鍛え合う躰、絡み合う空間



(こいつら、俺を試してるのか……?)

 ふと、アレックスの脳裏に過去の記憶がよみがえる。学生時代、グリッドボールのクラブに入部したばかりの自分。先輩たちの逞しい肉体に憧れ、またチームメイトの熱気に包まれながら、心の奥底で密かに渇望していたこと——。

「ああ……いいぜ」

 アレックスは落ち着いた声を作りながら、スクワットラックに向かいバーベルを担いだ。男はニヤリと笑い、背後に回る。熱を帯びた呼吸が首筋にかかる。

「んっっ……ふうっ……ふうぅ……!」

 ゆっくりとスクワットを開始する。膝を曲げ、力を込めながら持ち上げる。フォームを崩さぬよう大腿四頭筋と大殿筋を意識する。そのたびに、背後の男の気配がいやに近く感じられた。

「そうだ……腰をもっと……こう……そう…その位置だ…」

アレックスのペースに合わせた男の掛け声、息づかい——そのリズムがアレックスの内側を奮い立たせ、更に力を振り絞らんと外肛門括約筋を一層引き締めた。

「……ナイス……素晴らしいセットだったよ……」

 低く響く声が耳元に囁かれる。ぞくりと背筋が震えた。鏡越しに視線を向けると男だけでなく、仲間たちもじっとこちらを見つめていた。まるで極上の獲物を品定めするような、艶めいた眼差し——。
 アレックスはゆっくりとバーベルをラックに戻した。そして自分を高みへと昇らせた鉄の塊を愛おしそうに拭い清めた。

 改めて周囲を見渡すと、アレックスの肉の唸りに触発された男達が更なる自身の強化に励んでいた。レッグプレスのプレートがゆっくりと前後し、ダンベルが力強く持ち上げられる。肩や腕の筋肉が浮き上がり、汗が滲んだ肌を滑り落ちていく。自然とアレックスは彼らの補助に入った。

「……よし、そのまま……あと一回……イケる」
「ふぅっ……ぅあ……うおお……っ!」

 低く響く声に男が頷き、限界まで力を込める。そんな男たちをアレックスは補助し、また男たちもアレックスを補助し、鍛え上げられた肩や腕に触れた。熱い肌、汗の香り、筋肉が震える感触——。

「っ……はあ、はあ……っ」
「ナイス……いい追い込みだ……」

 男たちの声が響くジムは、まるで獣たちの咆哮が交錯する肉の桃源郷のようだった。荒く息を吐き、ベンチに座る。汗が流れ落ちた肢体が艶やかに光る。それぞれのセットを終え、達成感に酔いお互いの健闘を讃え合った。

「あぁ……いい汗かいたな」
「そろそろシャワーに行くか……」
「……シャワールームはこっちだぜ」

 男たちの熱気にすっかり陶酔したアレックスは、彼らを奥にあるシャワールームへ案内した。
シャワールームに入ると、男たちは迷いなく服を脱ぎ、堂々とした姿でシャワーを浴び始めた。湯が肌を伝い、鍛え上げられた筋肉を艶やかに濡らしていく。水圧が筋肉を刺激し膨張した火照りを鎮めてゆく。

「上腕二頭筋が仕上がってるじゃねぇか……」
「そっちこそ……カットがすげぇな」
「……ナイスバルク」

 お互いの筋肉を褒めそやし自慢し合う男たち。彫刻のような剥き出しの肉体が並び立ち、湯気の中で揺らめく筋肉が、まるで語り合うように鼓動する。肩を叩き合い無邪気な笑みを浮かべながら、心地よい疲労感を分かち合う。シャワーを終え湯気の中から現れた男たちは、恍惚の表情で肉から滴り落ちる水滴を拭った。

「いいジムだった……ありがとうよ」
「……君もぜひ、オレたちの街に来てくれ……」

身支度を整えた男たちは、アレックスに感謝の挨拶をしスパを後にした。スパの外にはペリカンタウン行きの送迎バスが待っている。今夜、彼らはこの谷特産の上質なタンパク質——サーモンディナーとブロッコリーサラダをたっぷりと摂取するのだろう。

 アレックスはロッカールームで着替えを済ませ、スパの外へと足を踏み出した瞬間、冬の冷たい空気が全身を包んだ。火照った体を優しく冷まし、心地よい疲労感がより際立つ。
 外はすっかり日が暮れていた。夜空には無数の星が瞬き、雪に覆われた山道は月の光を受けてぼんやりと白く輝く。遠くの木々は静寂の中でそよぐ風に揺れ、雪の落ちる音が幽かに響く。
 来た時と同じようにぎゅむりと雪を踏みしめた。温もりと冷たさが交錯する感覚に、思わず微笑む。

「……はぁ……またあの人たちとヤってみてえな……」

アレックスは心の中でそう焦がれながら、満ち足りた表情でゆっくりと家路についた。


——終——

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