鳥の子4


捨て去ってからというもの、心持ちは幾らか穏やかだ。なにせ杞憂が喪失したのだから。なくてもいいことにしたら、なんにもいらなくなっちゃうね。魔法も、げんこつも、頭の中も。やっとわたしたち、あんなにつまらない紙芝居から抜け出せる。そのせいでパーティには誰もいないけど、あれが影だったなら、最初からわたしの周りには誰もいなかったの。
空虚とは放棄である。形骸化された象徴に、これ以上見返りを求める必要はない。怜が受け入れた現実は中身のない抜け殻だった。
だってこんなところにいる必要もないじゃない。わたしはこれからも、人生の終着点まで、シキに同行してもらいたいの。
藍白怜。全てを無とし、その神聖なる虚無を屠る女。やがて白地すらも彼女に殺されるだろう。怜は紛れもなく、大地の白を殺しにやってきたのだ。少なくとも言語の入り交じる悪夢の中で、彼女はその名を使った。これがただ背を追っただけの名でないことは歴然だった。
ぐちゃぐちゃに引かれた線が、はみ出た黒地が、緩やかに修正されていく。これをシキは断言的陳述だって言ったよね。Assertion。わたし、結構気に入ってるの。だってこの世界には再定義したいものがあんまりにも多いし、わたしたちは今言語で繋がってる。だからわたしの陳述で、ありったけの悪霊を追い払うの!

Ajattelen, siis olen.
我思う、故に我あり。

生まれたばかりの姿に戻った時、私達はただの怜と識に還るだろう。同一視され混乱した独白も、区切られた三人称へ変化するかもしれない。或いは怜の陳述によって、私達は怜と識という個体の識別すら失うかもしれない。そうなれば、もはや前時代的となったコミュニケーションをとる必要はなくなる。
いずれにせよ、深い水底こそが私の終着点となるならば、既に融解した元素の粒が帰還を待ち望んでいることだろう。彼女の言う終着点に、果たして私は同行出来るのか? そも初めから私は存在を認められているのか?
肯定とは、都合の良い証拠である。だから常に否定が繰り返された。認めながら、ただ一点、分かり合えない部分に目を向けていた。
藍白。藍白怜。彼女は今、全てを否定している。およそ半年の間、無数の教唆を受け続けた私もまた、かつて見た未来の否定を始めている。捨て去ってしまったのは、それを受け入れてしまったからだ。ただの戯言から始まった第二章を、いつでも目を覚ますことの出来る物語を。
ずっと、疲れていたんだ。


形を取り戻した白地にわたしたちがいる。影が落ちないから、もうなにも生まれない。でもどこからか光が降ってくるから、わたしたちはずっとスポットライトを浴び続けるの。わたしたちだけの世界で、なんにも干渉されない、自由な白地で。
白地《はくち》。私が架空と重ねたのは、遥か遠くの言語と響きがよく似ていたからだった。
全てが一つに収束していく。鏡の向こうにいた私達も今ではありもしない非現実となり、これまで抱えてきた多くの知識の断片が薄ら香る。残り香が消え去るのも時間の問題だ。既に怜は枯れた。箱庭となり閉じゆく空間をわざわざ覚えておく者などいない。私が怜に賭けた未来も、救いたかった重圧も、故に始まった混濁も、いつしか形も残らず消えるのだ。
思い出せないだけって言うでしょ? わたし、前も同じことを言った。でもね、でも、思い出せないならもうないのと同じだよ。どこかにあるから覚えてるっていうのは、まだ無くしてないって言い張るための道具なの。何を思い出せないのかも分からないのに、覚えてるっておかしな話だと思わない? じゃあわたしの姿、ちゃんと絵に描いてみてよ!

破滅へ向かっていく。崩壊は既に始まっていた。全て君が望んだことだ。自らを藍白怜と名乗ってしまったばかりに、その陳述が作用を始める。
白殺しの怜。これまでに生み出された多くの白が消えていく。壁。羽。個。やがて床が抜け落ちて、私達の身には沈んでいく感覚だけが残されている。

確証がある。いつか必ず、どちらかが目を覚ます。その時にまた、似た空間と似た私達がどこかで構築される。
これは識の断言的陳述である。

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