『かがやくひと』本文サンプル
スカジは目を眇めると、杯を持たない手をニョルズの太股の間にかけ力づくで開かせた。続けてニョルズの膝裏に自分の膝をねじ込み、膝から下を脚で絡め取る。
ぐい、とニョルズの身体ごとスカジが脚を引き寄せる。杯の中身が揺れる。漆黒の髪が金の髪にふりかかる。
「あなたたちが運命を信じているのは分かってる」
スカジの手がニョルズの膝をなぞる。雪橇を駆り弓矢を引き絞る手指には家を司る女のような柔らかさはない。だが彼女の生き様が硬く染みついた指の腹、弓を引く形に歪んだ手つきをニョルズは美しいと思う。
「あなたたちに言わせれば、全ての物事は初めから終わり方が決まっている。『世界はいずれ神々と巨人の戦いの果てに燃え落ちる』、なんて預言を聞いて、喜び勇んで戦争の準備をしている者たちだもの」
呆れた息を吐くスカジの言うとおりだった。この国で黄昏の戦争、後にラグナロクと呼ばれる終末の訪れを疑う神はいない。神々にとって預言とは世界の声であり、覆しようのない運命だ。あまねく命は運ばれるがまま、定められた場所で生を終えるのだと。
「私とあなたが今こうなっているのも、決まり切った終わりだと笑っているはず」
「それは、」
「でもあなたを選んだのは私」
二人の視線が交わる。男の瞳の蒼色に女の灰色が流れて、冬の海原を照らす|凍曇《いてぐもり》の淡い光を編む。
「神々の思惑などどうだっていい。勇猛なる鷲の娘スカジが己が道に伴うのはおまえだけだ。海鳥の王、波打つ黄金、」
(本編に続く)
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