【重要機密】特務司書・アルケミスト:都竹和仁についての記録


実験記録③:特務司書によって作製された「守護者」の試験運用
記録者:帝國図書館 特務司書 都竹和仁
実施日時:20XX年XX月XX日
実施場所:「ほ」の段「D坂の殺人事件」
潜書先:同上
会派:北原白秋、徳田秋声、堀辰雄、芥川龍之介
目的:異世界からの来訪者を迎えた際、書物の中に存在していた「隠匿の守護者」を模倣した自律装置を作製した。正常に機能するかどうか、軽微な侵蝕のみられる文学書内で検証を行う。
対象:模倣守護者「試作壹号」、文豪「北原白秋」
仕様:
・模倣守護者は、各文豪の所持する本へ封入する。それにより、文豪へ危害を加えるものを
・模倣守護者は、文学書の中でのみ実体を持つ。
・模倣守護者は、攻撃行動および自身への攻撃に対する回避や防御を行わない。
・模倣守護者は、有碍書内の侵蝕者を感知できる(範囲は要検証)
検証項目:
①模倣守護者が、文豪に対して敵対行動を取らないか(実験記録②にて実証済み。詳細は当該記録を参照の事)
②模倣守護者と紐付けられた文豪が侵蝕者による攻撃を受けた場合、模倣守護者は文豪を庇う行動を取るか(実験記録②にて、文豪対文豪の疑似攻撃行動で仮想的に実証済み。詳細は当該記録を参照の事)
③模倣守護者の耐久性能
④模倣守護者が耐久限界を迎えて破壊された際の、紐付けられた文豪に対する影響
⑤模倣守護者の侵蝕者探知範囲

 ぱたた、と小さな羽音。白秋がそっと手を伸べると、機械仕掛けの雀がその指先に止まる。金属の感触は硬く冷たいが、不思議と不快ではない。
「──やあ、君だね」
 白秋は笑みを浮かべ、指先で鳥の背を撫でる。鳥の目にあたる部分はくりんと丸く、緑玉を思わせる緑色をしていた。どこかきょとんとした、愛嬌のある瞳だ。
「それが『模倣守護者』ですか?」
「そうらしいね。起動には成功したようだ」
 芥川の問いに答えながら、白秋はつい、と手を上に動かす。すると「模倣守護者」は一度羽ばたいて飛び上がり、今度は白秋の肩へ止まった。
「司書さん曰く、これは近くの侵蝕者の存在を感知して僕たちに報せてくれたり、侵蝕者の攻撃から庇ってくれたりするよう、設計されているそうだよ」
「今回は、それが正常に機能するかの実地試験、ということですね」
「そう。侵蝕者による攻撃は、魂を損なうものだ。その攻撃を感知し防いでくれるなら、これほど心強いことはないね」
 芥川は頷き、白秋の肩でおとなしくしている「模倣守護者」に視線を向ける。
「芥川さん、どうかなさいましたか?」
「辰ちゃんこ……いや、たいしたことじゃないんだよ。ただ、『守護者』は大きな梟だったと寛から聞いていたから、ずいぶん違っていると思ってね」
「ああ、それはね」
 白秋が笑いながら言う。
「最初、司書さんはもっと似せようとしていたんだが、どうにもうまくいかなくてね。いろいろ試した結果、最も安定した動きを見せたのがこの姿だったのだよ」
「そうだったんですね」
「大変だったよ。梟に始まり、海雀、鴛鴦、かなりや──時には鳥以外の動物もさんざん描写させられてね」
 この「模倣守護者」は、各文豪が所持する本に封じられている。その本を通して文豪の魂と「模倣守護者」を紐付けし、文豪に対する攻撃を「本が害されようとしている」と認識させることで防衛機能をはたらかせている。
 和仁は「模倣守護者」がどのような動きをするかという概念──いわば「中身」を組み立てたのみであり、「模倣守護者」は現実世界では実体を持たない。そのため、文学書の中で「模倣守護者」がどのような姿をするのかは、文豪が「雀」をどう描写するのかに委ねられる。「封じの歯車」を用いていない分、自由はきくが耐久性能は大幅に劣る、といったものである。
「僕と堀くんも大変だったね……白秋さんに向かって、模造矢や模造剣で攻撃したりしてさ」
「そうですね……怪我させないようにって気遣っていたら、敵意や害意がないとみなされて反応してくれませんでした」
「相手が白秋さんでよかったよ、本当に」
「はい……」
「そうやって、皆さんが試行錯誤した成果が出ているといいですね」
 そう口にした芥川に頷いてみせて、白秋は微笑んだ。
「今回の主な検証項目は、この子の耐久性能と、侵蝕者の探知範囲だ。実戦に耐えうるようなら、今後の戦いの大きな助けになってくれるだろうね。……さあ、行こうか」
 ここは東京・団子坂。「白梅軒」というカフェの向かいには、古本屋がある。かの名探偵──となる前の明智小五郎にでも出くわすかもしれないと思いつつ、一行は先の頁へと進んでゆく。すると、白秋の肩に乗った雀が、ちち、と鳴いた。
「どうしたんだい」
 白秋の問いに答えるように、「模倣守護者」はまた小さく鳴くと、ぱたぱたと羽ばたいてみせた。
「こんな動きは見たことがない。侵蝕者を感知したのかもしれないね」
「ここからは、より慎重に進んでいきましょう」
 気を引き締めつつ、一行はゆっくりと進む。頁を繰るにつれ、ちち、ちち、と雀の囀りが大きくなっていく──

結果:浄化成功。
模倣守護者「試作壹号」→破壊
北原白秋→負傷なし
その他 会派に負傷者なし
文豪に対する挙動→友好的に接している。「来い」や「あの木へ飛べ」など、1〜2語程度の簡単な指示であれば従う。敵対行動は認められなかった。
文豪が模倣守護者に攻撃を受けた場合の挙動→模倣守護者は文豪を庇い、攻撃を受けた。侵蝕された形跡は認められなかった。
模倣守護者の耐久力→侵蝕者「不調の獣 貳号」による攻撃を3回、侵蝕者「伝わらぬ洋墨 参号」による攻撃を2回受けた後、破壊された。
分析:文豪との親和性が高いことを確認した。模倣守護者の耐久力は、文豪と同等か、やや劣る程度とみられる。さらに試作と検証を重ねる必要はあるが、文豪を守るための装置として有用であると言えるだろう。
補遺:「|攘災《じょうさい》の守護者」と命名する。

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