アシュジュナツイログ
【その思い出まで取らないで】
胸の底にじくじくと蟠る痛みが煩わしい。
視線の先には拳を合わせ、じゃれ合う異父兄とかつての幼馴染がいる。
――知っている。
一人黙々と走り続けていた異父兄の姿を。
あの時はまさかこれが実の兄だとは知る由も無かったが、息を切らせて真剣に懸命に地を駆ける姿は今も目に焼き付いている。痩せぎすの躰には不釣り合いな程仰々しい黄金の鎧が、眩しくてしょうがなかった。あれの姿を見るたびに、私は途方もなく恵まれた存在なのだと思い知らされたことも。
――知っている。
誰に対しても態度を変えず接していた、見目と言動の割によく気の回る幼馴染の姿を。
身分の低さが故に満足に師から技を賜れなかったあの頃の異父兄に、練習相手と称して拳をぶつけ、密かに技を教えてやっていた姿を。彼の父たる師の立場も鑑み、自分が施せる限度を見極めた僅かな時間で、異父兄の修行に付き合ってやっていた姿を。
あの二人にとってカルデアは、念願叶った友としての関係を構築できるこの上ない程の楽園だろう。周りは異郷の英霊ばかりで、身分を咎める者など殆ど居ない。少なくとも二人の間ならば、気兼ねなく接することができる。それは生前叶わなかった、一つの夢の形だ。だからこれは、仕方のないことでもある。
『我々は別に仲間ではありません。武術の師が同じだっただけ』
『おう、何しろ戦争したからな!』
仕方がない、……しょうがない。
私は仇敵。彼等は同胞。かつての幼馴染だろうと、敵対し殺し合った以上、彼との溝は埋められる筈もない。まして情に厚い彼ならば、元帥にまでなったにも関わらず敗戦したことを気に病んでいることだろう。でなければ夜襲特攻などという無茶で無謀な違反など犯さない。例え異父兄がそんなことを気にする性質でないとしても、かつての敵である私を仲間扱いしては、命を賭して戦った彼の同胞達に対しあまりに礼を欠く。彼はただ、その筋を通したに過ぎない。それは分かっている。
分かって、いるのだけど。
(私だって、幼馴染だったのに)
私は恵まれている。生前の異父兄には得られなかった、彼との友誼もあった。鏃を向けあった時間の方がずっと長いけれど、それでも私にだって彼と過ごした時間は、あったのだ。
……もう一度、昔のように接したかった。けれど今更、何をどうすればもう一度彼と向き合えるのかなんて分からない。己を律し続けなけれは居られない私には、もう不躾を窘めるという歪な形でしか彼に関われない。分からなくて迷っていた内に、彼はどんどんカルデアで友人を増やしていた。任務が無ければ関われない程、彼との距離は離れてしまった。
あの二人のように、少ない時間でも拳を合わせるだけで通じ合えるような、そんな仲になりたかった。あの粗暴さが、羨ましかった。正しくなかったなら、賢しくなかったなら、もしかしたら彼に選んでもらえたのかもしれない。けれどそれは、私を選んでくれた人達への裏切りだ。正しかったから、聡明であったから、勤勉であったから、私は愛してもらえた。けれどそれでも尚、彼にも選ばれたいと思ってしまう。なんて欲深いのだろう。何をどうしても、似合わない者同士なのに。
きっとこれから、彼等は友人としての仲を深めていくのだろう。共に戦い、ふざけ合って喧嘩して、笑い合って絆を深めていくのだろう。そんな眩しい場所に、私は関われない。私はまだ、懐かしく古い思い出に囚われたままだ。遠い昔に語り合った程度の、彼にしてみれば誰とでもあった何でもない時間。けれど、私にとっては何にも代え難い程の時間だった。そんな思い出もこれからはきっと、異父兄に塗り潰されてしまうのだ。優れた力を持ちながらも恵まれず、終生に亘って報われることのなかったあの男が、受け取って然るべき幸福。
なのに痛みを抱えた心は叫ぶ。
――その思い出まで取らないで、と。
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