夏の朝


  





「ラジオな、五分前から掛けとくねん。電池節約したいけど、時計違ってたらあかんからって皆こないにしてんのやて。」
「へえ~。」と大人はだしの解説に頷きながら、もう保護者が付いてくる必要なんかあらへんのと違うかと思ってたら、もう、明らかに隣のオバハン、というキャプションが付いてきそうな近所の人がおチビに近寄って来た。

「倉沢くん、今日はいつものお父さんと違う人なん?」
「この人、隣に住んでる吉田のおじさんです。」
えっ、いきなりかい!
ご紹介に預かりまして、「隣の吉田です、どうも~~~~!」とお愛想してしまったやんか。
「吉田さん、どうも、町内会のササキです。」
「ミチオです。」
「ヤマグチです。」
「ナカタです。」
ええ~……なんやこれ……?
初手から挨拶の四連発て。練習でもしとったんかいな。
だいたい、オレが子どもの頃のラジオ体操て、こんなに大人おったか……?
「倉沢くん、今日はお父さんどないしたん、もしかして夏風邪?」
ササキさん、猫なで声ですねえ、背中に何か憑いてんのと違いますか、て思ってたら、これがササキさん一人と違う。
「え、倉沢さん、風邪引かはったん? ワタシお見舞い行こか?」
「ミチオさん行くならわたしも行きたいわ。」
「おばちゃんちのスタミナ丼のレシピ教えてあげようか?」
違います、結構です、有難いですが、父も僕も夏はそうめん派なので。淡々と答えるおチビの顔がもう明らかに作り笑顔ていうか。日暮亭でもぎりしてるときの喜代美ちゃんに似てるていうか……。
ハイエナの群れに囲まれて堂々としてるのがえらいで。ちっこいのの子どもはやっぱりずっとちっこくて背は伸びてへんけど、オバハン相手に妙に肝が座ってるのが四草の子らしいていうか。
あのオヤジの種からほんま立派に育ったなあ。凛々しいていうか、可愛いていうか。
「心配、ほんまにありがとうございます。チチはちゃんと仕事行ってて元気です。夜になる前に戻ってくるで、て言って朝一の特急で出ていったので。」
政治家の囲み取材とちゃうんやから、そないに子どもの周りにわっと群がるもんやないで、と引きはがしにかかろうかと思ってたら、おチビのが一枚上手やった。
「そうなんや~。」
「残念やわあ。おばちゃんそうめん茹でに行ってあげたのに。」
「「「「ねえ~。」」」
(まさか、ここにいる全員四草狙いなんか?)
おチビに目配せすると、そやねん、と言わんばかりの視線が帰って来た。
(いや、みんなそこまで本気とちゃうよ、お父ちゃんて、なんや顔だけで選ばれるけど、中身分かったらアカンて言われるタイプやから。)
(まあ、そうやな……。)

ラジオ体操始まったら消えるつもりやったんに、気が付いたら、オバハンらは散り散りになって、オレは小学生とええ年のおかんらに混ざ……ることも出来へんし、子どもの横で体操することになった。
そんで、体操が終わったら台帳にぽんぽんと判子押してく係。
まあ、これは大人おらへんとあかんかもしれんけど、あのおばちゃん共の誰か選んで手伝ってもろたらええやんか。あいつも、自分ひとりのことならそないしてたやろて思うけど、子どものことで借り作るのは嫌ていう話なんかもな、とコッチのことじろじろ見てるおばちゃんら見てたら分かった。
アレ、絶対オレのこと値踏みしてんで。
そもそも、隣のおじちゃんです、で通したかて、隣のおじちゃんはラジオ体操の判子係を頼まれたりはせんわなあ。
今日のオレ、ほんまに大丈夫やろか。髭は多分適当に剃って来たから、ちゃんと鏡見たら剃り残しあるかもしれへんし、スネ毛の足出したカッコで来てること、何も誤魔化せることなんかあらへんからな。
しかし、四草のヤツ、ほんまに徹底してんなあ。
『泊りの仕事や言うても、外では絶対に、朝出てって夜帰るからていうんやで、』て普段から言ってるの見て、子どもに方便とはいえ嘘つかせるのどないやねんて思ってたけど、あれ絶対効果あるやん……。

ラジオ体操が終わって、帰りはオレが持つで、と言ってラジカセを取り上げる。
「ラジオ体操て、毎日あんなんなんか?」
「そうやんな。お父ちゃんも相手が一人ならどうにかなるかて思ってたこともあったらしいんやけど、PTAに入るとなると、あの倍のおばちゃんたちに囲まれてもっと大変みたい。カッコ付けとるけど、草若ちゃんおらんとこでグロッキーになって、酒飲まんとやってられへん、て言ってる日もあるくらいでな。あ、これ草若ちゃんには隠しとくように、て言われてたんやった。お父ちゃん、多分PTAは流石に代わってとは言わへんと思うけど、もしな、この先、お父ちゃんが今日みたいに代わってて、言っても、そっちは僕、ちゃんと断った方が無難やと思うわ。ちゃんと覚えといてな。」
「お、おう……。」

……四草のヤツ、行きの電車ん中でくしゃみしてんのとちゃうか?

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