鳥の子4
今よりもっと深い場所へ沈んでいく。果てに辿り着く深淵の水底に、私達の座席はまだ残されているだろうか。
その答えをわたし達は知らない。だって、まだたどり着いていないから。ねえ、いつから諦めちゃったの?
君が大輪の如く咲き誇る一輪の向日葵であった頃、確かに君は太陽の方角を見ていた。やがて日が落ちるまでの長い日照時間の全部を使って、その網膜が焼き焦がれるほど、瞬きもせず力いっぱいに光を取り込もうとしていた。それは健気で、懸命で、何よりも力強い生への執念だった。
日を浴びるほどに彼女の花弁は色褪せた。身から剥がれていく、これまで花の形を形成していた組織が、ただ大地に降り立っては腐食のサイクルに取り込まれていく。つまるところ、これほど身を広げてみせた大華も、誰の目にも留まらず朽ち果てていくのだ。枯れた姿はおぞましい。あれほど高潔な鮮やかさが見る影もなく、寿命を弄ぶ魔女の落ちぶれた皮膚のように醜悪に年老いている。生死の境を踏み超えれば、人々に与える印象は正反対にひっくり返るだろう。
君はそういう人間だった。
わたしは枯れ果ててしまってから、誰の目にも映らなくなった。あなただけがそばにいる。わたしが声をあげても、管を引きちぎって透明な血液をぜんぶまき散らしても、きっと誰も気にしない。だってもう、あなた以外がいないから。わたし、わたし。――もう、いない、わたし? そんな馬鹿なことってないじゃない!
怜は死んだ。多くの無念と後悔を抱えながら、愛されないままに。
怜は生きてる。積まれた骸の山で、泣きながら。
シキはわたしが大輪のひまわりだって思うの? あんなに細くて弱くて、もう掴めないくらい薄いのに、それでも咲いていたって思う? わたしは確かに羽を広げたけど、それがわたしよりずっと大きな羽だって、どうして言えるの?
――白地の向こうに、今もまだ幻影が残る。
それは架空だった。或いはこの場所こそが、白地が、架空と名指すに相応しいのかもしれない。少なくとも私は、とうの昔にこの場所をそう呼んでいた。fikti。私達の架空。地繋がりを拒んだ“僕ら”が創生した、たった一つの孤島。
むかしむかし、この大地にはひとりの魔女がいました。彼女は気が狂っていたので、野山を切り倒し、深い霧に閉ざされた森を開拓してみせました。そうして魔女は、戦争から逃げてきた移民に、みずからの言語を教えました。魔女の名前はnoitaといいました。
noitaは特別な力を持っていました。移民はnoitaを尊敬し、一緒になって更なる土地の開拓を目指します。二人は毎日一緒に働いて、夜になれば共に食卓を囲む生活を送っていました。
どうして魔女は新しい言語なんて教えたの? そんなものなくたって、魔女は移民とおしゃべりが出来てたじゃない。新しい知識ばっかり植え付けられて、真似できない力を見せつけられて。これは幸せな物語。でも本当にそうかな? 移民はいつしか劣等感の泥団子になって、気狂いの魔女を狩りの対象に仕立てあげちゃうかもしれない。
そうだとしても、noitaは自らを特別だと思わなかった。移民は新たな言語を、知識を、まだ見ぬ力の見れる場所を求めた。たまたま二人は合致した。だから物語は成立する。それはいつ、どんな物語でもそうだ。お話しがはじまっていく。そして私達はまた世界に閉じ込められる。わたしたちは泳ぐ。更なる深化を探求する。
「次のはじめましてが終わった後に、もう一度逢いましょう」
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