海賊紳士のエスコート
男性は少しの間感心したように自動運転を見ていたが、今は操縦席から離れて共に来た少女たちと甲板で話をしている。
しばらくコース通りに操縦していたが、船の横手から奇妙な動きで何かが追いかけてきているのを検知した。利用者へのアナウンスを行うべきか判断しかねたが、特に攻撃の素振りはないのと、ブルジュ・ハリファからの選挙放送を受信したためそちらを優先する。
数分で放送は終了したが、彼らの知人の名前が上がったらしく、深刻な表情で話し合っていた。
――ソナーに反応。アルバトロン社の月面探査用エアバイクを4機、クレーター整地用の高機動重機を2機確認。エアバイクに乗る機械化兵はいずれも武装。
エリアIのムーンキャンサーから、上位権限コードによる停船信号を受信。
上位権限はあえて無視し、従った場合の利用者の安全性を演算――生存率が停船条件を満たさないため、拒否の応答。
並列で、スピードを上げて逃走できないか演算――不可。スピードはこちらが勝《まさ》っているが、障害物のないドーム東地区の砂漠では撒くことができない。エネルギーが尽きたら追いつかれてしまう。悔しさが回路をよぎる。
拒否の応答をしたことによる、機械化兵からの攻撃。電磁障壁を起動し、防御を行う。損壊率、3%。同時に利用者へ警告。
「迎撃するしかないという事だな。いいとも、腕の見せどころだ」
何故か男性のストレス値が軽減しつつある。警戒状態は変わらないものの、どこか楽しそうですらあった。
再び停船信号を受信――拒否。機械化兵からの攻撃。損壊率、8%。
「私は船の操縦に専念する! 戦闘はふたりに任せるが、気をつけて!」
男性が走って操縦席に近づく。私はモニターにマニュアルを表示して、切り替えプログラムを実行する。
「手動運転への切り替えですね。まずは操縦者名の登録が必要です。お名前をどうぞ」
「失礼、私としたことがいまの今まで名乗っていなかったとは。私はバーソロミュー・ロバーツ。よろしく頼むよ、ガイド君」
「バーソロミュー・ロバーツで登録完了しました。Mr.ロバーツ、よろしくお願いします」
Mr.ロバーツはモニターに表示されたマニュアルを一瞥すると、信じられないことを言い出した。
「早速で悪いが補助機能はすべてオフにしてくれないか? この船の動かし方なら直感で分かる」
「すべてですか? ですが」
「できることならサーヴァントのスキルについての説明をしたいが、今はその時間もおしい。もちろん、君の性能を信じていない訳ではないが、ここは私にその身を委ねてくれ。海賊紳士の名にかけて、華麗にエスコートしてみせよう」
私は少しだけ、演算に時間をかける。
自動運転プログラムにおいて、「何かと衝突しないこと」の重要度は非常に高い。それは手動運転時の補助機能でも同様だ。Mr.ロバーツの言う「船首から追っ手にぶつける」ためには、逆に妨げになってしまう。
しかし、彼にとって初めて乗る船なのも含めてそれは極めて危険な行為だ。通常なら拒否をするべきだが――彼の声音はポジティブで、嘘はついていない。モニターを真剣に見つめる青い瞳は、自信に溢れている。
「分かりました。Mr.ロバーツ、アナタに任せます」
補助機能をすべてオフにする。Mr.ロバーツは優雅に|ハンドル《私の手》を握《と》った。
――それはいっそ鮮やかだった。
何故かMr.ロバーツは船のスピードを一旦ゆるめた。追っ手が距離を詰めてきたその瞬間、舵を切り船を急旋回させる。エンジンが船内ガイドである私ですら今まで聞いたことのないようなうなりを上げて、船を加速させる。その勢いのまま追っ手に突撃した。
予想外の反撃に追っ手は反応が遅れ、続けて少女たちと飛んできた助っ人の攻勢になすすべなく撤退した。
現在主流である第二世代の船より古いとはいえ、当船の性能は最高であるAランクだ。このランクには船内ガイドAIによる自動運転プログラムの性能も含まれている。そして、これは「砂漠の遊覧船として、利用者に快適なクルーズを安全に提供する」ことを目的としている。
Mr.ロバーツの操船技術には私の知らない荒々しさと、ある種の美しさがあった。自らぶつかりに行ったにも関わらず、最適な角度・スピードだったためにE‐Ⅵ号の損壊率が1%以下に抑えられていたのも驚きだった。
「海賊紳士」「バーソロミュー・ロバーツ」――データーベースに該当なし。旧時代の情報と推測。現在において、失われてしまった記録。
アナタのことを、知りたいと思った。
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