妖精の友と暗黒騎士
遺跡の奥でマリィが倒れてから、丸二日。
未だに、彼女は目覚めない。
通常ならばこんな事はあり得ない。であれば、やはりあの黒いエーテルに取り憑かれたと思って間違いないだろう。
しかし、外から見る限りでは何の異常も見当たらない。治癒や解毒、解呪の魔法も効果を示さない。
体内エーテルも淀みなく流れているのが分かるし、それが少なくなっていくような事もない。
本当に、ただ眠っているだけにしか見えないのだ。
「せめて、あのエーテルの正体が分かれば……」
「調査の状況も芳しくないみたい。機能が停止してかなり経ってるみたいで、データの破損が目立つんですって」
眠り続ける彼女の身体の生命活動を維持する為に、アルフィノやクルル、ウリエンジェやオレで手分けして癒しの魔法をかけてはいるが、このままではいけない。
怪我や病気でなくても、眠ったままでは人はいずれ衰弱し、死に至ってしまう。
……それにしても、以前は複数人数のそれを、クルルを始め暁所属の人々にさせてしまっていたと聞いた。意図した事ではなかったとはいえ、本当に申し訳ない。
例の遺跡の調査は始められていて、サンクレッドも迅速に情報を得るためそちらに参加しているが……流石に、数日でそれが終わる筈もない。
あのエーテルの正体が分かれば、何か解決の糸口がつかめるだろうか。……それまで、ずっと彼女はこのままなのか。
いや、このままで居てくれるならまだいい。目覚めてくれる保証があるなら、オレも皆も、彼女を支えて待つことはできる。
しかし、確実にあの黒いエーテルはマリィの中に吸い込まれた。
害意のある何かに、今内部から蝕まれているのではないか。それを、指を咥えてただ見ているしか無いのか。
オレ達の危機には、必ず駆けつけて救ってくれる人を。オレ達は、救えずに何もできないのか。
……誰一人として立ち止まらず、どうにかしようと動き続けてはいるが。全員、ふがいないと言う気持ちでいるんだろう。
……オレのせいだ。
オレが、異常を見逃した。もう封印は解けているから、中身は消滅しているのだろうと。その外で、虎視眈々と狙う何かが居る可能性を見過ごした。
あのエーテルが狙っていたのも、そもそもはオレだった。
浮かれ切って、油断していたオレを、彼女が助けてくれた。だから、こうなった。
なんでだよ。
もう、あんたが死ぬ運命は覆した筈だ。
なのに、どうしてこうなるんだ。まさか、歴史が元に戻ろうとしているとでも?
どうあっても、この人が生き延びる事は許さないと?
……否、それは無い。
もしそうだとしたら、アルフィノとアリゼーも無事では済まない筈だ。元の歴史で暁の面々が死んだ場所は異なっていたが、少なくともこの三人は、同じ時、同じ場所で命を奪われたと聞いた。
だから、これはそういうどうしようもない流れとかじゃない筈だ。
諦めるな。歩みを止めるな。思考を停止するな。やれる事があるならなんでもやれ。
何のために、オレは、水晶公は、かつての仲間達の力を借りて、全てを賭けて時を超えたと思ってるんだ。
世界を救うため、……そして、この人を救うためだ。あの時から、何も変わってやしない。
「……調査の方に行ってくる」
今の今までマリィにかけていた治癒の魔法を止めて、彼女が眠るベッドの横から立ち上がる。
アルフィノも少し休めた筈だし……癒し手は比較的多い。その気になればアリゼーだって出来る。彼女を繋ぎとめるための人員は足りている。
ならば、必要なのは情報だ。この原因となった何かを突き止め、解決法を見つけ出さなくては。
これでも、アラグ文明研究の専門家だ。マリィの様子が気になって戻って来ていたが、オレが役に立てるのは、当然あちらの方。
「待ちたまえ、グ・ラハ。……君、あれから休息を取っていないだろう」
「そうよ! 流石に一度休みなさい、倒れたらどうするの!」
部屋を出ようとしたオレをアルフィノとアリゼーは厳しい顔で制止する。
優しい双子だ。こうなったのはオレのせいなのに、それでもこの身を案じてくれる。
嬉しいとは思う。……でも、そんな状況じゃなければ、そんな資格もない。
「大丈夫だ。そんな事より、一刻も早く彼女を助けないと」
「気持ちは分かるけど!! 貴方ねえ、以前もそうやって無茶ばっかりして!! 私達も、マリィだってものすごく心配したんだからね?! また繰り返すつもり?!」
それを言われると耳が痛い。
オレの独断で散々彼ら彼女らには迷惑をかけ、心配もかけた。幸い無事に済んだが、マリィからはたっぷりとお説教を食らった。正座で1時間。100年以上生きてきて、初めての経験だった。
献身というにはあまりにも過ぎると。どうして腹を割って相談しなかったのかと。この身が滅びたとして、どれだけの人が悲しむ結果になったか分かるかと。
……徹頭徹尾、自分を騙して利用した、という件に関しては一欠けらの苦情も何もなくて、逆に罪悪感に苛まれたとも。
「そうだな、……また説教されるな」
「分かってるなら!」
「説教してくれるなら、それがいい」
今度こそ、反省をしていないのかと心底呆れられるかもしれないが……、それならそれでいい。
あんたが、無事に目覚めて、生きてくれるなら、なんだっていいんだ。
人々の希望の灯火、その物語が、唐突に引きちぎられたように、ぶつりと途切れる。……そんなのを見るのは、もう沢山だ。
二人の心配を振り切り、部屋を後にしようとしたが……その前に、目の前の扉を叩く音がした。
「私よ。入って構わないかしら」
「! ああ、来てくれたのか!」
扉の向こうから聞こえた落ち着いた女性の声に、ちょうど目の前に居たこともあってオレが即座に開いて招き入れた。
もちろんそこに居たのはヤ・シュトラだ。彼女だけは、折悪く別の地の依頼に当たっていて、すぐにここに戻れなかった。
それでも、相当に急いでくれたのは間違いない。
エーテルを直接見ることのできる彼女ならば、オレ達には分からない何かに気づけるかもしれない。
……ここを出るのはそれからだな、と考え直し、オレも部屋にとどまることにする。
「遅くなってごめんなさい。おおよその話は聞いたわ」
「ああ。それで、君から見た彼女の状態は、どのようなものだろうか」
「そうね……」
じ、とヤ・シュトラは眠り続けているマリィを見つめる。
僅かな異常も見逃さないと言わんばかりの真剣な瞳に、オレもアルフィノもアリゼーも、言葉をつぐみ、静かに待った。
直に、僅かに眉間が寄って皺を作る。それから……解せないとばかりに両腕を組んで、首を傾げた。
「確かに……、彼女の奥深く、核とも言える場所に、彼女のものではないエーテルが巣食っているわ。目覚めないのは、その核の周囲を、彼女自身が殻のように覆っているからでしょうね」
「つまり、あの黒いエーテルに侵食されるのを阻止しようとしてる、ってこと?」
「いいえ。そのエーテルも、殻の内側にあるのよ。……まるで、その異物を守ろうとするかのように」
ヤ・シュトラの言葉に、オレ達も首を傾げた。
自分を守るべく、内に閉じ籠もった。それならば、目覚めないのは何となく分かる。
だが、守るように籠もった内側に、既にあの黒いエーテルが入ってしまっている?
それではおかしい。排除しようとするならまだしも、守ろうとするなんて。
ほんの僅かに見ただけだが、あの黒いエーテルは、決して善良なものには感じなかったが……
「そもそも、光の加護を持つ彼女は、他者のエーテルによる侵食には強いはずよ。だからこそ、蛮神のエーテル放射も効かないし、限界まで光を溜め込んでも、心身ともに致命的な変質はしなかった」
「それが、いくら内側に侵入を許したからって、それより小さな異物にやすやすと乗っ取られるなんて、おかしいわよね」
「ええ。なのに、今の彼女の中で、異物のはずのエーテルを排除しようという動きがない。むしろあって当然とばかりに凪いでいるわ。安らいでいるとすら言っても良い」
「……絶望や恐怖で支配しようとするのではなく、甘い夢で堕落をさせるタイプである、とか……?」
「だとしても、そう安々と流される人ではないと思うけれどね。それに、黒いエーテルにもほとんど動きが見られないのも気になるわ」
「侵食とか乗っ取りとか、してはいない?」
「ええ、大人しいものよ。それが、宿主に安らかな夢を見せるという性質故なのか。単に乗っ取る隙を伺っているのか。……消え失せる直前に、道連れを欲しているのかは、分からないけれど」
……ひとまず、今すぐに緊急の状況に陥ることはなさそうだ。
だからと言って、悠長にしているつもりもない。
アルフィノ達のように、目覚めない理由がハッキリ分かっている訳ではないのだ。次の瞬間には、あの黒いエーテルが彼女に牙を向くかもしれない。
魂の核とも言える場所の近くまで侵入されているんだ。何かあれば、ひとたまりもない。
……手遅れになど、させてなるものか。
彼女は、この先も生きて冒険を続けるんだ。どこまでも、自由に。
「やっぱり、調査に合流してくる。何か分かればすぐに知らせるから」
「だーかーらー! 行くのは止めないけど、貴方はその前に……」
「待ちなさい」
改めて踵を返そうとするオレに、アリゼーも再度止めようとしたが……、それに被せるように、ピシャリと叩きつけるような制止の言葉が投げつけられた。
その声の強さに、思わず足が止まり、振り返る。
白髪の魔女は、先程マリィを診ていた時と同じ、真剣に見定める目をオレに向ける。
そして、同じように、眉間にしわを寄せて、腕を組んだ。
「グ・ラハ・ティア。貴方、この件が起こってから、眠ったかしら?」
「い、いや……。さっきまで遺跡の調査に参加していたし。それ以外は治癒魔法のどれかが効果を発揮しないかとか、手持ちの資料に何かヒントがないかとか、ずっと……」
「……なるほどね」
何がなるほどなのか。
問うより前に、組んでいた腕をほどくと、やおら背にしていた杖を構えた。
無論、オレに向かって。
「貴方、今すぐ寝なさい」
「は?! いや、待ってくれ! 今はそんな場合じゃ」
「別に貴方を慮って言っている訳ではないわ」
「……それもどうかと思うけど」
いやホントだよ!
ぽそ、っと呟いたアリゼーだったが、臨戦態勢のヤ・シュトラを止めようとする様子はない。更に後ろでアルフィノも突然のことに困惑しているが、同じく止めようとはしない。
「入室した時から気になっていたけれど。貴方に干渉しようとしているエーテルがある」
「え?! それって、あの黒いのがラハにも?!」
「いいえ、それとは明らかに別よ。私の見立てが確かならば、それこそが打開の鍵になるわ」
「それは、つまり」
「とにかく寝なさい。そして、一刻も早くあの人を連れ戻してきて」
私だって、こんな姿を長く見ていたくはないのよ、と。
これ以上の問答は無用とばかりに、容赦なく眠りの魔法が放たれる。
抵抗する間もなく、元々眠気は感じていた意識が閉じ始め、ぐらりと体が傾ぐ。
どうやらアルフィノが、頭を打たないように支えてくれたらしい……とまで知覚したところで、オレの意識は刈り取られた。
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