち、と指をさす。
「先に水場で身支度を整えておいで。すごいことになってる」
「えっ、そんなに……!?」
頷くとぱっと頬を染め、慌てて移動しようとして、あ、と目線が猫に落ちた。
「預かっておくよ。ほら、おいで」
招くように猫へ手を差し出すと何やらカグヤの顔がちょっとだけ泣きそうになったが、それは一瞬。すぐにいつもの笑顔に戻って猫を渡された。
「カグヤ?」
「……い、いってきます……!」
逃げ去るように走るカグヤの心境はその足取り以上に慌ただしい。
おいで、と今のそれはカグヤに向けられた言葉ではない。たったそれだけのことなのに、ちょっとだけ、心がきしむ気がした。
スバルがそうやって招いている存在を他に見たことがなかったからだろう。今思えば、ずっとカグヤにだけ許されていた言葉だったのだと痛感する。
そしてそれを嬉しいと気付きながらも、他へ向けられたのが少し寂しい。
なんて狭量なのだ。猫相手に!
そんなカグヤの嘆きなど、もちろんスバルが気付くはずもない。
3 幸福のありか
「……幸せだなあ」
二人並んで座っていたら、何故だかふいにスバルがそんなことを口にした。
肩にのしっと重みがかかる。スバルの頭だ。
……珍しい。甘えられている気がする。
ふふ、と自然に顔が緩むのは仕方ないことだろう。
だって、私はスバルを幸せに出来ているということだ。
そんな自負がカグヤの中で生まれ、同時に自分の幸福も実感する。
……幸福を望むなんて、あまりにも烏滸がましいというのに。
それはきっと晴れ渡った空の下、唐突に落ちたはじまりの雨粒。
ぽたりと落ちて地面を一点だけ濃く染めたような。
そんな不安が出てきてしまい、すぐ側の髪に頬を寄せる。
「……どうかした?」
抑えた声が優しい。
「いえ。ただ……こんなに幸せでいいのかと、ふと思ってしまって」
つい正直にこぼしてしまえば、スバルから静かな笑い声。
「いいんだよ。カグヤの幸せがオレの一番の幸福だから」
落ちた一粒は悩む暇など与えられる暇もなく蒸発して消えてしまった。
2 笑顔(長編後。上の後日譚)
「ありがとうございました」
柔らかで綺麗な声が響いて、ふといろはが目を向ける。
声と同様の笑顔を浮かべて客を見送るカグヤの姿についつい顔がゆるんだ。
うん、ちゃんと出来てる。
最初に手伝いに来てもらったときにはどうなるかと思ったが、もう十分立派な看板娘だ。
とはいえ、すずが言った『にこー』には程遠いが。あれはカグヤには向いていない。
そんなことを思っていたら見慣れた来客。
「やあ、カグヤ」
「スバル」
ぱっと花開くように現れる別格の笑顔。
……うん、あれはお客さんの前で出さなくて正解かな。見たらみんな勘違いしちゃうから。
仲睦まじい恋人同士の姿にひっそりいろはは嘆息した。
1 笑顔(長編前)
いろは茶屋でのお手伝い初日、あまりにも表情が固まっているカグヤについいろはが苦笑する。
「ほら、カグヤさん、笑顔だよ、笑顔!」
「……笑顔。こう、でしょうか」
「んーもうちょっと……口の端を上げるような……」
どうにもぎこちなくて逆に面白かったけれど、さすがに接客でそれはちょっと。
そう思いながらどうやって説明すべきかといろはが悩んでいると、ぴょこんと横から覗き込んできたのはすずだ。
「こうだよカグヤちゃん、にこーって!」
「にこー……?」
あっ、多分その顔は駄目だと思う!
慌ててやめさせ、もう今回はこのままでいいんじゃないかと判断した。
とはいえ、一応言わねばなるまい。
「……えーと……少しずつ慣れようね」
なお何故だか数日後にはそれはもう綺麗な笑顔を浮かべるカグヤがいた。
カグヤさんってなんでも出来てすごい人だと感心するいろはの裏側、毎日練習したカグヤのことは誰も知らない。
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