6-4 Ω



 二人の目の前には、さまざまな種類のピアッサーが整然と並んでいた。透明なショーケースの中には、耳たぶ専用のものから眉用、さらにボディピアス専用のピアッサーまで、用途別に分かれて陳列されている。それぞれに異なるデザインやサイズがあり、ピアスホールの大きさを調整できるゲージも豊富に揃っている。さらに、金属アレルギーの人向けに作られた合成樹脂のピアッサーも置かれており、その種類の多さに圧倒されるばかりだ。

 周囲には他にもピアスを選んでいる若者たちが立ち止まり、時折小さな声で感想を交わしている。その中で、鳳子は目の前の品々を茫然と見つめた後、ふと風雅を見上げた。彼女の中では、求めているものはもう決まっている。けれど、それを実現するためにどれを選べばいいのかが分からなかったのだ。自信なさげに風雅を見つめるその視線には、無言の助けを求めるような気持ちが込められていた。

「ファーストピアスなら18ゲージあたりが確か良かったはず。細いし、あまり痛みも感じないと思う。ただこのサイズだと穴が小さすぎて、他のピアスを通すときに無理をすることになるから……どうせならそのもう少し大きい方が後々困らないだろう」

 風雅は「ちょっと触るぞ」と声をかけながら、そっと隣に立つ鳳子の髪に手を伸ばし、柔らかい髪の束を耳の後ろへとかき上げた。彼女の耳たぶが露わになると、風雅はすぐ目の前に並べられた誕生石やシルバーのピアッサーに視線を移し、どれが彼女に似合うかをじっくりと考えた。風雅はどれを選ぶかの最終的な決定は鳳子にあることを心得ていたが、彼女が望むものを見つける手助けをしたいという気持ちが自然に湧き上がってきた。

「誕生日は何月だ?」と風雅は優しく尋ねた。シルバーもいいが、色とりどりの誕生石が彼女の雰囲気に合うような気がしたのだ。

「四月一日です!」
「四月……?」
「はい! 四月の誕生石ってダイヤモンドなんですね!」

 鳳子は無邪気に微笑みながら、ショーケースに並ぶ四月の誕生石のピアッサーをじっと見つめていた。その輝く瞳はまるで、ダイヤモンドそのものを手に入れたような嬉しさに満ちている。

 一方で、風雅は思わず驚きの表情を浮かべた。彼の誕生日は四月二日だった。わずか一日違いでがはあるが誕生月が同じであるという事実に、彼は鳳子に親近感を抱いた。

「じゃあこれにするか?」
「はい、それで穴を空けます。それで、つけたいピアスのデザインが別にあるので、次はそれを探したいです」
「好みのデザインがあるのか?」
「はい! こう……輪っかみたいなものをつけたいのです」

 鳳子は手で小さな輪を作って、彼に理想のデザインを示した。風雅は「ああ」と頷き、ようやく彼女の望みを理解した。彼女に必要なのはピアッサーではなくニードルだった。

 ファーストピアスは、通常、ピアスホールが安定するまでに一か月ほどかかるとされている。そのため、ピアッサーを使用した場合には、最初から固定されているデザインのピアスしか選ぶことができない。一方で、ニードルを使用する場合は、穴を開けた後にファーストピアスを通すため、好みのデザインを自由に選べるというメリットがある。



 鳳子は悩んでいた。風雅に言われるがままに、ニードルと、その行為に必要な道具は買いそろえたが、どうしても一ノ瀬がつていたピアスと似たものを見つけることが出来なかった。その原因は、彼女自身が最後まで一ノ瀬濫觴という人物をはっきりと視認する事ができなかったからだ。アクセサリーショップを何件も周り、朧気な記憶の中にある彼女を何度も想像し、色は何色で、太さは、大きさはどれくらいだったかを必死に思い返そうとした。

 実際に似たものを目にすれば直感的に確信が持てるかも知れない、という安易な考えさえあった。しかし、実際にはどれだけの店を回ってみても、鳳子にとって納得できるピアスは見つからなかった。

「どうしても、その先輩と同じものじゃなきゃダメなのか?」

 ショーケースを覗き込みながら、次第に不安を滲ませた表情に変わっていく鳳子を見て、風雅はそっと問いかけた。しかし、鳳子はその問いに頷くこともなく、ただ黙り込んでしまった。風雅は、本当はもっと早くその問いを投げかけたかった。

 リングピアスを探す途中で、二人は洋服店にも立ち寄った。それは鳳子の方から誘ってきたもので、彼女は他の洋服には目もくれず、一着の洋服を目指して風雅の手を引っ張っていた。そして、そのたびに「これなら一ノ瀬先輩っぽくなれる!」と楽しそうに笑っていた。

 鳳子がその「一ノ瀬先輩」の容姿を目指そうとしていること。そして彼女が目的を持って行動を起こそうとしていることは既に明白だった。

 しかし、そんな彼女の様子に風雅は違和感と不安を覚えていた。鳳子は今も必死に笑顔で不安を隠そうとしているが、その奥に張り裂けそうなほどの悲しみが潜んでいる。その悲しみが、笑顔では抑えきれないほど溢れ出ているのを、風雅は感じ取っていたのだ。

「ほら、これをお前にやるよ」

 風雅は、いつの間にか手にしていた小さな紙袋を鳳子に差し出した。

 それは、悩み続けている鳳子を待つ間に、ふとその場を離れたときに買ったものだった。彼女が迷子にならないか少し心配もあったが、その場を離れたことで、気分転換も兼ねて彼女に似合いそうなピアスを見つけたのだ。案の定、鳳子は風雅が一時的に自分のそばから離れていたことにまったく気づいていなかった。

「……? これはなんですか?」
「ピアスだよ。鳳子に似合うと思ったから、買ってきた」
「風雅くんが選んでくれたんですか……?」
「アクセサリーはいくつあっても困らないだろ? まぁ、お前が気に入るかどうかはわかんねえけど」

 鳳子は紙袋を大事そうに胸に抱え、嬉しそうに微笑んだ。その微笑みは、風雅が今日見た中で一番輝いていて、翳りのない本当の笑顔に見えた。

「嬉しい! 貴方が選んでくれたものなら、私は何だって大切にします! ありがとう、風雅くん!」

 中身をまだ見ていないにもかかわらず、鳳子は胸を張ってそう言い切り、紙袋を大事そうに抱きしめた。その言葉と笑顔が、風雅の心に静かな安らぎをもたらした。

 そして二人は、その後も手を繋いだまま、日が暮れるまでショッピングを楽しんだ。秋の夕陽がショッピングモールの窓から差し込み、周囲をほんのりと染めていく。賑わう店内のざわめきに包まれながら、彼らは時折目が合っては微笑み、互いの存在を確かめるように歩みを進めた。

powered by 小説執筆ツール「arei」