ある姉妹との出会い



 食事を終え、酒も飲み干し、いよいよ濃紺のカーテンも空を覆いつくした頃合い。完全な闇に包まれる前にタヌライの研ぎ作業は無事終了を迎えた。新品のようにとまでは言えないが、十分な輝きと鋭さを取り戻した愛武器に彼女はご満悦である。
 そんな温かい静寂の中に、静かな寝息が場に広まった。クレバシだ。
「あー……お姉ちゃん結構無茶してたからなぁ」
「だろうな」
 タヌライよりは体力が大きく劣るであろうことはすぐにわかったし、疲労の色合いは彼女の方が数段上であった。タヌライも姿を現したころにはかなり疲れていることは見えたのに、それに合わせていたクレバシがどれほどの疲れを抱えていたか、想像に難くない。
「お姉ちゃん、私の前だとあまり弱いところ見せようとしなくてさ。こっちが合わせてペースを落とすと、疲れるのが早いって叩いてくるんだ」
「もう〝僕〟はいいのかい?」
「……あー。バレてた?」
「まあな」
「早く言ってくれたらいいのに」
「無粋ってやつさ」
 クレバシの頭を肩に乗せながら、タヌライは苦笑する。
「ありがとう、リョウさん。お陰で私たち姉妹も助かったよ。うん、今度ばかりは本当に死んだかと思った」
「俺も、何度も他の冒険者に救われたさ。今度は君たちが他の冒険者に返せばいい。そうやってこの世界はまわっているんだ」
「うん、そうだね。そうするよ。ほら、帰るよお姉ちゃん」
 クレバシの手から杯を取り、身体をゆすって起こそうとするが、クレバシは起きる気配がない。相当深い眠りにいることは間違いなく、彼女を連れたままこの夜道を再び戻るのは危険だろう。幸い、リョウのテントと毛布はリョウ自身が巨体ということもあって大きい。彼女たち二人なら十分と言える。
「君たちさえよければ、そこのテントを使っていくと良いさ。一晩過ごすのには十分だろ」
「えぇ!? さすがにそれは悪いよ。ご飯までご馳走になって……リョウさんはどうするの?」
「今晩は風もほとんどないし、雨も降りそうにない。焚火の温もりだけで充分だ」
「いや、でもー…………はは。これだけお世話になって、今さら遠慮するのも逆に悪いのかな?」
「そういうことだ。朝になったら、君たちは君たちの旅に戻ればいい。ここで出会ったのもそういう縁というだけの話だ」
「……うん。ありがとう。リョウさん」
「ん?」
「……不肖タヌライ、そしてクレバシ。この御恩は忘れません。いつか、同じように苦しんでいる冒険者へと今日の恩を返すことを約束します」
「……あぁ、そうしてくれ。君が今日、俺に助けられたように。俺がかつて、誰かに助けられたように」
「……また、どこかで会えると良いね」
「そうだな。お互い死んでいなければ、きっとまたどこかで会おう」
「うん、約束だ。今度は私たちが何かを奢るからさ」
「期待しておくよ」
 おやすみ、と一言残し、姉妹はテントの中に消えた。ごそごそと物音が少しのあいだ響いて、やがてそれも無くなり、静かな寝息が立ち込める。
「……孤独じゃない夜ってのも、久しぶりなもんだ」
 一人ごち、外套で身体を覆いながら、リョウは火が消えないように枝を新たにくべる。
 それぞれがそれぞれの旅をする中で、冒険者はその多くが道半ばで倒れ、孤独の中で冷たくなっていく。だからこそ、出会った僅かな時間くらいはきっと、大事にするのだ。
いつか訪れる孤独に向かい合うとき、それでも暖かな思い出を抱きしめて、自分の命を後悔しないように。
「星がきれいだな、シーザー」
 いつの間にか起きて、傍に寄り添ってくれていた愛馬の頭を撫でながら、リョウは他者の存在を感じる夜を迎える。夜明けまではまだしばらく掛かるのだ。それまでは、この寂しくない夜を満喫するとしよう。

powered by 小説執筆ツール「arei」

278 回読まれています