O・K、パ・ド・ドゥ




「え?」
「え、って何。」
頓狂な声を上げたせいで、豚足に付いた肉を夢中で貪り食べていたジファがこちらを見た。
「ドンシクさん、どうかした?」と隣で失敗作の爆弾酒を黙々と片付けていたジフンが言った。
「いや、今日来るってさ、坊ちゃん。」
メールの文面にはあと一時間で着きます、とある。
「坊ちゃん、ってハン・ジュウォン? あいつ、今日来るのか……。」と言ってジファがほとんど浚い終えた空っぽの皿を見つめる。
三十分前までは、そこに山盛り入っていたのである。
ジュウォンの目当てであるはずのヨルムキムチが。
総菜は他にもあるのに、なぜかその皿だけが空になっていると言うのは、意図的にそうしたのだと思われても仕方がないのではないだろうか。
まあ、今日は他にも食べるものはあったにはあったけど、と思いながら、食べつけないものはにっこり笑って兄貴分に押し付けてヨルムキムチにばかり箸を伸ばしていたジフンの顔を見た。
ジファはその横でしまった、といわんばかりの顔になっている。
「これさ、嫌がらせじゃないからね。」
「可愛い後輩の分を残しておいてやるのが、優しい先輩の勤めじゃないのか?」
……被った。
嫌な顔をしたジファを見て、ドンシクがクックと鳩のように笑うと、ジファの年の離れた弟は、二人とも今日も仲がいいね、と言わんばかりの生暖かい目でロートルふたりのことを眺めている。
「……あいつは食べ残しを素直に食べてくれそうなヤツでもないし。」
潔癖症は治ったはずだが、その日によって気分が乗らないこともあるだろうな、と船を降りた後の釣り宿で見た固い横顔を思い出す。
「余ってる総菜もあるじゃないか。」
「アジョシたちには高級すぎて口に合わなかったようですからね。」と厨房から抑揚のないジェイの声が飛んで来た。
直接は見られなくとも、寒々とした笑みを浮かべているのは分かる。
いや、ボウフウとカニの卵やら、豆腐の白和えやらは確かに美味かったけど、そこらの総菜みたいにやたらとおかわりするようなもんでもないだろ。
それに。洒落たナムルはドンシクの腹には優しかったけれど、若いジュウォンには、物足りないのではないだろうか。
「いや、流石に今日来るとは思わないでしょ。この時間ってことは、あいつ、今日の仕事、途中で放り投げて来たんじゃない?」
世にも珍しい、オ・ジファチーム長の言い訳だ。やけに明るい、躁病めいた言葉遣いを聞いて(あるいは聞き逃したふりで)常のように受け応えするのは、いわば幼馴染の情けというヤツだ。
「先月はあれだけメールを流しておいても無視してたのにね。」
何かあったのかしらね、とジェイが微笑みながら、ジフンに頼まれた追加の肉を持って来た。
オレたちの年じゃ、もうサシの入った肉は無理なんだよ、といくら言っても、腹が膨れた後半戦になってから追加の一皿を頼もうとする。ジフンのこの悪癖は、しばらく治りそうもない。
「どうも、ジェイの作ったヨルムキムチに釣られたっぽいな。」
「あんたとのデートよりジェイの作ったキムチがいいってこと?」
流石、変人二号ね、とジファが言った。
「おい、妙な呼び名を付けてやるなよ。」
今は仕事が恋人なんだとさ、と軽く言ったつもりが裏目に出た。
「そもそも、ジュウォンには、誰が作ったかは伝えてないぞ、オレは。」
「つまり、ジュウォンさんはアジョシの手作りキムチに釣られて来る、ってことですか?」
ジェイ……。
ジフンも、なるほど、って顔をするんじゃない。
「こないだのタコ祭りが楽しかったんじゃないか?」
「企画・立案を自分でやっといて?」とジファがため息を吐いた。「気を付けなよ、ドンシク。あんた、次はマグロ漁船に乗せられるよ。」
「それさ、ドンシクさん、稼げて丁度いいかもしれないよ。この間、貯金が減って来てるって言ってたでしょ。」
「あ、あんたそういえば次の仕事、いつ決めるのよ。」
おっと、藪蛇だ。
「あ、ジェイ、持ち帰り用のパックにヨルムキムチ、ジュウォンの分、詰めといてくれるか。」
「分かりました。」
「ついでにドスを呼ぼう。ジュウォンにも、たまには無垢な赤ん坊の顔を見せてやらないと。」
「あれだけ大きくなったら、もう赤ん坊でもないでしょ。」

どっちの話だ、と言ったら、またしたり顔をしてこっちを見てくるんだろうなあ、こいつ。

まあ俺にはまだ両方赤ん坊みたいなもんに見えるけど。
「あ、ドスが最近家計がきついって言ってたから、あんた、あいつを家族で呼び出すならちょっと払ってやりなよ。」とジファが言った。
なんてこった。藪蛇が上乗せになった。



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