ヒカセンマリィさんのはなし



 エオルゼアの英雄は、グリダニアの黒衣森出身である。
 特に隠してはいないと思う。聞けばそう答えてくれるだろうし、暁の血盟にスカウトされる前に、ある程度は素性が洗われている筈だから、少なくとも盟主であるミンフィリアは知っていたはず。
 世界中を巡る冒険者だけれど、とりわけグリダニアには縁深い。
 最も得意なのは槍術だし、当然グリダニアの槍術士ギルドに所属している。個人的に鬼哭隊や神勇隊とも見知った仲だろうし、グランドカンパニーに所属を求められた時にはさして迷わず双蛇党を選んだ。守護神として信仰しているのも、黒衣森の精霊の主と言われる地神ノフィカ。
 きっと今でも、黒衣森は特別なのだ。森で生まれ育ったエレゼンらしく。
 ……まあ、私達が彼女がこの森出身だと知っているのは、その辺りの話から来る予測ではないのだけれど。

 私達がシャーレアンから出て、船でリムサ・ロミンサへ。そして飛空挺でウルダハへ、チョコボキャリッジでグリダニアへ。
 そうしてエオルゼア諸国を巡る最中、彼女と偶然乗り合わせた。
 と言っても、その時は一言も言葉を交わさなかったけど。
 都へ向かう途中のチョコボキャリッジを呼び止めたのは、黒衣森に入ってからだった。故郷の村を出てきた、と話していたのをなんとなく覚えている。
 御者と交渉の末に乗り込んできた彼女は、すぐにうとうととして瞼を落としていた。
 ……今にして思うと、あれは超える力が発動して、何かを見ていたのかもしれない。最初は慣れなくて、倒れてしまうこともあったそうだし。
 目を覚ました後も話していたのは行商の男性とで、私もアルフィノも、これから都へ行って冒険者になる、と語る駆け出しの女性にさほどの興味も抱かなかった。
 それでもなんとなく印象に残っているのは、キャリッジに乗ってきたその人をチラリと見た瞬間、美しい人だな、と思ったから。
 他種族から見ると、エレゼン族は容姿が美しく見えがちらしいけど、同じエレゼンの私から見ても綺麗だと思ったのだから、相当だと思う。
 当時はホントに旅立ってすぐで、どことない田舎っぽさとかあった気がするんだけど。今となっては英雄と呼ばれるからなのか、きちんと身なりも気を使ってるらしくてますます目を引くのよね……
 もうかなり以前の事に思える記憶を思い出しながら、あの時とは逆に道を行くチョコボキャリッジから森を眺める。
 ……この辺りだったかしら。一度、マリィに書いてもらったメモを見直そうとした時、隣に座っていたアルフィノが顔を上げた。

「ここだったね。マリィが乗ってきたのは」
「……呆れた、そんな事まで覚えてるわけ?」

 記憶力には自信があると公言する兄は、私よりもハッキリとあの日を覚えているらしい。
 それにしたって、景色が殆ど代わり映えのない森の中、しかもあの時とは逆の順路だなんて、分かりっこないと思うんだけど。
 私のジト目をアルフィノは軽く受け流し、御者に声をかけて留めてもらう。
 別にチョコボをレンタルしても良かったのだけど、ちょうど良いチョコボキャリッジが出るところだったので、懐かしさも兼ねて乗せてもらったのだった。
 二人で礼を言ってキャリッジから降り、去っていく車輪の音を背中で聞きながら、森の中にひっそりと敷かれた道の先へと目をやる。
 まだ鬱蒼とした森しか見えないけど、この先に例の村があるはず。

「さて、気合入れて行きましょ」
「ほどほどにね。別に殴り込みに来たわけでは無いんだ」
「分かってるわよ」

 やる事は、ただの植物採取。しかも特段危険もない場所の。
 それでも、あの人に珍しく頼られたなんて思うと、つい気合も入ってしまう。
 ……あの様子だと色々面倒もありそうだし。とはいえ、マリィに限って故郷で悪事を働いて追放されたとか、あり得ない。
 必要に応じて方便は使う人だけど、彼女は誠実や清廉潔白を絵に描いたような人だもの。最初に姿を見た時も、追われている様子は無かった。
 じゃあいったい何があったのか。仲間として気になるし、あと単純に憧れの人の故郷とか、興味が湧いても仕方ないじゃない。
 こうして、仲間内で誰も来た事が無いだろう場所に来ることを許されたのでもあるし。
 そんな私にやれやれとばかりに肩を竦めているけれど、そう言うアルフィノだって気合の入った顔してるのよね。すましてるけど、誤魔化せるとでも思ってるのかしら?
 預かったメモを見るまでも無く、降りた場所から木々を避けるように蛇行する道を辿っていけば、ほどなく小さな村に辿り着いた。
 見た所、本当に普通の、慎ましく暮らしている森の奥の小さな村。
 入り口には鬼哭隊らしい槍を携えた見張りが居るし、きちんと国からも認められている場所なのだと分かる。
 見張りの隊士は私達の姿を見て、怪訝そうな顔をした。こんな辺鄙な村に、見知らぬ二人組が来るなんて、と言った所だろう。
 幸い、あからさまな警戒を向けられることは無かった。たぶんだけど、まだ体格が子供だからだと思う。年齢としては成人を迎えているのだけれどね? 少なくともシャーレアン基準では。

「なんだね、君達。見ない顔だが」
「突然の訪問、失礼致します。我々は、この辺りにある薬草の採取に来たのですが」
「あー……たまに居るね、知る人ぞ知る物だからな。しかし、この村はちょっと気難しい人が多くてね、ここで情報収集したいならば、苦労するぞ?」
「いえ、人の紹介があります。手紙を預かってきていて」
「ふむ」

 丁寧に尋ねるアルフィノに、隊士は親切に忠告をしてくれた。
 気難しい、ね。つまりとてもグリダニアらしいって事か。
 都こそだいぶ外の国との交流や、他種族の受け入れなんかも進んで来たけれど、黒衣森は精霊を敬愛し森を守る人々が住んでいる。要するに、よそ者大嫌いって人が多いのだ。
 こんな外との交流が乏しい場所なんて、それが顕著に残ってても不思議じゃない。
 流石に警備を任されている隊士は村の人とも知り合いのようで、アルフィノが紹介された男性の名を告げて、手紙の現物も見せれば、そうかと頷いて家の場所を教えてくれた。
 そうして村の中に二人で足を踏み入れると、なんというか、やっぱりね、って感じ。
 見知らぬ顔に、無遠慮に向けられる警戒の瞳。
 見張りが通したんだからと思うけど、自分達しか居ない場所に知らない人間が来たら、それはまあ……警戒の一つも普通するか。
 ただ、それがとんでもなくあからさまなだけで。
 そうして無数に突き刺さる警戒と戸惑いの視線の中、隊士に教えられた家の扉を叩いたけれど、残念ながら応答がない。

「……留守かしら」
「そのようだ。困ったね、あまり長居は……」
「あんた達。その家に何か用かい」

 予想はしてたけど、よそ者に対する当たりが厳しそうなこの場所に、あまり長居しない方がいい。どんな厄介事が降りかかるか分からないし、別にこの村を脅かしたい訳じゃない。
 もう少し雰囲気が柔らかかったら、ちょっとだけ、採取とは別に情報というか、お話を聞きたいところだったけど……
 二人でどうするかと顔を見合わせていたら、私達に声をかけて来た人が居た。
 探し人の男性であればよかったのだけれど、残念ながら老齢に差し掛かった女性だった。
 間違いなく探し人ではないし、紹介された人以外にマリィの名は出さないで、と言われている手前、下手な事を口走れない。一瞬身を固くしてしまったし、それがまた怪しく見えただろう。

「我々はこの辺りの採取に訪れたのですが、こちらの方をと紹介を受けまして」
「外の誰かがこの村の人間を紹介するって? そんなの居るのかねえ、いったい誰の事だい」
「それは……」

 あ、まずい。
 そんなストレートに、一番言えない件を尋ねられるなんて。
 よっぽど、この村の人は外に出ないのだろう。下手をすると、濁した発言をするだけで心当たりを言い当てられてしまうのかもしれない。そもそも、堂々と言えない紹介なのかと因縁をつけられるのも、また困る。
 ほんの僅か言い淀んだアルフィノに、女性は腕を組んで、大変胡散臭そうな視線を向けて来る。
 どうしようか。紹介された男性に会う前に、怪しい奴らだと叩きだされるのは本当に困ってしまう。情報を聞けなくなってしまうし、彼女からの頼みを達成出来なくなるのもとても悔しい。
 なんとか切り抜けようと私も口を開こうとしたのと同時に、ざく、と土を踏む足音が聞こえた。
 反射的にそちらを見ると、壮年のエレゼン族の男性だった。
 この上に更に集まってくるの、と身構えかけたけれど、彼は私とアルフィノの顔を交互に見てから、何故かにっこりと微笑んだ。

「アルフィノ君。それにアリゼーちゃん。で、合ってるかね?」
「え?! え、ええ、そうよ」
「そうか、待たせてすまなかったね」
「……何、知り合いなのかい?」
「ああ、遠い親戚でねえ」
「ふうん……」

 唐突に名前を呼び、親し気に話しかけて来た男性に目を丸くした私達をやっぱり胡散臭そうに見ながらも、女性はとりあえず納得した、とばかりにその場から歩いて去っていった。
 残されたのは、知らない人に名前を言い当てられて、困惑している私とアルフィノ、そして少し申し訳なさそうな表情の男性。
 尋ねて来たのはこちらなのだけれど、まさかこんな状況は想定していない。
 当たり前だけど、この村に親戚がいるなんて聞いたことはない。私達の家は代々シャーレアンで暮らしているのだし。

「驚かせて悪かったね。それに、すまない。あの通り、村の人達はよそ者にあまり良い顔をしない者が多くてね」
「いえ、それは、突然訪ねたこちらに責任があります。それよりも、何故……」

 アルフィノが何故名前を、と問おうとしたけれど、男性は人差し指を口元に当てて、発言の制止を促した。
 ちらりと向けた視線の先には、先程の女性とは別の人が未だにこちらを警戒心と共に見ている。
 なるほど、あんまり詳しい話はここでしない方が良さそう。

「茶の一つも出したいところだが、あんまりここに長居はしない方がいいだろう。今日は、何の用事で来たのかな?」
「この近くにあるって言う、薬草の採取に来たの。場所が入り組んでいるから、ここで教えて貰うと良いって……」
「なるほど。じゃあ、話は歩きながらするとしようか」

 何はともあれ、最優先は頼まれごとの完遂と言う事で尋ねれば、男性は穏やかに微笑んで、こちらへおいでと歩き出した。道案内をしてくれるらしい。
 丸腰の男性が当然のように森の中に入って行く程度には、やっぱりこの辺りは安全なんだろう。
 まあ、何があっても私とアルフィノも一緒だし。村人の一人くらい、守る事は出来る。

「そうだ、彼女からあなたに、手紙を預かってるの」

 村から離れて、声ももう届かないだろうという辺りで一端立ち止まり、マリィから預かっていた手紙を男性に手渡す。
 彼はそれを受け取って封を開け、軽く中の便せんに目を通すと、微笑ましそうな、懐かしそうな優しい表情でうんうんと頷いていた。

「やっぱりそうか。あの子は元気にしているかい?」
「はい。私達にとって、とても大切な、最も信頼出来る仲間です」
「そうか、良かった。旅立ってすぐの頃は、何処で何をしていると書いてくれたんだけれど、最近は元気でやっている、とか新しく訪れた町の名所の話とかばかりで、あんまり詳しく教えてくれなくなっていたものだからね」

 それはたぶん、暁に参加したからじゃないかと思う。
 別に非合法組織ではないけど、あまり活動を大っぴらにはしていないというか。大事に巻き込まれることが少なく無かったから、心配かけたくないとか、下手に情報を渡した結果、誰かに狙われないようにとか。そういう気遣い。
 寂しそうにしてはいるけれど、不満を持ってはいない。何かの思いやりなのだと、分からないなりに理解しようとしてくれている。
 きっと、この人は彼女が故郷で唯一信頼を寄せている、優しい人なのだ。

「それでもたまに、君達のことは手紙に出てくるからね。とても可愛くて頼りになる双子と一緒にいる、と」
「えっ」

 だから、彼は私達がそうだと分かって、助け船を出してくれた訳だ。
 それにしても、故郷への手紙に、私達のことを?
 それはなんて言うか、その、おもはゆい。
 可愛い、は照れる半分、子供扱いに悔しい半分な気分だけど。頼りになる、なんて思ってくれてたなんて。
 実質知らない人の前だから、動揺はなるべく抑えたけれど、すごく、すごく嬉しい。

「……あの、失礼ですが。もしや、彼女の御父上なのでしょうか?」
「ああ、いやいや。そうではないんだよ、あの子の両親と親友だというだけでね。そういう意味では、産まれた時からマリィちゃんの事は知っているけれど」
「マリィの小さい頃!」

 もしかして家族なのかしらと思ったけれど、違うらしい。けれど、今まで会って来た中では、最も彼女に近い人なのは間違いなかった。 
 何より、本人からでも聞きだすのは難しいだろう、幼少期の話なんて。気になるに決まってるじゃない!
 いえまあ、私だって自分の小さい頃の話とか出来れば知られたくないけど。目の前でそれをされるくらいなら、知らない所でこっそり聞くくらいにしておいて欲しいし。
 思わず声を弾ませてしまった私に、またアルフィノは肩を竦ませるし、男性には何やら微笑ましそうな顔を向けられる。

「……本人はきっと、恥ずかしがるだろうから。ナイショだよ?」
「もちろん! 別に弱みを握りたいとかじゃないわ、単純に興味があるのよ」
「当人が居ない所で聞くのは、趣味が悪いと思うのだけれどね」
「何よ、いい子ぶっちゃって。アルフィノだって、興味ありますーって顔に書いてあるわよ」
「そんな事は!」
「はいはい、いいから。それで、あの人の小さい頃ってどんな感じだったの?」
「そうだね……、なんというか、とても臆病で、怖がりで、泣き虫な子でね。今のあの子しか知らないと、ビックリするかもしれないな」
「臆病で泣き虫?! マリィが?!」

 そうして出て来た幼い頃の姿が、あまりにも予想外で本当にビックリしてしまった。勿論、隣のアルフィノも声には出さなかったけれど、目を丸くしている。
 だってそうでしょう。臆病も怖がりも泣き虫も、あの人のイメージには1ミリも無い。
 私の知る限り、誰よりも勇敢に戦う人だ。自分の背丈の何倍もある魔物、敵意をむき出しにした蛮神、まるで知識の及ばない魔導兵器。そんなものにも立ち向かってきた人なんだから。
 時には後退を選ぶ事もあるけれど、それはそうする事が必要で、それでその後が好転するからだし。

「この村はよそ者嫌いが多いけれど、それでも子供の頃っていうのは好奇心が旺盛だからね。たまに来る行商なんかに、珍しい菓子がないかと寄って行くものなんだけれど、それすら怖がって家に閉じこもってしまうような、本当に内気な子だったんだよ」
「な、なんか想像出来ないわ……」
「そうだね、知らない街でも普通に歩いているし、それどころかいつの間にか新しい知人を作って私達の所に連れて来るような人だから」

 人それぞれ、コミュニケーション能力の強弱はあるものだけど、今の彼女は間違いなくコミュ強でしょう。相手が警戒剥き出し、敵意まみれでも、なんなら一度は武器さえ向けられても、最終的には仲良くなったなんて事例はいくらでも見て来た。
 そんな彼女が、かつては極度の人見知りだったなんて、聞かされても理解が及ばない。
 唖然とする私とアルフィノに、男性はそうだろうね、と笑う。

「随分とね、頑張ったんだよ。弟が産まれた時に、こんな姉じゃあ守ってあげられない、って一念発起してね」
「そっか、確かに弟が居るって何度も聞いたわ」
「それに、弟……ルエ君と言うのだけれど。あの子が産まれた時に、母親が入れ替わるみたいに亡くなってね。余計に、自分がしっかりしなきゃいけないと、思ったのだろうね」
「……そうでしたか」

 弟が居る、という話は割と頻繁にしてくれる。特に私やアルフィノに対して、とても可愛がってくれているのは、それも一つの要因なのだろうな、と。
 ただ、それ以外の家族の話は聞いたことが無い。特に、母親が亡くなっているというのは、初めて聞いた。
 なるほど、それで彼女はとても『お姉ちゃん』という感じが強いのね。たまに、お姉ちゃんを通り越して『お母さん』感まであるのは、強く保護者としての意識があるから、だったわけ。
 それにしたって、そんな極度のコミュ障から今の強さに至るには、相当な努力だった事だろう。
 昔から、一生懸命な努力家だったって事ね。そこは、今も変わって無い。

「ああ、良かったら、あの子の家族に会っていくかい? 丁度道中だし、手紙も渡さなければならない」
「それは、ご迷惑でないのでしたら」
「ぜひ!」

 手紙、と彼が言ったのは、先程渡した手紙……の中から出て来た、もう一通の封書だった。
 彼女の家族に会える、と言う申し出に、アルフィノは少し遠慮がちに、私は食い気味に頷いてしまったけれど、すぐに違和感に気が付く。
 マリィは、家族にも手紙を書いている。
 なのに、手紙を言付けたのは故郷の家族ではなく、その親しい友だと言うこの男性。
 普段はレターモーグリに託しているんだろうけど、手紙は私達に預ける前提で書かれた訳ではなく、もうすぐ出そうという準備が終わった状態だったから、いつも彼に宛てているんだろう。
 家族もよそ者嫌いで疎まれている、というのなら、そもそも手紙自体を用意するのも、こうして今、よそ者の私達を連れて行こうとしている男性の行動にも説明がつかない。
 ……そもそも。もう、あの小さな村から離れて、結構歩いている。
 そんな疑問の答えには、すぐに辿り着いた。
 村の外れの森の中。木々の隙間を低い柵で囲った小さな広場。
 そこにはいくつかの木で出来た墓標が建てられていて。男性は、その一角にある、三つ並んだ墓標の前へと私達を連れて来た。

「今日も手紙を持ってきたぞ。なんと、マリィちゃんの友達も一緒だ。驚いただろう?」
「…………」
「っと。しまったな、火種を忘れてしまった」
「……私の魔法で良ければ」

 家に寄らずにここへ訪れたから、いつもの準備が出来なかったのは仕方がない。
 その用途は言われずとも解ったから、一歩進み出て。男性から封の切られていない手紙を受け取り、魔法で小さな炎を生み出し、端に火をつけてから墓標の前へ供える。
 手紙は煙を出しながら燃えて行き、あっという間に灰になる。
 それを見届けてから、私もアルフィノも、男性がそうするように、地に膝を付いて瞳を閉じ、祈りを捧げた。

「あの子から、聞いてはいなかったかね」
「はい。……ですが薄々と、そうなのではないか、とは」

 両親の話は聞いたことが無かったけど、弟の話は聞いたことがある。
 とても可愛い弟が居るのだと。人懐こくて愛想の良い、好奇心旺盛な子だと。語るその様子から、大変大事にしている弟なのだと分かっていた。
 マリィから聞く弟の話は、過去形であった事が無い。
 けど、そんなにも大切な弟に、彼女は会いに帰った様子がなかった。森の世情が不安定な時も、その安否を気にしている素振りを、一度も見たことが無い。
 ずっと一緒に居る訳ではないから、どこかで会いに行っている可能性はあったけれど。
 そろそろ長くなってきた彼女との付き合いの中、その口から出る弟の話は、出会ってから今まで全く更新されていない。
 ……だから、確信はなかったけど、なんとなくは。

「あの子達の父親は、鬼哭隊の隊士でね。ずっとこの村を守る役目をしていたんだが、あの戦いの際に家族と森を守るためと出陣して……霊災が起こった後も、帰っては来なかった」

 あの戦い。第七霊災のきっかけともなった、カルテノーの戦い。
 エオルゼア中の冒険者や各国の兵士達が帝国の軍勢と戦い、そしてダラガブから現れたバハムートによって、多くの人と大地が焼き払われた。
 今こうして、エオルゼアは新生を果たしているけれど……それでも、命を落として帰らぬ人は沢山いたのだ。
 そうして孤児となった子供だって、沢山いた事は知っている。
 ……彼女もそうだとは、考えたことはなかったけど。

「両親を失ったあの子達を、村人みんな気にしていたよ。マリィちゃんも頑張って弟を守って暮らしていた。……でも、ルエ君は小さな頃から、体が弱くてね」
「…………」
「当時は、心を乱した精霊達を鎮めるのに導師様達は奔走なさっていて、小さな子供一人の為になんて、到底届かぬ願いだった。都に連れて行く体力も無かったし、森の外から医者を呼んだり、薬を得るツテも金も無かった」

 それは、仕方のない事だと思う。
 あの激動の時期、両親を亡くした子供にどれほどの事が出来ただろう。
 その頃のマリィは、今の私達よりも年下だったはず。病弱な弟と二人、満足に生きる事だって精一杯だったんじゃないかしら。
 仕方ない、けれど。仕方ない、なんて言葉で片付けていいものではない、とも。

「頑張っていたんだよ、とても。寝る間も惜しんで働いて、弟の体にいいんじゃないかって事はなんでもして。……今の君達よりも小さかったのに」
「……昔から、すごく頑張り屋だったのね」
「そうとも、とても良い子なんだ。けれど、あの霊災から二年後には、ルエ君も亡くなってしまった。良くない風邪が流行ってね、本当に、あっさりと」

 そうして、彼女はひとりぼっちになってしまった。
 ……なんて事だろう。
 あの愛情深い優しい彼女は、間違いなく家族を愛し、家族に愛されてきた人間だ。
 それを、なす術もなく全て失った悲しみを思うと、ぎゅうっと胸が痛くなる。
 いったい、どれだけ嘆き悲しみ、泣いたのだろうか。たった一人で。

「それからね。あの子は、家に残っていた父親の使い古しの槍を持ち出してきて、自己流で振り回し始めた。同じ頃に背も伸び始めたなあ」
「戦いの道を選んだのは、それからなのですね」
「ああ。それまでは、武器を持つなんてした事も無かったのだけどね」

 ……ああ。
 彼女は、そこで悲しみに蹲らなかったのだ。
 自らに降りかかる悲劇に、折れなかった。
 再び歩き出す為に、立ち上がることを選んだ。
 その強さは、今も変わらない、私もよく知っている姿だった。

「みんな、父親の跡を継いで鬼哭隊になりたいんだろうと思っていたよ。村を出るのはあまり好まないけれど、森を守る彼らに感謝しているから、それは目をつぶっていた」
「……でも、マリィは鬼哭隊に入った訳じゃないわよね?」
「そう、村を出る日に、あの子は冒険者になると言ったんだ。ルエ君が憧れた、冒険者に。広い世界を巡る者に」

 なるほど。今も森を愛している様子なのに、森を守る者にならなかったのは、それでなのね。
 生まれつき病弱な弟。それでも彼は、好奇心旺盛な子だったと言う。
 きっと、生涯ここから出られない事を本人は分かっていて、だからこそ村を出て、森すら超えて、世界中を見て回るような冒険者という存在に憧れた。
 その気持ちは、理解出来る。
 弟想いの姉が、せめてその夢を自分が叶えたいと願うようになる、その想いも。

「成長期が終わったと確信したその日にね、あの子は村の皆にそれを打ち明けた。反対されるのは分かってただろうに」
「森を出て世界を巡る冒険者になる、と宣言することは、この森を捨てるとも取られかねませんからね」
「そうだね、皆そう感じたんだろう。ただ、あの子は弟の墓前に、夢見た世界の話を届けてやりたいだけだったのに」

 けれど、頑なな村人達は、それを良しとしなかった。彼らの世界は、この森だけだから。
 それでも、嘘をついて誤魔化そうとはしなかったあたり、なんともあの人らしい。
 そんな後ろめたい旅路を、弟に聞かせたくないのかもしれない。……ああ、彼女がとても誠実なのは、本人の性格もあるけど、そう言う部分があるのかしら。
 彼女にとって、自分の旅路の全てが、愛する弟に贈る物語のようなものなのかもしれない。
 ……そうか、だからあの人はどんな辛い戦いも逃げないし、悲しい別れも乗り越えられるんだわ。
 とっくの昔に、揺るぎない愛と想いが、その根幹にあるのだから。

「結局、よそ者にするように、追い出される羽目になってね。取り持ってやりたかったんだが、この村で暮らしづらくなるだろうから庇わないで、代わりに家族の墓を頼みますとお願いされたよ」
「……あの人らしいわ。もっと自分の事を気にかけなさいよってくらい、他の人のことばっかり」
「本当に。それにしたって、二度と顔を見せるなとまで言わなくても良かったじゃないかと思うよ。せめて、家族にひっそり会いに来るくらい、構わんだろうに」

 それもまた、あの人らしい。なんとも律儀というか。
 今も手紙を風に乗せて、家族に届けるくらいに愛しているのに。
 きっと、故郷と村の人達のことも、愛しているのだ。その平穏を乱す事を、望んでいない。
 ホント、それにしたって、もうちょっと自分のことも考えて立ち回りなさいよ、とは思うけど。そういう所なのよね。
 改めて、もう一度瞳を閉じて墓標に祈りを捧げる。
 ……大丈夫。あなたのお姉さんは、今はひとりぼっちなんかじゃないわ。
 私やアルフィノがいる、仲間達も沢山いる。世界中に、あの人の友達がいる。
 絶対、孤独になんかさせないから。……安心してちょうだい。
 ふと隣を見たら、アルフィノも同じように再びの祈りを捧げていた。
 きっと、内容も同じようなものだろう。

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