02∣鶴蒔氷雨




 江戸の時代から武士として名を連ねた鶴蒔家には、家宝として真剣が受け継がれていた。現代でも撃剣師の名門である彼らはその精神から手入れを欠かさず、刃は常に冴え渡っていた。
 その日は氷雨が手入れを行っていた。いつも通り刀に打粉を叩き、拭い紙で余分な油を取り除いていく。

「……ッ!?」

 突然の怒鳴り声。何者かが暴れるような激しい物音。耳をつんざく様な破裂音。そして、何かが床に倒れ落ちるような音。
 慌てて音のした方向へ駆けつけた氷雨は眼前の光景に目を瞠った。
 そこには、胸から血を流して事切れた女性──母の姿があった。何が起きたのかまったくわからない、そんな顔をしていた。傍らにはまだ煙を上げる拳銃を手に、見知らぬスーツの男が3人立っていた。体格からして明らかにカタギの者ではない。

「悪いな嬢ちゃん。次の仕合、アンタが負ける方に賭けちまってな」
「胴元の総取りだからよ、参っちまうよなァ」
「ちょっと嬢ちゃんを傷つけられたら良かったんだけどな。コイツがヘマして誤射しちまった」

 男達が何を言っているのか、氷雨には理解が出来なかった。
 言葉を失う氷雨にスーツの男が声をかける。

「これも仕事だ。嬢ちゃんと同じでな」

 男の手が氷雨へと伸びてくる。
 それを見た瞬間には既に体が動き出していた。手の中に吸い付く得物の感覚。いつも通り、訓練通り、仕合通り。〝抜けば玉散る氷の刃〟が放たれる。

 その後の記憶は曖昧だった。

 気がつけば辺り一面が血の海になっていた。自分の服も返り血で真っ赤だった。目の前で絶命している男達の姿を眺めて、ようやく自分の手にあるそれが、模擬刀ではないことに気づいた。
 辺りに広がる惨状。鼻にまとわりつくような血の匂い。手に握られた刀の重み。肉を断ち、管を裂き、骨を削る感覚。
 それらが、柄を握る度に蘇るようになった。

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