気付いて、俺の。




 つくづくこいつは罪な男だと思う。「一番に夜桜を見せたいから来い」だなんて、期待するなと言う方が酷ではないのか。折角ふたりきりでの花見だというのに、桜の着付けにばかりかまけて酒も肴も用意しない。しかし独り善がりの糠喜びかと思いきや、いざ花見を始めれば美しい桜よりもまるで見えていない此方の顔ばかり覗き込もうとする。これを全て無自覚にやっているのだから性質が悪い。他者の機微にはよく気が付く癖に、距離が近づく程にとんと鈍くなっていく男なのだ。この男が刀剣男士としてはとうの昔に自立していることくらい、分かっている。なのにどこか世話が焼けて、目が離せない。きっと自分だけなのだろう、そんな気持ちに苛まれているのは。こころにずかずかと踏み込んできて勝手に住み着いておきながら、執着はしてくれない。あっさりと傍らを離れては他の奴らのこころまで開け放ちに向かい、あっという間に新しい|居場所《すみか》を作ってしまう。他の誰かの元へ一目散に駆けていく姿を見る度、一体何度「どこにも行くな、傍に居ろ」と言いかけて飲み込んだことか。……分かっている、この大包平という刀は、一所に引き留めてよい男ではない。風に舞う桜の花弁や蝶のように、奔放気侭に|希望《ひかり》を振りまく男であってこそだ。分かってはいるが、気を引くことくらいは許されたかった。誰のこころに渡り住んだって構わない。けれどせめて、たまにくらいは留まりたいと思う場所になりたい。

 夜鳴き蕎麦へと込めた、|想い《ねつ》。
 ひとつ残らずなんて、我儘は言わないから。
 どうか気付いてくれと願う、春の夜のことだった。
 




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