短文置き場
短編として1ページにも満たない小ネタの詰め合わせ。スバカグだったりそうでもなかったり公式準拠っぽかったり何かの一部だったり尻切れだったり。稀によくわからないのもいる、かも。
随時追加出来たらいいな、くらいで。新しいものは一番上です。
28
「あ」
ふいに声がしてそちらを見れば、はらりと光が零れ落ちていくところだった。
何事かと改めて確認すれば四つん這いで作業していたカグヤがむくりと起き上がり座り込む。
少々不満げに顔にかかる髪を直している姿に、今回は掛け軸だったなと思い返しながら近づけば足音に反応したのか目が向けられた。
「何かあった?」
「髪紐が切れました」
床に広げられた描きかけの掛け軸の上、すっかりと弱りはて切れてしまった黒い髪紐。元は端切れだと言っていたし、描くときに邪魔になるからと結構きつく結っていたのもあって、単純に限界だったのだろう。
やはり何か見繕っておけばよかった。いつかの申し出を強固に反対されたのを思い返す。
「とりあえず何か代わりを用意しようか」
今から買いに行くというわけにもいかないだろう。外は真昼で店は開いているがカグヤが頼まれごとの最中なので連れ出すのは少々憚られる。
次の機会にでも連れ出そうと心に決めつつも今回は代用品。手ぬぐいでも裂けばいいだろう。
さてどれにしようかと開く箪笥、真っ先に目に付いたのは見事な紅緋。もらったはいいが使いづらいなあと片付けたままのそれに、なるほどと思い立って手に取った。
力を入れるのは一瞬。最初さえ切れてしまえばあとはたやすく裂けていくのを少し楽しく思いながら戻れば驚きの目に迎え入れられた。
「……それ、新しいものでは?」
「使わないし」
ぴっと最後まで切ってからひらひらと揺らして見せつける。
もの言いたげではあるが聞く気はなく、逆に笑いかけた。
「それにほら、お揃い」
少々色合いは違うと承知しつつも、見せつけるようにスバル自身の髪を結う髪紐に合わせてやれば、もはや浮かぶのは呆れである。
勝利を確信しながら後ろにしゃがんでしまえばもう抵抗などあるはずもなく、聞こえるのは諦めのため息。
「……まったく。贈り主に失礼ですよ」
「大丈夫、わからないよ。それに向こうは気にしない」
贈り主を思い浮かべたのは一瞬。艶やかな髪に触れればそれも消えた。
手櫛になるのは申し訳ないが、櫛を持ってくるのを忘れたので許してもらいたい。
「今度ちゃんとした髪紐を買おうか」
「そこまでしなくても」
「そう言ってた結果がこれだよ」
うぐ。呻き声がしてつい笑う。
「でっ、でも、これはスバルとお揃い……なのでしょう?」
う。今度はこっちに返ってきた。
実はかなり嬉しかったのだなとわかってしまうと、なんとも心が苦しい。嬉しさで。
かわいいなと愛でてしまいたいのをどうにか抑え込み、ついでに誤魔化すように髪を編む。
解いて乱してしまいたい。そんな欲も飲み込んだ。
「……ならしばらくはこれを使うけど、いいのが見つかったら買い替えるということで」
「わかりました……」
互いの妥協点を探る必要はなかった。即座の同意を受けながらせっせと手を動かす。
指の間を髪が滑る感覚が気持ちいいなあと堪能しながら。
「……あの、スバル?」
「何?」
「一体何をして……本当に何をしてるんです?」
疑問の声の途中で伸びた手が髪に触れ、困惑となった。
抗議ではないのだから問題はないだろうと判断して手は止めない。
「せっかくだから」
「何がですか?」
一瞬、振り向こうとしたのを感じたが、自分で踏みとどまっていた。邪魔をしないようにという配慮なのだろうが、まったく優しいことである。
ありがたく受け入れ最後にしっかりと髪紐を結んでしまえば終わりだ。
「はい、終わり」
「……終わりですか」
「残念?」
「少しだけ。昔はこうして結ってもらったなと思い出したので」
あったな。そんなこと。
スバルみたいに伸ばしたいと言っていた幼い子供を思い出し笑いながら抱え込んだ。華奢な肩に顎を乗せる。
「なら解いてもう一回結うとか?」
「……今日の分が終わらなくなるので遠慮します」
腹に回した手がぺしぺしと。離しなさいと促され、逆にぐっと力を入れる。
もう、と小さく漏れた声に対して、笑うように喉を鳴らしていたら次に響いたのはくすくすと笑い声。
「せっかくスバルが結ってくれたので、このままがいいです」
「なら仕方ないな」
すっかりとスバルが妥協してしまう言い回しを把握されているのは嬉しくも悔しい。諦めて手を離した。
見えないけれど、きっとカグヤも名残惜しいと思ってくれているだろう。
そんなことを思いながら邪魔をしてはならないと立ち上がろうとしたところで袖を掴まれ目を向ける。
「その、夜になったら、ほどいてください。自分ですると絡まるので……」
「今じゃ駄目?」
「駄目です」
きっぱりと言われ苦笑しながら同意を込めて頭を撫でる。
当然ながら自分でほどくときに絡ませるなんてこと、カグヤの髪では起こるはずもないのだ。
ひどく遠まわしに甘えてくるのがかわいいなと笑み崩れながら離れれば、惜しむ目線が仕方ないと掛け軸に向けられたのを見た。
改めてそちらへと集中する様子を見るに、結った髪は邪魔にならないことだろう。
また結ってほしいと髪紐を持ってこないかなあ。
そんな願いを抱えつつ、まず最初は新しい髪紐を一緒に買いに行くところからだなと出かける算段を立てることとした。
27
黒竜が顕現しなかった世界の話の本編入らなかった部分です。多分元を読んでないとわかりにくいと思われます。
あらすじとしては何も思い出せていないままアズマを救ったスバルさんと何も起こらなかったので記憶がある旅人カグヤさんの話。
「スバル、一ついいでしょうか?」
朝食を終え、さて今日は夏の里を巡ろうかと言おうとしたところで先にカグヤの声が届いた。
スバルがあっさりと一目ぼれをした美しい旅人が四季の里に現れて三日目のことである。
「どうかしました?」
「何か私にお手伝いできることなどありませんか?」
「手伝い、ですか?」
「はい、ここに来てからずっとスバルの世話になってばかりですし、何か返せないかと」
それはそれは真剣な顔だった。
じっと見つめられ、見惚れてしまいそうになったのを咳払い一つで切り上げつつ、考える。
短い付き合いでもわかる。カグヤは真面目で律儀な女性だ。ついついスバルが世話を焼いているのが落ち着かないのだろう。
スバルとしてはもっと構いたいし面倒を見たいしなんなら……と思うことは多々あるのだが、さすがにこう一方的だと確かにカグヤも困るだろう。
もちろんスバルだって里長だ。今はちょっと休みが多いが、別に毎日休めるわけでもなく仕事だってあるのは確か。
とはいえ、カグヤの手を借りるような仕事かと言われるとさすがに考え込んで唸ってしまう。
そういえば明日はカグヤの側にいられないのだ。
なら、そういう時に周囲に関わってもらうのもいいのかもしれない。
スバルとしてはカグヤにここに住んでもらいたいのだから周囲に馴染んでもらうのもいいことだろう。
ふむ、と一つ頷く。
「だったら少し働いてもらってもいいですか。人手が欲しいところがいくつかあるんで紹介します」
「是非」
ぱっと華やぐ笑顔についスバルの顔も緩む。
今のところは問題なく生活は出来ているようだが、生きるためにはやはり稼ぎは必要だろう。何せアズマの各地を巡る旅人だ、路銀はあるに越したことはない。
出来れば養ってやりたいなどという欲は否定しないが、もちろんカグヤが了承するはずがないのも理解している。なのでスバルができるのは仕事先を紹介することくらいだ。
とはいえ、紹介先については厳選させてもらうけれど。そこは里長の特権である。
やはり気を遣わずにいられる女性が多い場所がいいだろうか。心当たりはいくつかあるので、ひとまずカグヤの受け入れが可能か確認をしにいかねば。
「なら、今日はカグヤさんが働けそうな店を確認に行きましょうか」
「いいんですか?」
「はい。いくつか巡って話を聞いてみようかと」
そう告げてみれば嬉しそうに笑うカグヤと、呆れた顔をするモコロンが見えた。
きっとスバルが根回しを始めたことに気付いてしまったのだろう。よく知られているというのも考えものだ。
それでも何も言わずに見守る姿勢は崩さないあたり、なんと立派な相棒か。
一応カグヤにだって利はあるのだからと見逃されているのだろうなあ。
そんなことを考えつつ、ひとまず今日は予定を変更してカグヤを受け入れてくれそうな店を巡ることとした。
26
歌が聞こえる。
気持ちのいいうたたねから放り出され、意識がそちらに向いた。
目は閉じたまま、起きたくはないと寝たふりを決め込んでその声に耳を傾ける。
たまに漏れてくるカグヤの鼻歌だなとようやく理解し聞き入ることしばし。ぷつりと途切れた。
身じろぐ衣擦れが響いて髪を撫でる指先と、くすくすと笑い声。
「いつまで寝たふりをするのです?」
しまった気づかれていた。
もっと聞きたかったのになあという名残惜しさと、もう少しこうして眠りに片足を入れたままでいたいなあという欲には勝てそうにはないのだが。
それでも寝たふりもよくないだろう。口を開くことすら億劫だと思いながらも渋々開く。
「寝てるよ」
もにゃもにゃとまだ眠りから抜け切れていない変な声になった。
ぴたりと撫でる手が止まり名残惜しい。歌が途切れただけでも残念だったというのに。
けれど他に気を取られるものがなくなったからなのか、襲ってくるのは再びの眠気だ。
「……そう、ですか」
うーんと悩む声が遠くなる。もう少し聞きたいのに。
眠りに押しのけられそうな思考は散漫に。
何かを言ってる気がするのに聞き取れない。
心の底で残念に思っていたら、勝手に腕が持ち上がった。
「なら、私もお昼寝です」
ぴたりくっつく柔らかさ。やがてじんわりぬくもりが届く。
その心地よさに無意識に引き寄せるとすり寄ってくる気配はあるのだが、もう限界だ。
すやすやと再びの眠りに落っこちていくスバルから体の力が抜けたのをその腕の中で感じ取るカグヤは楽しそうに一人笑う。
「おやすみなさい」
powered by 小説執筆ツール「arei」
942 回読まれています