英雄は恋をしない
「それじゃあ、今日は出かけてくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
「もし何かあったら呼んでくれ」
「そこまで野暮なつもりはないけれど。万一、本当に何かあったらね」
約束の当日。
前日までに出来る限りの書類の整理を片付けたオレは、クルルにそう宣言してバルデシオン委員会の分館を出る。
まあ、当座の分の整理を終えただけで、全体の進行度はまだまだだし。彼女は今日もそれに当たるのだから、そんな中で休みを取るっていうのは後ろめたい。
それでも、事情を話して頼んだら、特に悩むことなく頷いてくれた。
以前にも増して夢中になると休むのを忘れちゃうんだから、自主的に申し出てくれて安心するくらいだわ、なんて言って。
……そこまでじゃないと思うんだが。確かに、昔から本に夢中になると、気が付いたら夜が明けていたりはしたけど。
さておいて、坂道を駆け下りて、エーテライト広場を抜けて、更に下って知神の港へ。
まだ時間帯は朝だけど、あの人の事だからきっともう来てるんじゃないだろうか。いや、来てなくてもオレが待ってればいいだけだ。
待つ事には慣れてる。と言っても、あの頃とは違って、それすら楽しい時間になるのは間違いない。
足取りも軽く、今日も朝から客で賑わっているラストスタンドにたどり着き、テラス席の方をぐるりと見渡す。
「あっ、……」
居た。遠目でも分かる、鮮やかな夏の青葉色の髪の人。
あの最後の戦いで、長かった髪をばっさり切るハメになっちまったけど。少し印象が変わっただけで、今も凛々しく美しいエレゼン族の英雄。
見間違えるはずもない憧れの人にして、恐れ多くもオレの恋人。
その存在を確認して無意識に声が出たけど、二の句は繋げられなかった。
いつもなら、街中に居てもいつ何があっても良いようにか、冒険服で居る。その時のジョブによっていくつか使い分けているようだけど、どれもきっちりとしていて品が良いものを好んでいるのは分かる。
けど、今そこにいるあの人は、覚えのあるどの装備でもなかった。
ていうか、そもそもたぶん、冒険用の服じゃない。たぶんあの感じは、サベネアとかそっちの方の民族衣装的なもの。
服の形自体に飾り気は少ないけれど、その代わりに花の刺繍が入っていて華やかさを出している。ひらりとした裾は大きくスリットが入っていて、そこから覗くただでさえ長い脚が、余計に女性らしさを出しているように見える。
露出という意味ではほとんどないし、動きやすい服装ではあると思う。
でもあれは、もしかして、俗にいうおしゃれ着的なものでは?
え? 何それ、つまり彼女、今日ここに……オレに会う約束のために、わざわざおしゃれして来てくれたとか、そういう事か? え? オレの為だけに? 彼女が?
そんな、そんなの、もう、デートじゃないか!! ……元々そういう事になるか!!
えっ、どうしよう。話しかける前から、幸せ過ぎて死にそうなんだが。もしかしてこれは末期の夢か? これからオレは死ぬのでは?
店の前で立ち尽くしてフリーズするオレに、ほかの客と店員が視線を向けているが、沸いた思考を止めるに至らない。むしろオレの視線の先を伺って、妙に生暖かい表情でそっとしてくれている気がする。
どれだけ停止していたかは主観では分からないが、やっといやいやこのまま待たせていてどうする、と足を進める意思を生み出すことに成功。
ほんの数歩、なんとか距離を縮められたその間に、ふっと海を見ていた彼女の視線が移動する。
こちらに気づいた訳ではない。むしろ逆側に向けられた視線の先には。
「よう。珍しいな、こっちに来てたのか」
「サンクレッド。久しぶりね、そっちこそ戻ってきていたのね」
「お久しぶりです。……息災でいらしたでしょうか?」
「ウリエンジェも。ええ、貴方も元気そうで何よりだわ」
サンクレッドとウリエンジェだ。二人とも、何かの仕事を終えて一服しに来たんだろう。
コーヒーか何かの入ったカップを手に、気安い挨拶を交わすと当然のように彼女の座っていたテーブルに同席する。
それを見て、またピタリと足を止めてしまった。
……あの光景は勿論、何もおかしいことではない。
このオールド・シャーレアンで真っ当な飲食物を求めるならここに来るのは当たり前だ。
暁は表向きは解散したけれど、彼らが信頼する仲間であり、親しい友であるのは何も変わらない。久々に顔を見かけたとあれば、当然声のひとつもかけるし、近況の話くらいするだろう。
何も気にせず、あの輪にオレも入っていけばいいだけなのだ。オレだって、仲間の一人なのだから。
なのに、再び止まった足はなかなか動かない。
「珍しいのはここに居る事だけじゃないな。なんとも、今日はいつもに増して見目麗しい」
「はいはい、ありがとう。相変わらずみたいで何よりだわ」
「軽口じゃないんだがなあ……」
「身から出た錆というものです、サンクレッド……。ですが事実として、本日の貴女は、咲き誇る大輪の花が如く……」
「あら、ウリエンジェのそれは久々ね。……ちょっとラザハンに行った時に気に入ってね。買ったものを少し手直ししてみたのだけれど、似合ってるという事で良い?」
「それは勿論。許されるなら、エスコートする権利を頂きたいくらいだね」
「紛れもなく……道行く人の視線と心を引き寄せてやまないでしょう……」
ぐぬぬ、という音が口から出たかどうか。
あの二人に素直に彼女を褒める以外の選択肢があるはずないのは分かってるけど!!
出来るなら! オレが先に! 似合ってるって! 褒めたかったのに!!
思いっきり出遅れたのは自分のせいなのは重々承知だけれど、未だに見るからにキラッキラな状態のテーブルに近づけないでいた。
何せ、サンクレッドはかつてエオルゼアのあちこちで浮名を流していた、自称『愛の吟遊詩人』。と言ってもそれは諜報員としての手段の一つであったのだろうし、今はその手の行動はナリを潜めているのだが、それにしたって多くの女性を引っかけてきた顔の良さも口のうまさも健在だ。
顔の良さならウリエンジェだって負けてない。真面目で丁寧な物腰も魅力的だろうし、いやまあちょっと色々独特というか、面白い言い回しや行動に出ることはあるけれども。
その二人に挟まれた状態のマリィはどうかと言えば、二人の美丈夫と並ばれて尚、まったく遜色ないレベルで美しい人だ。本人にその自覚が一切無いからこそ、鼻にかけない自然体の美がある。
結果、ラストスタンドのその一角だけ、周囲の目をどうしても引くし、その癖そこには近寄りがたいという状況になる。これは元・暁メンバーが増えれば増えるほど増していくんだよな。何故かは知らないが、美男美女や只者ではないオーラの持主が多すぎる。
こうして客観的な視点で見ていると、改めて思う。
なんで、オレが彼女の恋人になれたんだろうか。
確かに、随分長い事彼女に焦がれてきた。その時間だけなら、他のヤツにもなかなか負ける気がしない。
ずっとずっと、会いたくて焦がれて想いながら生き続けて、共に冒険をする時を夢見て。
それが叶って、仲間の一人になれただけでも最高の幸運。特別に見て貰える可能性なんて、あるかどうか考える事すらおこがましい、手の届かない遥か遠くに輝く眩い星。
なのに今、その優先権を主張しても許される関係性になれている不思議。夢じゃないかなんて、何度思ったことか。未だに信じられない、という気持ちがかなりでかい。
本当に、どうして。オレがこんな幸運を掴めたのか。
……答えは、とうに出ている。
そう、オレは幸運だった。
ただ、それだけなのだ。本当に、それだけ。
あの日、たまたま話を聞いたのがオレではなくて、他の人だったなら。
誰でも良くはないと思うが、彼女が『良し』と思える相手なら、恋仲となるのはオレではなかったのは間違いない。
もしもあの話をした現場にいたのが、サンクレッドなら。今頃、彼がマリィと恋仲になっていた。
ウリエンジェだったならウリエンジェになっていただろうし、アルフィノやアリゼーでもそうだろう。エスティニアンやヤ・シュトラでもそうじゃないだろうか。……クルルやタタルはどうかな。
もしかしたら、シドだったかもしれない。アイメリク総長だったかもしれない。ラウバーン殿だったかもしれない。ヒエン殿かもしれない。それ以外の、オレのまだ知らない、これまでの旅路で縁を結んだ誰かだったかもしれない。
オレが彼女の特別な訳じゃない。
恋をしているかどうかなら、オレに対して確実にしてはいないんだろう。
本当に、たまたま、その席に座るチャンスが一番に訪れて、オレはそれに飛びついた。彼女からの感情で言えば『この人なら、まあいいか』くらいじゃないだろうか。
その幸運を自ら捨てるような愚行をするつもりはないが、こうして眺めていると、やはり思う。
彼女の背中を守れる、頼もしいサンクレッドの方が似合いなのではないか。見目だって二人並んでも遜色ないほど吊り合っている。
種族上仕方ないけれど、隣に並ぶと見上げるほどの身長差があるオレより、同じエレゼンのウリエンジェやエスティニアンの方が良いんじゃないだろうか。確かに彼女はエレゼンの女性の中でも背は高い方だが、流石に男性を超えるほどではない。あの二人と並べば、当然マリィの方が背は低い。
そりゃあ俺だって護り手として戦えるけど、専門としているサンクレッドよりは頼りなく見えるだろうし。身長なんか……同種族のヤツらより低いのは自覚してるし……
何を以てして、彼女はオレの恋人だと声高に主張できる要素があるのか、自分でも分からないのが、本当のところなのが悔しくてたまらない。
他の誰かよりもと言えるのは、それこそ想っていた時間の長さくらいで……、たぶん、それすら本来なら一番ではない。最早、その人は居ないが。
「……あら?」
一人で悶々と考え込んでいたその時、彼女の視線がこちらを捉えた。
すぐさま、同席していた二人に『ごめんなさいね』と声をかけて、席を立つ。
英雄達が談笑しているテーブルを伺っていた人たちや、ずっと立ち尽くしたままのオレを心配そうに見ていた人も全てすり抜けて、マリィはオレの所まで当たり前に歩いてきて、それから優しく微笑みかけてくれた。
「おはよう、グ・ラハ。思ってたより早かったわね」
「おっ、おはよう……!」
「なんだ、やけにめかしこんでると思ってたら、今日はデートだった訳か?」
「でっ、こっ、そっ」
「ええ、そうよ。そんな訳だから、悪いけれどまたね」
からかうようなサンクレッドの言葉に、冷静に状況を判断すればそうなのだが、上手く処理できなくて狼狽えるオレをよそに、マリィはさらりと肯定して今まで一緒にお茶をしていた二人に手を振る。
それに対して、サンクレッドはヒュウ、と口笛を鳴らし。ウリエンジェは一つ会釈をして、見送ってくれた。
「それで、今日はどうする? あらためてここで席を探してもいいけれど、混んでいるからゆっくり話をするのは難しそうだし。どちらかの部屋か、あるいは外でピクニックでもする?」
「えっ、ええと、ど、どちらでも……!」
「じゃあ、今日は天気も良くて比較的暖かいし、外でのんびりしましょうか」
「分かった!」
いや何をテンパってるんだオレは。
二人で同行するなんて、初めてじゃないだろ。確かに、で、デートとか、そういう目的では、初めてかもしれないけれども!
そもそも彼氏なんだぞオレは! しかもここはオレの地元!
普通考えて、なんかこう、デートとかだったらエスコートするのってオレの方じゃないか?!
しかし、完全に出鼻は挫かれている。ピクニックらしくと持ち帰りで買い込んだコーヒーやらサンドイッチやらを、せめてオレが持たせて貰った。
そのまま、港が一望できる丘の方へと歩き出す。移動用のエーテライトも使わず、あえて徒歩で。
「貴方も、やきもちとか妬くのね?」
「い、いや別にそんな事は、サンクレッド達は仲間なんだし……」
「耳、寝てたわよ」
「うっ」
ミコッテに見えなくなるくらい、と笑いながら言われて、ぐうの音も出ない。
本当に、素直に感情を表してしまう耳と尻尾が、時々うらめしい。
ヤ・シュトラのように、動揺を出さないようにする事が出来る人も居るが……、なんせ長い事それを隠して意識せずに過ごしてしまった為か、抑制の仕方をすっかり忘れてしまったのかもしれない。
……いや、別にその前から、抑えようと思ったことなかったか。
「げ、幻滅したか……? 仲間や友人相手に嫉妬するような、狭量な男で」
「いいえ。どちらかというと、可愛い……は不愉快かしらね、ごめんなさい。そうね、安心する方が大きいわ」
「安心……?」
「ええ。貴方って、滅私奉公のきらいが強いというか、未だに自分の欲求や感情を一度抑えてしまいがちでしょう? 独占欲というか、そういうのを素直に出せるようになったのは、良い事じゃないかしら」
過ぎなければ健全な事でしょう、と彼女は笑う。
滅私奉公が気が強いとか、あんたに言われたくはないんだが……
まあ、でも、昔に比べればそうか。初めてマリィに会った時みたいに、無邪気に無鉄砲に生きられる気は、もうしない。
「それって、良いモンなのかな」
「良いと思うわよ。恋仲って、そういうものでしょう?」
「オレがアリゼーと話してたら、やきもち妬いてくれるか?」
「……、……どうかしら。微笑ましく思うかもしれないわ」
「だよな」
分かってる分かってる。あんたはそういう人だ。
恋仲であっても、独占欲とかを露にするタイプじゃない。心が広いというか、器が大きいというか。性格、と言ってしまえばそこまでだけど。
いや別にそもそも、オレとアリゼーにそういう関係や感情は無いが。仲の良い友人ではある。
……極論、マリィからオレに対して、そういう感情が……
「だからと言って、浮気をされて許す訳じゃないけれど」
「しないから、そんな事!」
「でもサンシーカーの男性って、ハーレムを作るのが目標じゃなかったかしら」
「サンシーカーの男が全員ヌンになりたい訳でもないし、オレはあんたが居てくれたらそれでっ」
「ごめんなさいね、分かってるつもりよ」
もちろん、そういう文化があるのは確かだし、オレの父親だってヌンだった訳だし、少なくとも子供の頃にはヌンになりたいって思うサンシーカーの男の子は多いだろうけども!
でも今はそんな事思ってない。サンシーカーの文化をエレゼンの彼女に押し付けるつもりなんかないし、なんなら妻の一人として数えるとか、オレの方が無理。絶対無理。
ぶんぶん頭を振って主張したら、マリィは分かっている、とくすくす笑った。
からかわれてしまった。年下の女の子に。
あまつさえ、今気づいたけれど、こうして話しながら歩くその歩調は、オレの方に合わせられている。
種族差故の、どうあがいても埋められない身長差。当然、足の長さも含まれる。
なんていうか、ことごとく『普通そういうのって、彼氏の方がやって彼女にときめかせるやつ』なんだよなあ!
分かったうえで、以前は特にされていなかった細かな気遣いをされている、という事に気付く度に胸が高鳴ってしまう。嬉しくもあるけれど、なんとなく悔しい、というか。複雑だ。
他人の普通を自分たちに当てはめるだけ、徒労なのは承知なのだけども。
「この辺りでいいかしらね」
「そうだな」
話してる間にさっきの焦燥感や、変な緊張感は無くなってくれた。
息抜きに散策しているらしい研究者や、学生達の姿も見えない、沈思の森の端。さっきまで居た知神の港、サリャク像も良く見える場所に、マリィが敷物を広げてくれて、買ってきた品物も一旦そこに下ろす。
それから二人並んで腰を下ろした。恋仲らしくぴったりとくっつく、なんてのも考えたけど、今日はマリィの話を聞きたいって事だったし。くっついてると顔も見づらいし話しづらいかな、と思ってわずかに二人の間には隙間がある。
それでも、座るとほとんど目線が同じになる。いや、ちょっとやっぱり彼女の方が高いけれど、立っている時よりはずっと近い。
瞳も、髪と同じ鮮やかな青葉の色だ。見てるとなんとなく、さわやかな気分になる。
「それで、ラストレムナント……ウルティマ・トゥーレのカフェの話からでいい?」
「ああ、是非!」
そんな名前のカフェが出来てたのか。
なんとなく、オールド・シャーレアンのラストスタンドに似てるな……と思ったら、正にそこにあやかった名前らしい。
ジャミングウェイの調査の同行から始まり、オミクロン達の疑問を経て、カフェという形態に至るのがまた、はちゃめちゃだ。
しかも、聞く限りなんか、どんどんあそこの住人が増えてる? よな?
そうか。あそこはもう、絶望と停滞だけの場所じゃない。メーティオンは居ないけど、生み出された住人達は再現体ではあっても夢でも幻でもない。
そこで新たな何かが始まることもあるし、希望が生まれる事だってある訳だ。
「すごいなもう、手伝いをしてるって言ってただけだけど、充分とんでもない冒険してるじゃないか」
「そう、なのかしらね? あくまでもボクは営業の手伝いをしているだけよ?」
「そもそも、あんたがいなければ、営業が始まってないのを自覚していいと思うぞ」
「きっかけはジャミングウェイだもの」
それはそうだろうけど、ジャミングウェイだって気が付いたとしても、一人でウルティマ・トゥーレに行かなかっただろう。
あそこを完全に踏破したのはマリィだけだ。その調査となれば、確実に声がかかる。
もしも他の誰かに護衛を頼んだとしても、カフェ運営なんて実現しなかったんじゃないか。だって、少なくとも彼らが望む素材を集められるのは、暁の中でもマリィくらいだ。
あの場所で平気で未知の素材を手際よく採取してこれる人が、他に居るとは思えない。出来たとしても、彼女よりもはるかに時間がかかるだろう。
なのに、この人はいつも自分の功績をそうとは認識しない。主導は他の人であり、自分は手伝っただけなのだ、と。
そうだったとしても、それを叶える過程でどれだけ貢献してるのか。自分の能力と人脈を、もうちょっと自己評価してほしいところだ。
……そういう所も、魅力なんだけど。
その後も、木漏れ日の中で色んな話をしてくれた。
先に聞いていた、アルカソーダラ族のヒッポ便の話。レポリット達の夢探しの話。
暴走しかけていた機械達を止めに行った話や、第一世界のライナやリーン達の近況も。
本当、次から次へと出てくる、オレの知らない冒険譚。
いや、知っている話だとしても、彼女の口から直接聞くのが好きだ。
イシュガルドの竜詩戦争の回顧録なんかは有名な話で、オレも何回も読み返したけど。実際に彼女がその時どんな気持ちだったのかは、本人しか知らないこと。
残された第三者の記録ではなく、英雄自らの口から聞けること。それはオレにとって無上の喜びだ。
「……っと、ごめん。あれそれ聞いてばっかりで」
「謝らなくていいのよ? 今日はその為に来たのだし、元々約束していたじゃない」
「! ……ああ、そうだな」
そうだ。あんたの口から、冒険の話を聞きたいって。オレが約束させたんだ。
そして、また一緒に冒険に行きたいって。今まで通って来た冒険の舞台にも、行ってみたいって。それは、まだ叶えられてないけど。
自分から言い出した事だったと、つい照れ笑いをしてしまう。それを彼女は、なんだか微笑ましそうに口元を緩める。
「もう少し時間が作れるようになったら、次は一緒にイシュガルドとか……行ってみたいなぁ……、……っ」
口にした願いが叶えられる幸せに、つい気分がふわふわする。
思考が緩んで、英雄に会える喜びで興奮していた気持ちが安らいで……不覚にも、口からあくびが出かけた。
咄嗟に歯を噛み締めて殺したが……、残念ながら間近でそんな様子を見せられて、気付かないほどこの人は鈍くない。
「……グ・ラハ」
「っは、はい」
「貴方、ちゃんと寝ていた?」
「……、…………寝ようと言う、努力は、したんだ……」
案の定、油断した事で顔を出した眠気を悟られた。
僅かに目を細めて問われて、思わず視線を明後日の方に飛ばす。
寝ようとした。本当に、昨晩はちゃんと寝ようとしたんだ。マリィを心配させたくなくて、それに今日という日を十全に満喫できるように。
しかし、明日は会えると言う興奮は自分ではどうにも出来ず、部屋の明かりを落として瞼を閉じてもいてもたってもいられず。
結果、昨晩は殆ど眠れていない。無論、その前の二日間は今日の休みを心置きなく迎える為に仕事を詰めていたので……
眠気が来るのなんか、必然だった。
「目を閉じてても、今日あんたに会えると思ったら寝付けなくて……。でも、薬を使って眠るのは寝過ごすのが怖かったし、スリプルは自分にはかけられないし……」
「ちなみに、その前と更に前は?」
「……いや、……それは、その」
前日どころか、その前からやらかしていた事までお見通しだった。
視線は既にジト目に変わっていて、背中にじっとりと嫌な汗をかいているのを感じる。
怒ってる、よな?
当たり前だ、それをするなと再三釘を刺されていたのだから。
この身を案じてくれていた心遣いを、自分の楽しみのために無下にした、と言ってもいい。
完璧だと思っていたプランだったが、蓋を開ければなんともお粗末な結果である。
質問に答えられないオレをしばらく眺めていたマリィは、ややあってふう、とため息を吐いた。
「薄々、そんな事じゃないかとは思ってたけど。そう言う事なら、仮眠くらいは取った方が良いわね」
「いっ、いや、待ってくれ! 三徹くらいなら全然慣れてるし! そうだ、少し歩かないか? 話しながら散歩でもしてれば、これくらいの眠気なんかすぐ」
丁度、朝買い込んだコーヒーや軽食も無くなった所だし。場所を変えるのも悪くないし、散策しながら話をするのだって気分が変わって良い。座っているより確実に居眠りし難いだろうし。
何より、今から仮眠だなんて。彼女を置いて部屋に戻るなんて嫌だ。
この貴重な時間を無駄にしたくはないし、何よりまだサンクレッド達だって居るだろう。
エスコートしたい、だなんて言ってた彼が、一人で居るマリィを見てどうするか。
いや付き合ってる事は周知の事実だし、そこで横槍を入れるような人物ではないと信じているが、だからって隙を見せて良いとは思えなかった。
そうして提案しながらバッと勢いよく立ち上がったのだが。
「へ」
パシっ、と片手を掴まれた。
そして間髪入れずに、立ち上がり切っていない足を払われる。
全く想定していたかった事態に、驚くことすら満足に出来ず、間抜けな声が漏れた。
当然、重力に従って転倒する……と思いきや、取られた手や、背中を支えられて殆ど衝撃もなく、ふわりと身体を横たえられた。
……なんか、理解し難いトンデモ技術を体験したような気がするんだが?
「寝なさい。と言ってるのよ」
「は、え、あ」
気がついたら、見上げる先に少し不機嫌な表情のマリィの顔があった。
急な状況変化についていけなかった寝不足の頭だったが、徐々に理解が及んでくる。
敷物の上に横たえられた身体。視線の先には、未だかつて見たことのないアングルの、下から見上げる形の彼女の顔。
いや近い。ほぼ腹部にオレの頭がくっついている。
更に言えば、後頭部には柔らか、かつしっかりとした感触。
……これは、つまり、あれだ。
英雄に。膝枕を。されている。
「?!?!!」
「なあに? 今日は防具的なものは何もつけてないから、寝心地は悪くないと思うのだけど」
「いっ、いや寝心地とかじゃ、だってこれ、その、あんたに、こんなこと、」
「……不快ならやめるけれど」
「全然不快じゃない、むしろ嬉しくて死にそう」
「なら良かった、とは言い難い感想ね」
動揺とか羞恥とか遠慮とか躊躇いとか色んなものが混ざり合ってパニックになりそうだが、それより嬉しいのは間違いない。
いや死ぬほどマジで恐れ多い? はなんか違うが、憧れの英雄に膝枕されるとか?!
やっぱり、今日がオレの人生最後の日なんじゃなかろうか?
支離滅裂なオレの発言に、マリィは苦笑しながら、ふわふわとオレの頭を撫でた。
その手つきはとても優しくて、柔らかだ。
「何はともあれ、少し寝なさいな。今日は暖かいし、短時間なら風邪も引かないでしょう」
「……あんた、こう言うことも、するんだな」
「意外?」
「いやなんか、アルフィノとかアリゼーにはしてそうだけど」
「あの子達は、やりたくてもさせてくれないと思うわよ? 子供じゃ無いのだし」
いや、アルフィノは照れて遠慮しそうだけど、案外アリゼーはなんだかんだ理由をつけつつもして貰いたがるんじゃ無いだろうか。
なんというか、恋仲のそれじゃなくて、寝ぐずる子供の寝かしつけ感が強い。
マリィは普段からこう、『姉』感が強いから、そう言う意味でならしそうな気はするけど。
「オレは子供扱いかよ……」
「ちゃんと寝ない悪い子なのはそうね。でも、子供扱いのつもりはないわよ。これは、恋人扱いでしょう?」
「……そうなのか?」
「そうだと思うけど。こんなカップルがワインポートに居たわよ」
寝かしつけなのは実際そうだけど、子供扱いではなく恋人扱いだ、という主張に思わず頰が熱くなった気がした。
確かに、彼女は案外、恋仲らしいような発言や行動をしてくれる。特に周囲に隠しもしない。
でも、言葉の端によく出るのだ。
『恋仲って、こう言う感じなのだろう』と。
彼女とオレは恋仲ということになってるけど、彼女がオレに恋してるかと言うと、そうでもない。
今まで見て来た恋人達や、物語のそういう記述を参考に、そういうものだと理解して行動しているに過ぎない気がする。
オレとそういう関係だから、そうするべきなのだろう、と。
彼女自身がそうしたいと言う心を持っている訳ではない、というのが、……考えないようにしてたけど、寝不足の頭ではなんとも複雑な気持ちに拍車がかかる。
ああ、今日妙にその辺がネガティブな気分になってたのは、それが原因かな……
「……眉が下がってるけど。どうしたの?」
「別に……」
「不満があるなら言って? 知ってると思うけど、ボクはそういう機微には疎いの」
「……ちゃんと寝ろって言われてたのに、結局寝不足になって、会える時間を無駄にしてるの、幻滅させてないか?」
「多少呆れてはいるわ。でも、グ・ラハだと有り得なくも無い事だし、そもそもこの程度で幻滅なんてしないわよ」
「あんたは心が広すぎるよ。……オレの事、好きでも無いのに」
絶対に言うつもりの無かった一言が、寝不足の頭とネガティブな思考のせいで、うっかり口から零れ出た。
それを聞いた見上げる先の彼女は、きょとんとした顔で首を傾げる。
「グ・ラハの事は好きよ?」
「オレのと違うだろ、それ」
「そうかしら」
「そうだよ。オレはだって、ずっとずっと、あんたに会いたくて、……もう一度生きてるあんたに会えて、あんたの命を救えれば、それで良かったはずなのに」
その為に、この命なんて惜しく無かった。
なのに、再び会えた事にオレは舞い上がった。共に冒険に出て、肩を並べて戦えることが嬉しかった。頼りにされて、信頼されて誇らしかった。友として隣で支えられることが、幸せだった。
見返りなんて求めてなかったはずなのに、もっと一緒にいたい、近づきたい、という欲は大きくなっていって、気が付けば恋仲なんて関係にまで登り詰めてしまった。
「仲間や友人になれて、それだけで身に余る幸せだったはずなのに、すぐにそれじゃ足りなくなった。オレの事を見て欲しいし、他のヤツに渡したく無い。会えない時はずっと今頃何してるか考えて、焦がれて焦がれて苦しい」
「今でも?」
「むしろ今の方が」
手の届かない星であると思ってる間の方が、むしろ耐えられた……、いや、諦められていた。
なのに、その星は気がつけば目の前で瞬いていて、手を伸ばしたら届いてしまった。
とはいえ、彼女は自由に旅をする冒険者だ。その在り方をオレは肯定したい。彼女の旅は、彼女だけのものでも無い。心の内の、大切な人への贈り物でもある。
だからいつまでも隣に居られる訳ではないと分かっているが。
だからこそ、今はここに居てくれる彼女だけれど、いつかは本当に望む人を見つけて、また遠くへ行ってしまうのでは無いか、などと。
「おれに恋してくれてる訳でもないのに、恋人をやらせてるのが申し訳ないし、……もしちゃんと好きな人が出来たら手放さなきゃいけないんだろうか、そんなの嫌だ。……ごめん、あんたと恋仲になれてるだけでも、贅沢な話なのに」
あんたは誠実な人だから、そんな日が来ても俺がいるからと諦めるのかもしれない。
そんなのは酷すぎる。幸せになるべきなのは今まで頑張って来たマリィの方であって、オレじゃない。
なのにその時が来たとして、オレはこの手を離せる気がしない。みっともなく縋ってしまうんじゃないだろうか。元々分不相応な関係をもぎ取った癖に。なんて浅ましい。
「要するに?」
「……あんたに、好かれたい……」
本当に、本当に、どれだけ贅沢言うんだって話だ。
オレの好意を受け止めて、きちんと誠実に応えて貰ってるって言うのに満足出来ない。
好きな人に、好かれたい。
これだけ夢も希望も叶って、まだ求めるのかオレは。心底呆れてしまう。
死ぬほど情けない告白をしている自覚はあって、見下ろしてくる視線から逃げるように、横向きに寝返りを打つ。
それでも、この役得の状態から脱しようとしない辺り、図々しいな。
「……あのね。そもそも、仕事でもないのに、やりたくない事をやるほど、ボクは暇じゃないのよ」
「仕事ならやるのか……」
「それはまあね」
そもそも、あんたが依頼を断ってる所を見たことがないんだが?
いや、そりゃあ悪戯に無辜の人々を痛めつけるなんて話を持ちかけられたら断るだろうけど。むしろ依頼人が成敗されるだろうけど。
ふわふわと、頭に置かれた手が優しく髪を撫ぜていく。
敏感な耳は器用に避けていく気遣い付きで、気兼ねなしに心地が良い。
「確かに、恋っていう感情は、人に聞いた話や本の知識以上の理解はしてないと思うし。貴方に対しても、他の誰に対してもしてないんだと思うわ」
「…………」
「それでも、それがとても大切で繊細な想いである事は分かってる。踏み付けられれば痛くて、叶わなければ悲しくて。表に出す事は恥ずかしくて、なのに吐き出せないと苦しくて。伝える事は、とてもとても恐ろしくて、勇気の要る事なんだって分かってる」
自分で抱いては居ないが、それが軽んじられるべきではないのだと知っている、と彼女は落ち着いた声で語る。
ああ、勿論そうだろうさ。あんたはヒトの想いをとても大切にする、優しい人だから。
「……私は、ね」
ぴく、と無意識にオレの耳が揺れた。
そんなオレの髪を撫でる手はそのままに、もう片方の手で、オレの手を取る。
「命と人生をかけて助けてくれた事も。傍に居ようと、頑張ってくれた事も。私を信じて、道を繋いでくれた事も。理由としては、充分過ぎると思ってるのだけど。それ以上に」
取られた手が優しく引かれて、柔らかな感触に当たる。たぶん、頬。
「何より、そんな大切な気持ちを、勇気を持って伝えてくれた、その想いを。とても愛おしく、大切に慈しみたいと、心から思ってる」
擦り寄るように動かされて、……それから手のひらに、頬ではない、他の柔らかな感触が押し付けられる。
同時に感じたのは、ゆっくりと紡がれる言葉に沿うような吐息の温もり。
「……これは、貴方の感性では、愛とは呼べないかしら?」
「そ、んな、事は……、ない、……デス……」
変な敬語になった。
いや待ってくれ、まずい、頭がパンクする。
唐突に、向けられている事に気付かなかったものを伝えられて、本気でキャパオーバーしている。
さっきは顔を見られたくなくて横向きになったが、今は顔を見られない。いや今も顔を見られたくない。ヤバいくらい真っ赤になってる自信がある。
だってこんなの、ほぼ直接的に、『愛している』と言われたような物じゃないか!
それを信じて欲しい、とばかりに手のひらへの口付けまでつけて。
だからこれって、普通男女逆では?!
勝手にネガティブになって拗ね出したオレが悪いんだけども!!
「オレの英雄が、どこまでもカッコいい……」
「英雄?」
「……オレの恋人……」
「よろしい」
あまつさえ、ダメ出しをされた。その呼び方は、自分達の関係には相応しくないだろうと。少なくとも今は。
ど、どこまでオレを甘やかすつもりなんだ?!
「分かったなら、とりあえず少しでも眠りなさい。有事ならまだしも、今はちゃんと健康に過ごして欲しいわ」
「寝れる気が……」
「スリプルとリポーズ、どちらがお好みかしら」
「……努力する」
これ以上駄々を捏ねたら、たぶん本当に魔法で意識を刈り取られる。
その方が迅速に眠れるだろうけど、今のこの時間も惜しい気がして来て、眠る努力を約束すると、それで良しとしてくれたらしく髪を撫でる手の動きが再開された。
ぽん、ぽんと呼吸に合わせて身体に優しく触れられて、完全に寝かしつけだこれ。
……でも、先ほどよりは。
もしかしたら終わりがあるかもしれない、いつか手放さなきゃいけないかもしれない彼女との時間が勿体無い……という焦燥感は無くなっていて。
こんな日があっても、いいのかもしれないな……、なんて。穏やかな心持ちになれて、再び訪れた眠気に身を委ねる事にする。
「……忘れて、た」
「うん?」
「服、すごく、……似合ってる」
「あら。気付いて貰えて嬉しいわ」
「……最初にオレが、褒めたかった……」
「ふふ。グ・ラハに見せる為に着てきたんだから、それ以外はあまり関係ないわよ」
「…………、……名前」
「はい? ……ああ、そういえばそうなのよね。呼び慣れてしまってたわ、ごめんなさい」
「……すごく、綺麗で、……似合ってて、夢みたい、で」
「ありがとう。……おやすみなさい、ラハ」
「ん……」
眠気で自分が何を言ってるかよく分からなかったが、耳に届くマリィの声が、優しくて心地が良い。
……きっと、俺みたいな焦がれるような、締め付けられるような、恋を彼女はしてはいないんだろうけど。
思ってたよりも、ずっと、……彼女に愛されては、居るのかもしれない。
夢うつつにそんな事を思いながら、オレはあまりにも贅沢な眠りに落ちたのだった。
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焦がれる恋は、しないけど。
慈しむ愛は、溢れるほどに。
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