夏の朝
「ラジオ持ったか? なら、行くで。」
「うん。」というやり取りが隣から聞こえて来た。
目が覚めたら窓の外から、チュンチュンいう雀の鳴き声と一緒に目を差すような光が入り込んで来てて、……いや、ここのカーテン薄っすいなほんま…ってお前が安いからて買ったんやろがい、ていうひとりボケツッコミ、昨日もやったなあ。
一緒に買いに行った時、四草のくせに、カーテンくらいはもうちょっと厚いヤツ買ったらええですよ、て言ってたの無視して、適当な色の二千円のにしてしもたもんな……自業自得っちゅうか。しかも、丈ちょっと足りてへんし。
そろそろ買い直すか、て思わんわけでもないけど、それやったら引っ越しした方が早いんと違うか、と思い直して幾星霜ていうか。冬も割と、過ごせてしまうんやな、これが。あんまり寒かったら、避難させてくれ~、て隣で寝させてもらうし。
まあ昨日も今日もこないしてなんとか寝起きしてんのやし、明日も同じやろ、きっと。
ごそごそと隣で身支度してる音聞きながら、どこぞの山にハイキングにでも行くんか、今何時や、と寝床の中から時計を見たら6時15分。
道理でいつもの時間ほど暑くもないわな。寝るにはちょうどええ時間ていうか、
「って、何でオレまでこないな時間に起きんとならんねん……。」と小声でぼやくのとほとんど同時に「隣起こさんようにそっと行くからな。」「うん、分かった!」「そやから、それが声でかいて言うてんねん。」というやり取りが聞こえて来た。
ひえ、小声でぼやくのもあかんなコレ。
中年になったから言うて、あのオヤジのマインド引き継いでもうたら最後、底抜けに子どもの教育に悪いで……そもそもあの子は四草がアレやからな。
そういえば、四草とこの子の面倒見てたら、あんまりにも毎日毎日忙しいから、オレも昔ほど草々のこと考えんようになってしもたなあ。考えとうても考えんで済んでるていうか。ほんま有難いこっちゃで。
「高座の草若兄さんとちゃうんやからもっと静かにせえ。昨日言うてたみたいに、抜き足差し足やぞ。抜き足差し足。」
「はーい。」という小声が重なるように聞こえて来る。
おーい、四草、壁薄いんやから、全部こっちに聞こえてんぞ。
お前、何オレのこと引き合いに出してんねん。
て、言うたら野暮か。
ふわあ。
そういえば『明日っからしばらく、ちょっと朝が早いのでうるそうなると思いますけど、構わず寝ててください。』て何改まって言うてんねん、と思ったけど、これかいな。
世間の子どもは夏休みやもんなあ、夏休みの早起き言うたら、電柱にいてるカブト虫がおらへんか近所見て回って迷子になるか……あ、ラジオ体操とちゃうか。
一昨日から、四草のとこに、草々のとこから借りて来たていうカセットテープと古いラジカセあったけど、あれ、オヤジの愛宕山聞きたいんとちゃうかったんか。
ま~た浮気か、て勝手に腹立てて、勝手にはよ寝てしもて、オレひとりがアホみたいやんか……。
しっかしまあ、盆過ぎまで毎日、ずっとこれかいな。
あかんなあ……。
年がら年中稽古好きの草々に音を上げてた頃のオヤジやないけど、この時間に起きてたら夜とか仕事にならんのと違うか……。そもそも、普段の七時過ぎ、て言うのでもまだ早いっちゅうのになあ。
早朝寄席の時はまだ四草ひとりでここを出てくて話やったから被害が小さくて良かったし、五時半過ぎくらいなら二度寝がしやすかったけど、夏場の六時過ぎはあかんわ。
ふわ。
言うても、まだねむたい。布団から起き上がるのには鋼の意思がいるで、て思てるうちに、抜き足差し足でギシギシ階段鳴らしてふたりの足音が消えていった。
オレも、もうちょっとしたら起きよ。
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