アシュジュナツイログ



【おやすみどうかよいゆめを】

 近頃のアルジュナはよく眠るようになった。
 例えば模擬戦の後。食事の後。大図書館で本を読みながら、うたた寝していることもある。レイシフトから帰ってきた後なんかは、特によく眠る。夜間は勿論のこと、日中でも構わず眠る。そして今も。

「んぅ……」

 アルジュナはベッドにごろんと寝転がって、すっかり寝入っている。手前の部屋ではなく、俺の部屋で。これが何も知らなかった頃の行動であれば、俺という仇敵の部屋で堂々と寝こけているこいつの正気を疑っていたことだろう。こみ上げる憤怒と殺意をどうにか押し留めて、蹴飛ばして叩き起こして廊下に放り出している筈だ。それがどうしても出来ない、やろうとも思わないのは、「ここで眠る」という行為がアルジュナに今出来る精一杯の我慢と、最大限の我儘だからに他ならない。

「はは、まぬけな|顔《ツラ》[[rb:顔 > ツラ]]しやがってよ」

 薄く開いた唇をつまんで塞ぎたくなる悪戯心をぐっと抑え、その代わり柔らかな黒髪を梳くようにして頭を撫でた。気持ちが良いのか、アルジュナの唇はふにゃりと笑みの形を作る。気なんて張らず、いつもそういう顔をしていればいいのだ。アルジュナにはそれが出来ないことは分かっていても、そう思うくらいは許されたい。

 一度寝るとその眠りは深いようで、多少の声や接触では目を覚まさない。思い切り揺り起こしてはっきり声を掛けるまで、ぐっすりだ。だからアルジュナは必ず、誰かが傍に居る場所で眠る。一人で眠ることは無い。際限なく眠ってしまうから、自分から起きることが出来ないのだ。

 サーヴァントは眠らない。眠る必要などない。それでも意識を閉ざし、瞼を閉じ、眠りに落ちる者達はいる。睡眠など必要がない筈の者たちが眠るには、必ず意味がある。「眠る」という行為そのものに、意味がある。アルジュナは「今」が恐ろしくてたまらないから、眠るのだと言っていた。

 これは等しく、泡沫の夢の様な現界。
 二度は手にすることの叶わない、ゆめまぼろしの如き日々。

 だからこそ、いつか自らの手でこのしあわせなゆめを壊してしまわないか、おそろしくてならないのだとアルジュナは言う。
 それは夢から醒めたくないのではなく、いずれ必ず醒める時が来る|夢《いま》を、守るための眠り。一人ではなく、誰かの傍で眠りにつくのは、そういうことだ。一人で眠るのでは、意味が無い。一人では、守りたい夢がなんなのかさえ感じられなくなってしまう。

「……俺も寝るか」

 朝になったら起こせと言われはしたが、たまにくらいは寝過ごしたっていいだろう。睡眠を取る機会が増えたことなど、皆知っているのだから。アルジュナの身体を少しベッドの脇に寄せ、寝転がってその細身を抱き込む。いつも俺の部屋で寝ているのだから、今更抱き枕役への文句など言わせない。

 以前は一人になりたい、永遠の孤独が欲しいなんて言っていたそうだが、とんだやせ我慢の大嘘だ。一人で何だって出来る癖に、自己の価値を求めて他人に評価を委ね切ってしまうこの極度のさみしがりが、ひとりになどなれる筈がない。生前一切表に出さなかったそれをようやっと見せるようになったのは、此処に来たことで自己の意識が変わる程の運命を得たからなのか。その運命はきっと俺ではないだろうが、それでも構わなかった。

「おやすみ、アルジュナ」

 醒める時はどうせ来る。その時はまた鏃を向け戦輪を構え、殺し合うのだろう。だったらこのカルデアという夢の中でぐらいは、寄り添っていたい。

 ―――目が覚めたら、二人で夢の続きを見ようか。


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