短文置き場



15 前日(子供時代)
いた。
遠くに見えた人影に、そっとスバルから安堵の息が漏れた。
春の最中とはいえ寒いだろうに、外に雑に置かれた椅子にちょこんとうつむきながら座るカグヤの姿はあまりにも小さい。
ただでさえ落ち込みきっていて小さくなっているというのに。
今日の修練で珍しくしこたま怒られ、挙句の果てには少し休むように言い渡されたのだから無理もないというのは、わかっている。
一部始終を見ていたスバルとしては泣きそうになるのを抑え込んで出て行ったカグヤをすぐに追いかけたかったのだが、引き留めるように用事を言い渡されたのは腑に落ちない。
とはいえ、こうなるのは仕方ない状況だった、とも言える。
まだまだ幼い巫女様は、とうとう明日初めて神前で舞を披露することになるのだから。
カグヤならちゃんと出来ると理解しているスバルはひっそりと明日を楽しみにしているのだが、当人は違うらしい。
緊張感と不安で強張る姿は痛々しいほどだった。
やはりカグヤでも荷が重いと思ってしまうのだなと思っていたら、想像以上に影響を及ぼしていたらしい。
まさかここまで調子を崩すとは。前日でよかった。
そう思いながら、驚かさないようにとわかりやすく近づき、落ち込んでいるカグヤの前にしゃがみこむ。
ゆっくりと顔を上げるカグヤは顔をしかめて泣くのを堪えているけれど、多分そろそろ限界だろう。
「……あにさ……スバル」
呼び方を矯正するように申し渡されたばかりでまだ慣れていないらしい。慌ててひっこめたのがよくわかる。
どっちでもいいのにな、なんてひっそり考えながら手を伸ばして頭を撫でた。
「……あした、できない、かも……っ」
まあるい目いっぱいにため込まれた涙がとうとう零れた。ずっと我慢してたのに。
一度落ちてしまえば止められないらしく、ぽたぽたと落ちるのを拭いながら、にっこりとスバルは笑いかける。
「大丈夫だよ。カグヤならちゃんと出来るって、知ってる」
「ほんと……?」
「うん。いつもみたいに、すっごくきれいな舞をしてくれる。
だから、大丈夫」
そっと抱きしめて背中を撫でて言い聞かせる。
ずっと昔から繰り返されたそれは、いつだってカグヤの涙を止めてくれることをスバルはよく理解している。失敗したことなど一度もない。
逆にスバルが泣いていたとしても、同じことをされれば泣きやんでしまうのだから効果は折り紙付きだ。
なので今回だって、当然のように上手くいった。
しがみついてきたカグヤがぎゅうっと力を入れてきてから落ち着くまでにはほんの少し。やがて小さく喉を鳴らす。
「……うん、スバルが大丈夫って、言うなら、だいじょぶ、です」
わずかに漏れるかわいらしい笑い声をしっかり確認し、小さな体を離す。
とはいえ、まだしっかりとしがみつかれているのであんまり距離は変わらなかった。
「カグヤ」
呼びかければ、何、と言わんばかりに離れて目を合わせられる。
ちゃんと涙も止まっているのを確認してから笑いかけた。
「明日、ちゃんと出来たらご褒美あげる。何がいい?」
問いかければぱっと咲く笑顔。
そこには緊張感も落ち込みもすっかり消えていて、ただいつものかわいらしい妹分がいるだけだ。
「えっと、えっとね……」
どうしようどうしようといっぱいに悩む姿についスバルの顔も緩むばかり。
そしてきっと出てくる願いだって、いつもと変わらずかわいらしい望みばかりなのだろう。
あれが見たい、これがしたい。どれもこれもスバルにとっては容易いものばかりだというのに、いつだって嬉しそうに笑ってくれるのだ。
この様子であれば、きっと本番も大丈夫。
それをしっかりと感じ取りながらただ頬を緩め、真剣に悩むカグヤを眺めて独り言ちる。
……明日、楽しみだな。
それはまだ、スバル自身のためのささやかな願いだった。

なお、神降ろしかのように知らない気配を纏い見事に舞うカグヤに呼吸を奪われることになるだなんて、当然ながら予想すらしていなかったのである。


14 一寸先は白
「雪女、ですか」
「そう。冬の里付近で出たって話題になっててさ」
それは穏やかな夕餉のとき。ぱくりと卵焼きを食べながらのスバルの言葉に、なるほどなあと汁を一口。
雪女とはまた物珍しい話題である。ちょっと見てみたい。
「なんでも、この間のひどい吹雪の日に里の人が山のほうで一人佇む真っ白な女性を見たんだとか」
開幕からなかなかの怪談では。ひっそり思いながら焼き魚に手を付ける。
「風の音がひどくて声は聞こえないし雪で詳細は見えなかったみたいだけど、髪も服も真っ白で、それは綺麗な女性だったらしいよ」
「そうなのですね」
「最初見たときは身重の雪女だったばかりに喰われるかと怯えたんだけど、親切にも指をさして帰り道を教えてくれたんだとか」
……おや?
なんだかちょっと引っかかる。
ぴたりと箸を止めスバルを見ると、静かな微笑みが見えて、喉が詰まった。
「で、一瞬強い風と雪で視界が真っ白になった間にその雪女は姿を消してたってことで、みんな探してるらしい」
「……そう、ですか」
「カグヤ」
「はい」
どうしよう。声が震える。
吹雪の中身重の女が一人。何より帰り道を教えた、と。
あまりにも心当たりが多すぎる。
「……確かあの日、冬の里に行っていたって聞いた気がするんだけど?」
「いえ、あの……そうですが……っ」
「道案内、したよね?」
「……し、しました……」
あれはとてもすごい吹雪で、道を失いあらぬ方向へと進もうとする里人へと道を示した。
声も届かないだろうと判断して、指で。
ちゃんと間違えず正しい道を教えたのだと満足していたはずなのに、何故。
「さすがにその身体で吹雪の雪山はどうかと思うよ」
うっ、と喉が鳴る。
ちょっと見てみたいどころではなかった。なんだか大変な関係者だった。
というかこれはもしかしなくても最初から注意するつもりで話を持ち出したのでは。
そう気付いてしまい、つい唸ってしまった。
「その……直前までは晴れていたので、軽い散歩のつもりだったんです。
まさかあんな一気に急変するとは思わず……」
これは、単なる言い訳だと自覚している。でも言いたくもなるのだ。
みるみる青空が暗くなり、これはまずいと慌てての帰り道に途方にくれるような吹雪となってしまったのだから。
それについてはスバルもよく理解しているので、少々遠い目をしていた。
「……山の天気は変わりやすいからなあ。
そういえば白い服って」
「ちゃんと厚着はしてました。ただ雪が積もっただけです」
「ならいいけど」
変な詮索などさせるものか。そんな勢いで思わず言ってしまう。
浮かぶ苦笑を見るに、どうやら呆れられてはいるものの怒ってはいないのだろう。
ひっそり安堵する。
その目線がふいに、揶揄うようにゆがめられた。
「カグヤ、雪女みたいに溶けて消えないでね」
「当然です」
まったく失礼な。
そう思ってしまう一方、向けられる目はあまりにも暖かで優しくて。
スバルの熱で溶けて消えてしまうのならそれもいいかもしれない、なんてひっそり思ってしまったのだが、もちろん心のうちに秘めておく。


13 その山女人禁制につき(女装注意)
すっと筆を走らせる。
その先は紙ではなく、非常に不機嫌そうな美女だ。
「……ほらスバル、笑ってください」
「無理」
不機嫌を隠しもしない声にカグヤはただ苦笑し、筆を置く。
せっかく似合っているというのにもったいない。
そう思いながら一歩引いて全体を確認する。
御山の麓にある古びた山小屋には似つかわしくない巫女が一人。
胡坐をかいて不貞腐れてしかめ面を隠そうとしない美女ことスバルである。
態度も様子も仕草にすら女性を取り繕う気がないのは、わざとだろう。やろうと思えばもう少しくらいはなんとかできるはずだ。
「もう少し紅をおきましょうか」
「そこまでしなくてもよくない?」
「駄目です」
形式ばったものであろうと、これから行われるのは奉納なのだから身だしなみはしっかり整えなければ。
もう何度も言ったことを繰り返すべきか悩み、さすがに口うるさいのも迷惑だろうと判断して再び筆を手にする。
逃げるようにそれはもう大きなため息が目の前で出てきた。
「……カグヤがしてよもう」
よほど巫女として舞うのが嫌なのだろう。泣き言が本当に泣いている色を帯びている。
「この先の山は女人禁制なんですから諦めてください」
これまた何度も繰り返した言葉を返し、もう無理矢理顎に手を添え顔を上げさせる。
不本意極まりないという眼差しを受けながら少しだけ濃い紅を薄く引いた。よく似合う。
「どうせ化粧なんて山道歩いてたら汗で落ちるって」
「そんなに標高がないと聞いています。スバルなら問題ありません。
そこで一差舞うだけでいいみたいですし、私以外誰も今のスバルを見ないのですからこれくらい我慢してください」
モコロンですらここまで二人を送り届けたのちに引き返してもらうほど徹底的にカグヤ以外を排除しているのだ。
それに、舞台は女人禁制の山の中。それこそカグヤだって入れはしない。
これ以上にスバルに配慮された環境などありはしない。
それくらいスバルにもわかってはいる。いるけれど、巫女として舞えというのはどうしたって解せない。
心底嫌だ。嫌すぎる。しかもなんだって好きな子にこうして女装させられなければならないのだ。
いや準備するにあたって誰より適役な本物の巫女なのだから他に選びようはなかったのだが。
再び筆が離れた瞬間に肺の空気をすべて出すようにため息をついた。
「はい。完成です。よく似合ってます!」
わあ、と目を輝かせる恋人がかわいい。かわいいけれど!
美人です綺麗ですとはしゃぐように己の女装姿を喜ばれて嬉しいはずがない。
むぐぐと唸り、もう今日だけでどれだけ出したかわからないため息を再び吐き出す。
そろそろ腹をくくるしかない。
「わかった、行くから、せめてご褒美」
「なんですか?」
首を傾げる姿に否定はないので、引き寄せて噛みつくように口づける。
腕の中で強張るのを感じ取り少し満足したので、今はこれだけで許しておくことにする。
「ん、終わったら残りということで」
そう言いながらにたりと笑うスバルの様子にひくりとカグヤの口角が引きつった。
すれ違う男性どころか女性の目線すら奪うような美女のはずなのに、あまりにも素の男らしさを隠しきれていない。
獲物を狙う目線か、はたまた低く響かせる声か。
どうしよう。これはとってもよくないのでは。
どうする。スバルが山に入っている間に逃げてしまったほうがよくないか。いや逆に危険では。
そんなことを考えていたら、あ、と小さな声と伸びてくる手。
骨ばった指がカグヤの唇を撫でる。
「……ごめん、ついた」
拭った指には紅の赤。誰のものかなど問う意味など皆無。
羞恥で倒れてしまいたい心持をどうにか巫女の矜持でもって押しのけた。
「も……もうっ、塗り直しです……っ!」
泣きたくなりながら再び筆に手を伸ばす。
そんなカグヤに悪いとでも思ったのか、さすがにスバルは静かだった。


12 内緒話
「な、カグヤって昔はどんな感じだったんだ?」
ふいのモコロンからの質問に、うーん、とスバルが悩みだす。
昔のカグヤ、ねえ。
「……今とあんまり変わらないんじゃないかな。
生真面目で、まっすぐで、不器用なのに要領のいい努力家のお人よし」
「あー……」
「でも、今のほうがあの頃より素直だと思うよ」
それは、記憶が一度なくなったからなのか、単純に本来の気質なのかはわからないが。
少なくとも大人たちの前で見せていたような堅物の顔は鳴りを潜めている。
よく浮かべるようになった明るい笑顔が当時よりも眩しいと感じるほどだ。
「……なるほどなー」
わかったようなわからないような。
そんな返事をするモコロンについ苦笑をしていると、遠くできょろきょろとしている白い影。
こちらを見つけてぱっと笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。
「ここにいたんですか。一緒にお話しを?」
「あぁ、うん、まあ」
生返事をすると、聞きたい、という色が見え隠れしている。
とりあえず笑って誤魔化した。
モコロンと一緒にカグヤの昔話をしていましたなんて、言えるわけがない。
不思議そうに小首を傾げる姿を見ながら駄目押しをする。
「世間話だよ。ただの」
「そうそう」
「……そうですか」
何やら残念そうな顔をしているのが申し訳ないが、仕方ないことだ。
なのでさっさと諦めてもらおうと、逃げるべく視線を巡らせる。
「じゃ、そろそろツバメさんのところに戻るから」
「はい。お仕事がんばってくださいね」
「またなー」
仲良く手を振るカグヤとモコロンの姿に同じ仕草を返し、さて休憩は終わりだと気合を入れる。
歩き出す背後、風が二人の声を届けてきた。
「それで、スバルと何を話していたんですか?」
「べっつにー」
「もう、ずるいです!」
仲の良い様子に小さく肩を震わせ笑いながら改めて思った。
今のほうがずっと幸せそうでなによりだ。

補足
当初は嫁カグヤさんと会話するモコロンだったのですが、後から主人公誤認出来そうだなと思い書き直し。
現状主スバルの人認識されているだろうし今なら婿スバルで引っ掻けられるんじゃないかなって……。誰か引っかかってくれ。
ただ問題はスバルさんじゃなくてカグヤさんが想定以上に天真爛漫に振舞うほうでしたが。登場時点でバレてそうだなあ。反省。


11 彼女は何もわかってない(白黒どっちがどっちか決めてない)
……疲れたな、と一人ぼんやり空を見る。
人気のない里のはずれに置かれた長椅子で眺める先にはきらきらと輝く夜空。
ずいぶんと忙しい一日を過ごしたというのに、なんとなく散歩をしたくてここまで歩いてきてしまったのだが、とてもいい景色だ。
まるで星に呼ばれたみたいだな、なんて夢見がちなことを考えて、つい喉から小さく笑い声がこぼれた。
そうして眺めていた時間はどれほどか。
「……何してるの」
ふいに届いた声に目を向ける。
「スバル」
「もう夜も遅いんだから寝ないと」
少し落とした声はやはり夜だからだろうか。
弱い月明りの中で寄ってくるその人は、呆れた顔をしていた。
なんとなく端に座りなおすと、言わずとも空いた場所に座ってくれるのがなんだか嬉しい。
「……なんだか、眠りたくなかったんです」
ふと、言うつもりのない言葉が出た。
それでも、まあ、いいか。そう思えるくらいには疲れた思考が正常な判断をしてくれない。
ただ静かで穏やかな空間に息をついて再び夜空へと目を向けると、そっとため息が聞こえてきた。
「少しだけだよ」
「はい」
どうやら見過ごしてもらえるらしい。
軽く喉を鳴らすように笑い、言葉もなく時間を過ごす。
それだけで心が穏やかになってしまうのは隣にスバルがいるからだろうか。
触れないようにと少しの距離を空けて座っているというのに、その気配だけで安心して気持ちを緩めてしまう意味を理解する日は、まだ遠い。

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