勧酒



「いるが?」
本丸は師走だった。小豆に低い声で問いかけられた。その言い方に堪らなく懐かしくなる。
 先ほどこの本丸に顕現し、まずは用意された自室に赴こうとしたところで小豆長光を見かけたのだ。驚きながらつい呼び止めてしまった。何の因果か上杉縁の刀で最初に出くわしたのが彼だった。
 小豆の問いかけに答えるまで時間を要した。小豆はかつてのままだった。何も変わっていなかった。山鳥毛の真意を見透かすように目を覗き込む癖も、ゆっくりと尋ね返す話し方も、記憶の底にある姿そのままだった。激しい郷愁に駆られた。ここに過去がある。二度と手に入らない。きっと再びまみえることはない。動揺は顔に出ていたのかもしれない。小豆の目がつうと細められた。
 長い沈黙だった。山鳥毛は入手したものの、まだ出陣は続けるらしい。もう出発だ、玄関に集合しろと慌ただしい気配が遠くに聞こえる。戦の前の騒がしい空気は時代が移っても変わらない。廊下の窓からじわじわと冷気が伝ってくる。庭に降っているのは真冬の雪だった。積もる雪だ。地上に落ちても凍てついたままで堆積していく。地は固く凍え、春は遠い。雪の下では全てが眠りについている。
 これが刀剣男士になるということ。本丸に顕現するということなのだ。
 それでも山鳥毛は再び小豆に会えて嬉しかった。再会は喜ばしかった。彼は元気そうで生き生きとしている。また酒を酌み交わすのも良いだろう。越後の酒を用意しようか。それとも米沢の方が良いだろうか。上杉のたどった遍歴を語ってやらねばならない。
 肩の力を抜いた。やんわりと首を振る。緩やかな笑みが零れた。
「いや、君とはもはや再会することはなかろうと思っていたのでね」






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