妖怪、恋のから騒ぎ(全年齢版)



―――夢を、見ている。

 血潮の如き深紅が、視界にちらついていた。
 夜天のような漆黒を背に、雪のような真白が浮かぶ。揺らめくそれはまるで、陽炎だ。目を凝らすほど輪郭がぼやけるそれは、人と呼ぶには歪なかたちをしている。けれどそれが何なのかもわからない癖に、どうしようもないくらい美しいと思ったのだ。目を奪われるほどに。このまま時が永遠に止まってしまえばよい、そう思えるほどに。
 口の端は、自然と吊り上がっていた。今にも声を上げて、笑い出してしまいそうだった。これは自分だけに与えられた特権。これは自分の為だけに在るモノ。他の誰の目にも映ることはなく、他の誰にも奪われることのない。誰にも見せまいと、独り占めにしたモノ。

 嗚呼、我慢しなければ。
 ■してはいけない。左の手で鞘を掴む。右の手で柄を握り締める。
 それだけはいけない、けれど。
 これはきっと、■しても美しい儘なのだろう。

 黒と、白と、赤。鮮やかな色を纏う影は踊り、声高らかに謡う。
 |天《そら》に舞い上がるように軽やかに、真白が優雅に揺蕩う。
 どこにも行けはしない、否、行かせはしない。裡という天蓋に覆われた此処では、どれだけ|空《そと》を目指そうとも辿り付けはしない。例えその背にある漆黒が、飛ぶ為の翅であろうとも。見えぬはずの貌が、笑い返してきたような気がした。

―――虫籠の中で舞い踊る、蝶の夢を見ている。


次へ

powered by 小説執筆ツール「notes」