高杉社長とトレジャーハント!
この特異点で最初についた浜辺に戻ると、すでに夕方だった。太陽がゆっくりと水平線に沈んでいく。だんだんと海と空が赤で染まる。今までの旅で何度も見てきたはずなのに、その光景は美しかった。
「綺麗……」
「ああ。シミュレーターで見ようと思えばいつでも見れるが、やはり本物には敵わないな」
マスターは少し見とれていたが、高杉の声にはっとしてもう一度通信用の礼装を操作する。しかし変わらずノイズが走るばかりだ。何か他に通信を妨げるような何かがあるのだろうか。
「実は聖杯のかけらがまだあるとか……?」
「もうしばらくしたら繋がるんじゃないか? ここまで働き詰めだったし、休憩してもいいだろう」
特に焦ることもなく高杉はどかりと砂浜に座る。そして隣をポンポンと叩いてマスターの名前を呼ぶ。
マスターが隣に座ると、ニコリと笑って視線を海に戻した。
波が打ち寄せては返す音。潮風が心地よく頬を撫で、鳥が遠くで鳴いているのが聞こえる。さっきまでトレジャーハントで走り回っていたのが嘘のような、穏やかな時間。
「せっかく海に来たっていうのに、泳げなかったな」
そうして海を眺めていると、高杉から声がかかる。
横を向くと、夕焼けの赤とも異なる瞳がマスターの目に映った。長い髪が潮風に吹かれてサラサラと揺れる。夕日のせいか、普段は結ってる髪を下ろしたままのせいか、自らを「長州一のイケメン」と言ってはばからないのも納得の美丈夫だった。
「水着霊衣って持ってましたっけ?」
「まだだな。霊衣じゃなくて普通の水着ならあるんだが」
「あるんですか!?」
高杉の「まだ」という言葉に一瞬引っかかりを覚えたが、直後の言葉に驚いてそれどころではなかった。
「当世でのレジャーを知って、動かないのは高杉晋作じゃあないからな。実は持ってきてはいたんだが今回はもう夕方だし、僕の水着姿は後の楽しみにしておきたまえ」
「泳ぐ気ではいたんですね……」
「そこは用意周到と言うところだぞ、君」
ドヤ顔を決める高杉に思わず笑ってしまう。そんなマスターを見て高杉も笑った。
「……うん。やはり、君と僕は焼山|葛《かずら》だな」
そうして笑っていると高杉がポツリと言った。話の繋がりが見えずにマスターはキョトンとする。
そんなマスターが可笑しくて、高杉はまた笑った。
「そんなにツボに入りました……?」
疑問符を浮かべるマスター。
「ああ、面白いさ。面白くて、たまらないんだ」
高杉はマスターの目を真っ直ぐに見つめるとニカリと笑った。
――焼山葛。かつて高杉晋作が|山縣《やまがた》狂介に送った唄に出てくる言葉。一度は高杉の呼びかけに応えなかった山縣が、後になってから高杉の元に参戦したことがあった。そこに高杉が三味線を手に「こういう運命さ」と詠んだ。
かつては裏切り、敵対したが、今ではこうして彼女と並び立っている。裏は切れても根は切れず。これを運命と言わず、何と言おうか。
「なあ、君……」
高杉はマスターに声をかける。そのときだった。
『……い……先輩!』
ずっと不通だった通信用の礼装から、頼れる後輩の声が聞こえた。マスターは驚きの声を上げる。
「マシュ!?」
『先輩、ご無事ですか!?』
『聖杯の回収はこちらでも確認していたんだけどね、なかなかそちらに繋がらなくて』
画面には嬉しそうなマシュだけでなく、ダ・ヴィンチちゃんの姿も見える。完全に通信は復旧したようだ。
「よかった……。マシュ、わたしは大丈夫だよ。高杉さんは少し怪我をしてるけど……」
「なに、この程度なんてことないさ」
ほっとしたマスターに、高杉が声をかける。先ほど何か言いかけたのをさえぎる形になったせいか、そのトーンは若干下がっている。
『では帰還の準備をするよ。少々待ちたまえ』
マスターは了承の意を伝えると立ち上がる。服についた砂を払っていると、高杉が声をかけた。
「君、僕とのトレジャーハントは面白かったかい?」
「……? 大変なこともあったけど、面白かったよ」
「うん、ならよかった」
意図は読めないが、この小さな冒険は確かに面白かったのでそれを伝える。高杉はその答えに満足したように笑った。
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