勿怪面妖奇譚
当主は朔夜に手を差し伸べた。
「あなた、私と共にきてくださる?」
「俺……?」
「当主様が人間をどう使うつもりか知りませんが、そいつは冷静ですよ」
不機嫌な御影とは対照的に、化面屋は上気分だった。報酬目的で朔夜らの捜索に手を貸しただけだったが、思いもよらぬほど愉快なものが見れた。人の子は可哀想だが、この世で己の愉悦に勝るものなど、どこにも存在しないのだ。
「しかし男を手渡してよかったんですか? 種次第で個体の味も変わりそうなものですが」
料理店までの道中、化面屋は気絶した麻昼を抱えながら御影へ問いかけた。同じく気絶した朝緋を担いだ御影は舌打ちして答える。誰の元で商売やってるつもりだ、と。
街の活気にあてられた空気が生温く、肌に纏わりつくようだった。
二人はこのまま食材になってしまうのだろうか。自分が変わってやれたなら、少しでも生き延びれたかもしれない。少し前を歩く久遠と名乗った当主は何を考えているのか分からないが、少なくとも御影より穏便だろう。
冷静を欠かないよう思考を巡らせる朔夜に、久遠は足掛かりを与えるように沢山のことを話して聞かせた。人々の間で語られる妖世界とはこの街を示すこと、自分がこの街を統べる二代目当主であること。街には人食文化が存在すること。
「以前妖世界にきた兄妹を買ったんですが、中々事が上手く運ばず御影さんに引き取ってもらいました。どうやら御影さんはその後、兄妹を使って新たなやり方を考えたそうです」
「やり方?」
久遠は足を止め、朔夜に向き直った。僅かに澱んだ久遠の目に、朔夜の背筋が凍った。
「乳児生産。時間はかかりますが、赤子を生産することで人攫いの結果に左右されなくなります」
「ゲェ……オエェ……ッ!」
耐え切れなかった。嘔吐する朔夜の背を撫でながら、久遠は続けた。
「そして幼児の提供も可能になり、今までより商売の幅が広がると御影さんは仰っていました。幸いにも妖と人はほぼ同じ対応で育児出産が出来たため、兄妹を使った実験は成功したわけです」
吐き出せるものなど胃酸しか残っていないというのに、逆流が治まらない。子を産ませることすら論外だというのに、生産なんてあまりにも邪道だ。それにその話が本当なら、朝緋も麻昼も同じ道を辿るのではないか。大切な友人が女という性を持っただけで、家畜のように扱われるのではないか。
「どうして! どうしてお前らはそんな酷いことが出来るんだ……!」
「朔夜さん、私たちを隔てるものは一体なんでしょうか。人理を外れた行い? 簡単に人を食える思考? どれも正解です」
汚れることを構わず、久遠は自身の袖で朔夜の口元を拭った。心ばかりの優しさのつもりか知らないが、その穏やかな口調と態度は朔夜にとって心底気持ち悪いものだった。久遠にはもう何一つ喋ってほしくない。それなのに彼女はまだ言葉を紡ごうとする。
「妖と人はたまたま同じ型を持ち、言語が通じているだけ。本質も出自も生活も何一つ違います。どうして分かりあうことが出来ましょう?」
「そんなこと知るわけないだろ!」
「食用の動物は食べられるために子を産むのです。そして私たちはいつ、そんな動物たちと分かりあおうとしたのでしょうか」
初めから分かりあうつもりがないのです、と久遠は言う。妖世界は地獄だ。この広く狭い街でほとんどの妖が傲慢に生きている。そして人間を蹴落とし見下し、更に肥えていく。
あの日を境に、朔夜は久遠の下で妖として生きることになった。新たな面を被り、誰にも人間と気付かれないよう生きていく。それが己が終末へ急ぐことだったとしても構わない。地位を築き、いつか当主の座を奪うのだ。狂った妖を消し去って、朝緋と麻昼を助け出すために。
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