帝釈天の衣




 おいおいどーしたよ、アシュヴァッターマン。
 休憩所の机に突っ伏したまんまで、アンタらしくねぇなぁ。|烏摩妃 《パール》サマが直々に、ベリーホットなコーヒー淹れてくれたんだろ? アンタは別に猫舌って訳じゃねぇだろうに、コーヒーは熱々な内に飲まなきゃ美味くねぇジャン。……んん? そういやアンタ、確かアルジュナと閻魔亭へ慰安旅行に行ってたんじゃなかったっけか? 何があったんだよ、オレっちで良けりゃあ、話の一つや二つくらい、聞いてやるぜ?

 ……は?
 因果応報とはいえかくかくしかじかで散々な目に遭った?
 スプラッター映画顔負けのホラー?
 あー……そいつァなんとも、バッドゴールデン……なんだ、その……アンタも災難だったな!

 ……あん?含みある言い方してんじゃねーぞ、殺された経験まであんのか、って?
 ハハァ、流石にオレっちはアンタみたく全身ズタズタに切り刻まれた経験はねぇさ。ただ考えてもみりゃあ、オイラが死ぬほど世話になってるお人は、やっぱアルジュナとよぉく似てんのなって思ったのさ。……ああそうさ、源頼光サン、その人だ。前にも話したろ? 頼光サンはああ見えても気合十分なお人だぜ。鬼神の力ってのはそんなあの人でさえ、なんかの拍子で抑えきれなくなっちまうようなモンだ。それでもあの人は|北野天神《シヴァ》の申し子でもあるから、まだマシな方なんだろうが……。人間の血と神さんの血を直接、それも半々引いちまってるアルジュナは、そりゃあしんどかったろ。もしかしたら、生前は精神力の殆どを使って神さんの血を抑え込んでたのかもしれねぇ。そんなロクに本気も出せねぇ限られた力でもカルナと互角に渡り合うたぁ、天竺の英雄ってのはいやさ全く、ゴールデンヒーロージャン! 平然と対峙してやがるが……お互い満身創痍だったんだろうなぁ、あの兄弟。……|狂戦士《オルタ》の方見てるとよぉ、オイラの耳元の声がやけに騒がしくなるモンだから、妙だ妙だと思っちゃいたが。コッチで自分の居場所欲しさに魔国を造りたがった天魔の大将の事だ。天竺異聞帯はそのシミュレートだった、ってことかねぇ……。人間の善し悪しなんか殆ど削ぎ落としちまったあの無垢っぷりを見るに、根本の神さんの意思を自己の意志と認識してたんだろうな。

 ああ成程、だから弓の方は帝釈天の力なんか使わず、大黒天と火天の力が宿った宝具を振るってた訳か。
 大黒天ってのは今でこそ柔和な顔した豊穣と福徳の神だが、元は悪鬼を討ち滅ぼす憤怒相の退魔神だ。
 そして火天の焔もまた魔を祓い、退けるもんだ。護摩、って奴だな。
 そも大黒天も火天も、根っこは同じ貌の神さんだって言うじゃねぇか。確かソッチじゃ……|る《・》|ど《・》|ら《・》、っていったかい?

 要はアルジュナには|天魔《おやじ》とは違うモンだって証明が、どーしても必要だったってことだろ。何が何でも英雄として、人に仇を成す魔性を殺す者としての立場を示さなきゃならなかった。じゃなきゃアルジュナは|狩《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》|側《・》になっちまう。喉から手が出る程アンタを欲しがって、けれど最後までアンタに選ばれなかったことを心底恨んだのは、そういうこった。結局どっちつかずだから認めてもらえなかった、そう思っちまったんだろうな……。それでもそん時はアンタがアルジュナを選ばなかったから、世界の帳尻って奴が合った。アルジュナも、|正義の鬼《オルタ》には成らずに済んだ。

 ……皮肉なもんだな。
 この世全ての悪を絶つって願いはきっと、何でもない善良な誰かが傷つき嘆くことのない、平穏に笑って暮らせるような世界が欲しいって願いだろ。それは誰しもが抱く、切実な祈りだ。それそのものは決して……間違いなんかじゃない筈なのによ。

 なぁアシュヴァッターマン、気ィ付けろよ。それでもどうあっても、鬼連中とは相容れねぇモンさ。アンタがオレと同じ鬼を|狩《・》|る《・》|側《・》だってんなら、猶更だ。鬼ってのは誰かを愛おしむ程に、縊り殺したくなる。何かを尊ぶ程に、壊し尽くしたくなる。そういう奴らだ。アルジュナが此処で|大将《マスター》やアンタと強い縁を結んじまって、その所為で箍が外れやすくなったってことなら……そりゃもう一回きりで治まるモンじゃねぇってこった。親友殿のお力も借りてどうにか抑え込んじゃいるんだろうが、そっちもそっちで帝釈天や毘紐天は切っても切れねぇ縁だろ? オイラの生きた時代には無かった信仰だがな……三尸喰らいし青面金剛、毘紐天の転化なりして帝釈天の御遣い。|庚申《かのえさる》の夜は|不眠《ねむらず》、欲は戒め猿は括れ……ってのが日本にはあってな。どっからでも、神さんの手は伸びてくるってことだ。……アルジュナが連れて帰ってきた|あ《・》|の《・》|猿《・》もきな臭ぇもんだ、どっちに転ぶかわからねぇ以上、あっちもちぃとばかし注視しといた方が良いんじゃねぇか。

 それでもアンタは一緒にいると決めた。何が何でも離さねぇと決めた。だったらオイラは、何も言わねぇさ。
 それでこそオレっち達の知ってる|英雄《ヒーロー》、アシュヴァッターマンだろ?
 ああ今度こそ、|切り捨てない《大団円》で済むといいなァ……。

 心配すんな。何かありゃカルデアの奴らも総出で止める。アンタ一人に任せっきりにはしねぇ。アルジュナが手前で神さんの血を抑えられなくなっちまった時は、オレっち達が皆で抑えてやりゃいいんだ。頼光サンの時みたいに、な。上の連中がどう言うかは知らねぇが、少なくともオイラと大将はアンタもアルジュナも絶対に見捨てたりしねぇ。アンタは今のうちにゆっくり休んどけ。……大変なのは、これからジャン?



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