鳥の子 - BabélⅡ
窓から差し込む朝の陽気で、眠気眼が緩やかに開かれる。既に部屋は随分明るく照らされているが、藍白の顔には柔らかな影が落ちていた。
純白の大翼がそっと、愛し子の肌を擽らぬよう、滑らかな絹糸の上を滑り落ちる。遠い遠い彼方の、森林に根ざす白華の香りがした。
「おはよう。今日も良い天気だよ」
始末が行き届いた、手入れすら必要ないほど美しく長い髪が静かに藍白の元を離れていく。順応させるよう開かれていく朝の視界に、藍白は眼を擦って小さな欠伸を漏らした。その様子を微笑み眺めるは、尊き一人の天師様であった。
天師様が存分に羽を広げても余る程の余白を残す寝台では、藍白は置かれた小動物のように見えた。幼い体躯がそろりと足を伸ばして、漸く床へ素足が触れる。
「朝の茶を用意しよう。顔を洗っておいで」
金色に塗られた戸口は宛ら猫の手のようである。天師様はその姿を見送り、下層へ通ずる金鈴を手荒く鳴り響かせた。
藍白の雛口から零れる唾液が太腿へ滴り落ちた時に、藍白は天師様の寵愛を一身に浴びる意義を知った。下翼が芽生えたと同時に、陳述の再定義すら簡単に飲み込んだ。授かったのは天師様からの加護であり、今も尚藍白には上手く発音する事が出来ないsiunausであった。
本来天師様は彼の地で培う言語を扱うところ、その寛大な御心故に町人との意思疎通を可能にした。天師様は町人でも分かる共有語と、彼の地に伝わる公用語の二つを用いるが、人間は皆、天師様が並べ立てる言語を理解し得ずにいる。是こそが人間の最たる部分であり、明白な高慢の姿勢であった。
öökull。怜家から飛び立った藍白は此を上手く聞き取ることが出来なかった。故に藍白は、自らの持つ言語と特有の訛りから、其の名を“しき”と呼んだ。天師様《しき》は鳥の子の愚行を満足気に受け取った。
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