鳥の子 - Babél
Ihmisen elämä on vain yksi ainoa sulka.
人の命とはただ一本の羽根である。
既に長い時が経って漸く、あらゆる事象への分別がつき始めた。守人は働き蟻のように忙しなく動き回りながら、馬車馬の如く命に従順だ。
天師様への奉公は守人の生き甲斐である。何よりも尊き御仁らが住まう上階の、その下層へ滞在を許されていることが奇跡である。
四六時中呼び出される奉仕業務に神経をすり減らしながら、決して苦痛を顔に出してはならない。衣服も食事も完璧に仕立て上げ、その身を構築する血肉としての誇りを抱かねばならない。もう二度と守人は、人間は、選択を誤ってはならない。
全てが掟で定められ、規律こそが基礎だ。之の地で生きる為の活路は全て先人により開拓されている。後世に残留する末端はその尽力に敬意を評し、有難く享受するのみだった。
当時まだ年端もいかぬ幼子であった子は、田畑に張り巡らされた畦道の中心で、地に蔓延る悪霊と対峙した。人の形も取れぬ黒靄は異形の姿となり、歳食えどそれに適うことはない。四つか五つの子供など手も足も出ず、無惨にも死体と成り果てるのが関の山である。
少年は少女の手を固く握り締めた。恐怖心による行為だった。すくんだ足に鞭を打つことすらままならず、無論幼年にそのような思考はなく、ただ隣にいる少女を視界に入れることで心の崩壊を免れていた。
かくいう少女は、ただその悪霊をじっと、真っ直ぐに見つめるだけであった。隣の少年には目もくれず、掴まれた手を振り払うこともなければかける言葉もなく、そこに恐怖は一片たりとも存在しなかった。
悪霊が腐った水草を肥やしと発酵させたような声をあげて、その悪臭を振りまきながら口を開ける。どこまでも濃い黒が景色すらも食い荒らそうとした頃、その醜体はいとも簡単に崩れ去った。
これこそが天師様の御力である。その類稀なる崇高な御業は世の理を再定義し、この町の均衡を簡単に整理してしまうのだ。
平伏せよ。彼の飛来者こそが世の全てだ。
恭謙せよ。さすれば其の身は今生最期まで護られる。
目を合わせたのは彼女の方だった。声をかけるでもなくただ交わった視線が、たった一秒の後に無きものと消えた。二日後、怜家の少女は町人ではなくなった。
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