黄昏の釣果
カルデアのレクリエーションルームには今日も多くのサーヴァントが集っている。生前から親交がある者、カルデアに召喚されてから新たに関係を結んだ者とでにぎやかだ。
「……なかなか面白い手を使いますね」
「おや、大軍師殿に褒められるとは。私には軍師の才もあったかな」
その一角で、僕はホームズ殿とチェスをしていた。彼はカルデアの経営顧問として忙しくしているが、時折頭の体操と称してボードゲームに興じることがある。軍師こそではないが名探偵と言われるだけあっていい勝負になったものだ。
さて、この局面から次に考えられる一手は……駒を取ろうとしたところで、警報が鳴り響いた。
『ホームズいいかい? 特異点が発生した。それもかなりの規模だ。休憩中のところ悪いが緊急ミーティングを始めるから来てくれ』
「分かった。すぐに行こう」
ダ・ヴィンチ殿からの通信に返事をするとホームズ殿は立ち上がった。
「今回はお開きのようですね」
「ああ、残念だがまた次の機会に」
そう言って管制室に向かうホームズ殿の背中を見送って、途中で終わってしまった盤面に目を落とした。
……のちにトラオムと呼ばれる特異点から、名探偵が帰ってくることはなかった。
「………………」
目の前には自身が張った陣。空は黄昏。周りに動くものはない。
――半年経った。
いつ陣が反応するか分からない状態だというのに、物思いにふけってしまった。首をふり、改めて陣に注意を向ける。……平気だと思っていたが、案外精神にきているのかもしれない。
気分転換、と言ってもこれしかやることがないのだが、ほぼ完成している迎撃用の術を見直す。同じ目的を達成するなら効率がより良いほうがいい。それにマスターがここに戻ってきたとして、魔力が十全にあるとは限らないのだ。
この半年間特異点に変化はなかった。分かるのは「自身が退去していないからマスターは生きている」ということだけ。そう、マスターは生きている。それだけで、
――陣が、反応した。
「っマスター!!!」
半年ぶりに術の行使以外で声を出した。思ったよりも大きな声になって自分でも驚く。
長いこと省エネ状態だった霊基を元に戻す。同時にずっとしまっていた打神鞭を瞬時に出現させ、釣り竿のように赤い紐を陣に垂らす。詠唱、ほころんだ結界をこじ開ける。そしてマスターと自身のパスを頼りに|釣り上げる《・・・・・》。
だが釣り上げようとした腕が止まった。何かが邪魔をしている。少し詠唱を変える程度ではダメだ。あまりにも|重い《・・》。こんなときに邪魔をしてくる相手など決まっている。黒幕だ。
距離があるため即席の遠隔の術に今まで作った迎撃用の術を載せて飛ばす。長い間温存していた魔力が見る見る減っていく。だがそれがどうした。この日を待ちわびたのだ。
「僕のマスターを、返していただきましょう」
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