妖怪、恋のから騒ぎ(全年齢版)


 愛ならば、とうに知っている。
 例えば逸話を以て|名《からだ》を得ること。或いは宝として神に奉げられること。一つの家で代を超え、受け継がれていくこと。多くの人に求められ、次々と人の手を渡り歩いていくこと。持ち主の身の丈に合わせ、磨上げられて佩用されること。生まれたまま、打たれたままの|刀身《すがた》を、人の手で何百年と維持されること。それとも……刃が欠ける度に砥がれ、擦り切れるほどに鋼を薄くして、折れるまで主に振るわれ続けること、だろうか。刀という器物が人から受けてきた『愛』とは、刀によって大きく異なるカタチをしているのだろう。

 故に愛ならば、とうに識っているのだ。
 それが刀の望んだカタチであれ、刀が望まないカタチであれ、受けた愛には他なるまい。刀であれば、知らぬものはきっといないだろう。刀匠が技術を磨き、更なる高みを目指した修練の末に生まれたモノ。神仏に奉ずる為、帝の勅命によって生まれたモノ。只、日々を食いつないでいく為の商品として生まれたモノ。物が生まれるには必ず理由が要る。なんの意味も無く生み出される物はない。生まれること、生み出されることに意味がないと断ずるには、刀はあまりにも鋭く、強く、美しい。道具としての機能と外観の美もまた、刀を生み出すヒトの手から得た、愛のひとつだろうから。

 ―――では、恋とは何か?

 |器物《かたな》の抱く『恋』とは何か。惚れるとは、恋に落ちるとは何か。識っているモノもいるのかもしれない。しかし、大概は無縁だろう。何せ刀剣とは斬るか飾られることしかできない器物だ。ソレは何のために在る機能なのか。愛と同じく|鋼《目》に映らないソレは、どんなカタチをしているのか。望むべくして得た吉祥なのか、望まぬまま囚われて縛られる呪いなのか。

 これは刀の存在証明と、モノが恋に至る為の通過儀礼の話。


次へ

powered by 小説執筆ツール「notes」