死体がぶら下がっている本丸の話
合体奇譚
麗らかな午後だった。非番である。この日も大包平は大典太と死体の下で鳥を見ていた。ぽつりぽつりと言葉少なながらも会話をし、雰囲気は和やかだ。まさについ昨日、二振りは恋仲になったところなのだ。
空になった湯飲みにお茶を注ごうとした。
「茶が切れた」
水筒を逆さに振っても一滴も落ちて来ない。お茶が切れたら解散というのがいつもの流れである。だがこのまま帰るのはもったいない気がした。それにちょうど八つ時である。
「部屋に茶菓子があるんだ。来ないか?」
大典太を誘った。
大包平の部屋にはポットから茶葉や食器まで一通り揃っている。だから大典太と連れ立って死体から直接部屋に向かった。歩きながら、いよいよ二振りきりになるのだと気が付いた。脈拍が上がった。まだ口吸いもしていなかった。互いの感情が同じものだと理解していただけだった。
「浦島に分けて貰った饅頭なんだが……」
障子を開けた。卓の上にショッキングピンクのバイブが鎮座していた。勢い良く障子を閉めた。
沈黙が落ちた。おずおずと大典太が話しかける。
「なあ、今の……」
「見間違えだ! きっとこけしだ! ハイカラなこけしだな!!」
もう一度障子を開けた。極太のバイブだ。閉めた。
「あれ、あんたの……」
「違う!! 違うぞ! 断じて俺のものではない!」
襟元引っ掴み、大典太を揺さぶりながら叫んだ。
「だがここ……」
「貴様! 俺があんな破廉恥なものをあんな場所に放置すると思っているのか!!!!」
ヴィ────────────────!!!!!!!!!
その場で飛び上がった。障子の向こうからバイブ音が聞こえる。心当たりは一つしかないが、開けたくない。障子に手を掛けたまま固まっていると、大典太が勢い良く障子を開け放った。
「大典太!?」
大典太は部屋に上がりこむと、おろおろ手を彷徨わせながらバイブに話しかけた。
「あ、あんた大丈夫か?」
バイブは卓の上でがたがた震えていた。ヘッドは個別に動けるようでぐりんぐりん円を描いている。
「うまく言えないが、落ち着け、……うん、……うん……そうか……」
激しく振動するバイブの傍に座り、大典太は懸命に頷き、相槌を打っていた。
「お、大典太……?」
大包平は冷や汗を流しながら大典太の肩を叩いた。
「どうした大包平」
見上げる大典太が全くもっていつも通りなのが不気味だった。
「その、それ……」
バイブと口にすることを心が拒んでいた。バイブを指さすと「指を指してやるな。怯えている」と言われた。
「俺にはただのバ、バイブが、震えているようにしか見えん……」
「こいつの泣き声が聞こえないのか?」
「泣いてるのか!?」
「ずっと泣いている……」
「それは、悪いことをしたな」
悪いことってなんだと思いながら、大包平は言葉をつなげた。
「長い間倉庫にしまわれて一度も使われたことがなかったそうだ」
大典太は悲しげに目を伏せ、あやすようにバイブに話しかけた。
「俺もずっと蔵にしまわれていたんだ」
鈴口から透明な液体が流れ出た。振動で雫は跳ね散り、卓にぱたぱたと水滴が落ちる。大典太はそっとティッシュで鈴口を拭った。
「あんたも分かってくれるか」
「どうして水が出るんだ!!!」
先走りとは言いたくなかった。
「うん、それで、うん……なるほど、平均的なバイブの嗜みなのか。擬似精液と擬似カウパー腺液の分泌は備わっているんだな……うん、うん、本物志向か、偉いな」
どの辺りが偉いのだろう。
「あまり濡らして欲しくないんだが」
「コンドームを被せておこう」
手を差し出された。
「は?」
「コンドームだ」
「……持ってない」
「え?」
黙ったまま見つめ合った。大典太はじわじわと頬を染めた。
「……あんたも生が良いのか」
「違う!!」
バイブは上下にピストン運動を始めていた。ヴッ! ヴッ! ヴッ! ヴ───!!!
大包平は言いたいこと全てに蓋をして、大典太に通訳を任せた。
「どうして俺の部屋にいるんだ」
「『赤い糸で結ばれた運命の穴』を探しているそうだ」
今なんて言った?
「『赤い糸で結ばれた運命の穴』だ」
「繰り返すな!!!」
「倉庫でいつか合体しようと約束した仲だそうだ」
「どんな穴だ!?」
「オナホールだ。オナホール……!?」
大典太の表情が一変した。どんどん顔色が悪くなっていく。
「どうした」
「同じ、ピンクの……そうか……」
大典太は苦しげに眉根をひそめた。鳥に餌をやろうとして、鼻の頭にフンを落とされたときの顔だった。
「俺の部屋にある……」
「はあ!!?」
オナホール。大典太が使ったオナホール。それはつまり、恋仲のオナホールだ。自慰の仕方に口を出すつもりはないが、知りたくなかった。
「あのオナホールはやめた方が良い……」
大典太は言う。バイブと穴兄弟は大包平も嫌だ。ヴーヴーとバイブは不服そうに震えた。
「ちが……その……」
大典太は必死にバイブを宥めすかしているが、バイブが聞き入れようとしていないことは大包平にも明らかだった。バイブレーションがどんどん激しくなり、動きも凶暴になっている。こんなの挿れたら怪我しそうだ。先走りは飛び散り、飛沫を上げながらきらきらと軌跡を描いた。コンドームを買っておかなかったことを心底後悔した。ちなみに白く濁り始めていた。
「持って来てやったらどうだ?」
暫く遣り取りを傍観していたが、埒が開かないので助け舟を出した。
「あれは……あれは、あんたが思うような穴じゃないんだ……!」
大典太はバイブに言い募る。その叫びは苦悩に満ちていた。大包平は己がひどく冷静であることを認めざるを得なかった。
大典太は両手でバイブを握りしめ、亀頭に向かって訥々と語り始めた。
「昨日の夜、部屋に帰ったらオナホールがあったんだ。誰かが間違って俺のところに届けたと思って、押入れに入れて寝ることにした。だがその、昨日……」
そこでちらりと大典太は大包平を見た。
「興奮が冷めなくて、一人でしていた。それで……いよいよイクというときに、あのオナホが……押入れの障子を突き破って飛び出して来たんだ。それがいきなり逸物に被さって来て、それで……」
「もういい!! 喋るな!!!」
「俺は我慢できなくて……!」
大典太をひしと抱きしめて大包平は叫んだ。不憫だ。あまりにも不憫すぎる。投げ出されたバイブは振動したまま畳に転がった。痙攣する様は死にかけの芋虫のようだった。
「そんな不埒な穴はさっさと斬るぞ!!!!」
バイブはバイブレーションを強にして抗議していたがそんなこと知るか。大包平は大典太が大切なのだ。大典太も強く大包平を抱きしめ返していた。
「お前の部屋にあるのだったな! ちゃんと膾にしてやろう!!」
「大包平……」
胸に押し付けているせいで大典太の声はくぐもっていた。
「あんたの気持ちは嬉しいが、実は直後に一刀両断してしまったんだ」
大典太は申し訳なさそうに言った。
「何を恥じることがある! よくやった!! 天晴れだ!!!」
流石は大包平が選んだ太刀である。誇らしい気持ちで大典太を称賛した。大典太は嬉しそうに大包平の肩口に額を擦り付けた。。
二振りが固く互いを抱きしめ合っていると、突然障子が外れて倒れた。びっくりしてそちらを見やれば、入り口に横一文字に両断されたオナホールがあった。やはり大典太が斬っただけはある。美しい断面だった。オナホールは夕陽を背負い、貫禄に満ちている。手負いになってもなお、自身が持つ機能への誇りに満ちていた。さぞや名のあるブランドなのだろう。気圧されていると、卓の上のバイブが飛び跳ねてオナホールに取りすがった。
「そうか……合体することでしか『赤い糸で結ばれた運命の穴』と『運命の棒』なのか確かめられないのか……」
大典太はぽつりと呟いた。
「大包平、合体させてやりたい」
「許すのか?」
「あのバイブは俺なんだ……」
「いや違うだろ」
オナホールは大包平の部屋にあった瞬間接着剤でくっつけ、上からガムテープでぐるぐる巻きにして補強した。オナホールはその最中も泰然としたものである。大包平はその勇ましい姿にカマキリのメスを思った。根本から食い千切ったりしないか心配である。大典太はバイブに最中は出来るだけ優しくやれと何度も言い聞かせていた。
ベッドはないが座布団の上に新品の白いバスタオルを敷いて簡易布団にし、死体が吊り下がっている桜の木から拝借した花びらを散らす。閉め切った部屋に行灯を灯せば、なかなか風流だ。
「挿入するぞ」
挿れる役目は大典太に押し付けた。その代わり大包平は薔薇の香油を燭台切から分けて貰いに行ったのだ。燭台切は緊張して挙動不審の大包平を問い詰めたりせず、快くクリスタルの瓶に分けてくれた。用途は墓の下まで持って行くつもりだ。今度一緒に万屋に連れ立って、欲しいものは何でも買ってやろうと固く決意していた。
行為が終わるまで部屋の前の廊下で待つことにした。
「今晩あんたの部屋に泊まっても良いか?」
「いいぞ」
大包平もそういう気分だった。
「俺が抱く側でも構わないか?」
答えに詰まった。昨日の今日でそこまで考えていなかったのだ。
「あんたが許してくれないと、俺はオナホールしか知らないことになってしまう……」
目線の高さは同じなのに、何故か上目遣いで見上げられている気がした。
「それは……」
「駄目か?」
「……分かった」
降参した。
周りに人気はなかった。時折部屋から機械的な振動音や濡れた音が漏れ聞こえるだけだ。どちらともなく唇を触れ合わせた。瞼を閉じていた二振りのあずかり知らぬことであるが、そのとき室内では赤い糸で結ばれたバイブとオナホールは昇天し、祝福の黄金の光が燦爛と輝いていた。
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