ひつじと燎火




真夜中、日付を跨ぐ時間に男たちの声が森に響く。ヨロイ島は個人所有の地であることを知りながら、勝手に掘削をするための隠れ家を改造し、身を潜めていた。

おそらく元々は、誰かが見張り小屋か、物置か何かとして建てておいたのだろう。何十年も使われていないのか、埃は溜まり、長らく放置されている様子だった。

持ち主も存在を忘れているのかもしれない。だから改造した。ちょうど掘削地の山にも近い。一階は捕まえたポケモンと資材を保管する場所だ。

共犯としてポケモンの面倒を見る男を見張り代わりに立てている。

いつも通り、彼はタンドンを寝かしつけていた。出ていった時よりも1匹増えている。戻って来た男たちに気が付くと軽く頭を下げた。

 

「ガメノデスもきちんと仕事してたな」

「ええ、タンドン一匹連れてきました。かなり個体としては上質です。……適合はしませんでしたが」

「そうか、じゃあ引き続きよろしく」

 

鍵を開けて、急な勾配を昇る。2階に昇る。上は狭く、部屋がある事を悟られぬよう、カモフラージュの為に窓も小さいが、ただ寝て食べるだけであれば十分のスペースだ。

 

「いやー今日は良く売れたな。数えていい??」

「明日にしろよ。疲れた。いつもこうだといいのに」

「つーかこいつずっと寝てんな」

「出る時も寝てたな。ちゃんと見張りの仕事してんのか?」

「まー大丈夫だろ、俺らも良い夢見るとしますか」

 

男たちは着替えると、さっさと床に就く。室内の灯りを消した。

上の窓が暗くなる。外の森の中から隠れて見ていたセイボリーはヤドキングと共に、一階に合図を送った。そして移動すると、上の窓の真下で待機をする。しばらくしてから、だんだんだん、と扉を叩く音が聞こえてきた。

 

「……2階にはあの四角窓しか出口がない。眠った男は上に戻した。鍵を持つミスター・マクワが下を塞ぎ、バンギラスに襲わせる。そこから逃げ出した男たちを浮かせたのち、かなしばりのごとく! 縛り付ける作戦! ……理にかなってますね」

「……でもさあ、タンドン達連れ出す必要なくないィ?」

 

マクワから、最後まで連れていた見せかけのタンドンが逃されて、2人の方へと走って来る。必死になって走ったのか、クララを見ると飛びついた。

周りにはタンドンの入ったモンスターボールがたくさん転がっている。

 

「……よし、おかえりィ、これで叱られずに済む! ……ん? タンドン、ナニコレ……モンスタボールが4つ?」

「……モンスターボール……まさか、ミスター・マクワが持たせて逃がした……? 待ってください。何か……なにか見落としている……」

 

セイボリーが頭を抱える。中からは、相変わらず扉を叩く音と、マクワと男たちの喧騒が聞こえていた。その合間で、何かが割れた高い音が響いた。

 

「この男たちが、鉄を掘削して起きた土砂崩れの犯人ならば、つまりセキタンザンは彼らに殺されたも同然……! ミスター・マクワ、まさか……!!」

 

爆発音が聞こえて、一階の窓が割れた。中から黒い煙が上がる。辺りを一気に煤臭さが立ち込める。驚いたポケモン達が、ざわざわと逃げていく。

 

「ミスター・マクワ!?」

「ヤドラン! 中の様子を見に行ける!?」

 

クララがヤドランに指示を出す。ヤドランは戸惑いながら、貝の尖端から自分に水を浴びせて、扉から入ろうとするが、爆風が行く手を塞いだ。

 

「無理はしないで! 離れてねっとうをお願い! 火を消すの!」

 

みるみるうちに炎が立ち上る。黒い煙を背に、噎せ返る男たちが、大慌てで上の小窓から身を乗り出していた。何とか一人通れるか否かの大きさの窓で、パニックになった男たちが押し合い状態だ。セイボリーは急いで男を一人浮かせて引っ張り出した。状況を把握しきれない男は悲鳴を上げ、目を白黒させている。

 

「じっとしていてください! スーパーエスパーパワーで今、安全に降ろしますッ!」

「た、助けて!! 助けてぇええ!!」

「あづいあづいあづい! 焼けちゃう焼けちゃうーーーー!!」

「じゅ、順番ですッ! ステイステイ! ワタクシ重量オーバー!」

 

暴れる男を何とかゆっくり降ろす。宙に浮いている間に、クララが駆け寄って拘束した。

しかしその間も背中の炎から逃れようと、他の男が身を乗り出している。

 

「ちょ、ちょっとォ、中で何があったんですかァ!?」

「クソまさか、お前ら、マクワとグルか……!?」

 

クララは縛り付けた男の襟首を掴んで揺さぶる。

 

「早く答えろやァ!」

「……ま、マクワが……火を付けた……!!」

 

 

 

 

―― シュ ポォー 

 

 

 

 

 

揺れる劫火の中、セキタンザンの声が聞こえた。

焔は燃焼に必要な酸素を求めて上に昇る。当然不完全燃焼の黒煙も上がるだろう。人間にとって有毒ガスの塊だ。

男たちを2階に籠城させず、絶対に追い出す為の最後の秘策だった。火炎の特徴は、マクワが全てセキタンザンから教わったことだ。

 

「……きみの炎は……人を救い、守るための炎です。……それなのにぼくは……最期までこんな扱い方しかできなかった。本当に、ごめん……」

 

誰にもバレないよう、タンドンから少しずつ集めたコールタールを密かに隠していた。真っ黒で粘りのある乾留液を部屋中に撒く。自分にも頭から振りかけると、懐かしい香りがする。

上で眠っていた男たちを壁越しに起こし、瓶を落として炎を付けた。

小屋を燃やすことは、ここに来た直後からの計画。本来、彼らを目覚めさせるつもりはなかったのだ。

しばらく燻っていた弱い火は、タールを燃料にして一気に燃え上がる。白い煙がふわふわと昇っていく。焔は室内の古い材質を食べる度に成長し、煙を黄色に変え、そして真っ黒なものへと濃さを増す。巨大な炉のように。あるいは石炭の山のように。

 

「だけど……どうしても、見たかった。最期に……きみが燃え盛る姿……」

 

マクワは二階へ上がる階段が隠された壁の前に座り込んでいる。男から奪った鍵で外側から施錠した。自分を重石にし、両手は鎖を使って、しっかりと柱に括り付けた。元々セキタンザンの3分の1の立派な重さだ。簡単には動かせない。

咽喉が焼け付くように熱く苦しい。目も痛くて開けていられない。視界が歪んで、黒い煙ばかりだ。近くの天井の柱が木炭となって崩れ落ちた。

すぐ横の壁は燃えていて、タールに濡れた身体に、灼熱が鋭利な牙を剥いている。かしゃん、という音から、身体を低くし、ハンカチで顔を抑えた男が現れた。いつの間にか、マクワの手が自由になっている。

 

「……すまん……すべて、ワシの把握不足だ……おぬしの硬い意志も選択もわかっている。だが、どうかこのワシの為に……この手を取ってもらえないか。同じ、相棒を失った者として……」

 

ややあって、マクワは伸ばされたしわがれた手に、自分の手を重ねる。

 

「これを……」

 

囁く様な声は、届いたかはわからない。古い木製の小屋は、絶好の餌となり、火を大きく大きく育てて行く。燃え盛る炎が、まるで炉のように、巨大な山の形を成して聳えていた。

遠くで、サイレンの叫び声が轟いている。

 

 

 

◆

 

 

 

ヨロイ島を澄み切った青空が、どこまでも温かく包んでいる。

セイボリーの通報後、すぐに警察や消防が到着した。燃えた小屋の消火活動は終わり、男たちは無事連行されていった。警察には勝手に荒事を行うなと叱られてしまった。

タンドン達も元の持ち主に戻されて、そのうちの一匹はクララの元にも戻った。小屋から押収された石炭はおよそ3tにも上り、遠赤外線効果などのうたい文句を付け、ひとかけらを高値で年配女性などに売りつけていたという。前委員長のエネルギー事業の空きを狙ったらしいが、失敗し、結局違う路線で販売するしかなかったというのが調書の記録だ。

森の奥深くに建てられていた古い小屋は、マスタードですら把握出来ていなかったらしい。伸びる蔦や草木が覆い隠していたようだ。全焼し、残るのは真っ黒に崩れた壁や柱の跡ばかり。

消防の事後調査の後も、とうとうマクワだけは姿を現さず、遺体や遺品も出てこなかった。

裏口に炭のついた足跡が残っていたが、これはマスタードの物という事で決着はついている。

事情聴取を終え、セイボリーもクララも道場に集まった。

 

「おつかれちゃん! 本当に大変だったね、ごくろうさま」

「大変だったんだよォ師匠! 警察には怒られちゃうしィ! 頑張ったのにクララ悲しいー!」

「チミたちだけで捕まえようとするとはワシちゃんも思ってなかったからねー」

「あーん、もう! それはわたしのせいじゃないのォ!」

 

クララは抱きしめたままのタンドンを師匠に差し出す。随分なついたようで、腕の中が嬉しそうだ。思わずマスタードは微笑んだ。

 

「うんうん、しっかり面倒見てくれたんだねー。うれしいよん! ありがとちゃん!」

「結局この子何だったのォ?」

「マクワちんを見てた時、あの森の中で拾ったタマゴだったんだー! あんな小屋がすぐ近くにあったなんて気づかなかったけど……この子をきっかけに、きみたちがマクワちんに近づいてくれることを期待してたんだよん。バッチリだったからうれぴー!」

 

マスタードの言葉に、クララとセイボリーは、マクワのことを思い出した。

いつから狙っていたかはわからない。犯人との心中という選択肢が、確実に頭の片隅にあったのだ。セキタンザンの敵討ちなのか、復讐心なのか、知るすべはない。

 

「はー、もうマクワさんにはやられたァ! 警察に叱られたのもマクワさんのせいなのに、文句も言えねぇ! 火を使うつもりだったなんて……ああもう、ほんと酷いよねェ……!」

「……境遇や距離の近いきみたちならと思ったんだけど、想像以上に意志が強かったかなー」

 

クララは道場内で転がっていたが、がくりと肩を落とす。天井は高く、いつも通り凛々しく整然と柱が組まれている。

 

「……どうなったのかなァ」

「……生きているのか死んでいるのか、まるでマジック……」

「……ほんと、せっかく人が、誘ったのにさァ……最低だよ……」

「あぁ、そういえば! チミたち、メールが届いてたよん。読む?」

 

マスタードがスマホロトムを呼び寄せた。アプリを起動して、2人に画面を向ける。クララは体を起こしてマスタードを見た。

 

「え、誰から?」

「さあ?」

 

小首をかしげる仕草に、負けじとクララは頬を膨らます。

 

「惚けないで下さいよォ」

「読み起こしてちょ!」

「わかったロト~!

メール 昨日到着 差出人不明

 

『セイボリーさん・クララさん そしてマスタードさん

 

先日は助けていただきありがとうございました。

結論を言いますと、マクワは小屋の火災で死亡しました。

直接ではないにしろ相棒を殺した犯人との相打ちを望んだ、愚かな男です。

しかし、あなた方がぼくの元へ来てくれたことで、ぼくはもう少しだけ世界を信じてみようと考え改めました。結果、犯人を生きたまま捕縛という選択が生まれたのです。

それはセキタンザンに、他者を殺させずに済んだということでもありました。

ぼくは司法の結論を聞くことはできません。正直どうでも良いとさえ思っています。

それでも、社会に委ねます。次の不幸が起きないように。

 

本当にありがとうございました。

この罰が終わったら、いつかまたどこかで。』以上ロト!」

 

スマホロトムがくるりとマスタードの周りをまわる。持ち主はお礼を告げた。

セイボリーは組んだ右腕を顎にあて、ふむ、と息を吐いた。

 

「”マクワ”は死んで、違う誰かとして生きてゆくおつもりでしょうか」

「ずっるいなァ……! うちらがマクワさんの言うとおりにしてなかったらどーするつもり!? ちゃんと見てろってのォ……」

 

リボンを揺らしながら、クララは感情をあらわにする。

 

「それは……どういう憤りでしょう?」

「監督責任不在の義務放棄ってヤツ!!」

「……ミスター・マクワは、ワタクシたちを信じてくれた、というわけでしょうか」

 

悔しそうにハンカチを噛んだ。

 

「師匠ー!?」

「……メールの通りだ。マクワちんはここにはもういない。……ワシも耄碌かなぁ」

 

窓の外を見ながらつぶやく師匠の前に、透明なカーテンが揺れているのが見えた。経験故に生まれる、目に見えない隔たり。いつか掴めなかったものを見つけて、クララは曲がった背中を軽く叩く。

 

「……この手紙を信じるなら師匠のお陰で、あんのマクワさんも……ちょっとくらいは前向きにはなれたんじゃないですゥ?」

「ええ、ええ! しかもワタクシたちはミスター・マクワの事、ドわすれしませんからねェ。罰であり……それこそが縁かもしれませんよ? そう、みちづれェ……!」

 

頭のボールの回転スピードが速まり、風を切る音がする。

 

「……そうだな。巻き込んですまなかった……いや、助かったよ。本当にありがとう……」

「まァ、シショーの頼みでしたら、ワタクシいつでも大・大・大歓迎ですので! キョダイヤドキングに乗った気持ちで頼ってくださいませ!」

 

セイボリーはいつも張った胸をさらに反らせて、ぽんと叩く。

 

「船でもなんでもないんだけどォ? でもま、クララちゃんに掛かればどんな難問もかるーくクラクラっと解決しちゃうから! またよろしくね、師匠ォ!」

 

クララが片目を瞑ってウィンクをする。しっかり輪郭は両こぶしで飾った。クララの必殺技だ。

 

「うむうむ、2人がちゃーんと仲良くできるような問題を、用意しとくねん!」

「ええ、また2人なんですかァ!?」

「ぐぬぬ、次は絶対うちが先にクリアァ!」

 

それぞれトレーニングをしていた道場門下生たちの笑い声が響く。

自然豊かなヨロイ島は、たくさんのトレーナー達がオフやトレーニングに選ぶ、人知れぬ場所だ。

雨の日も、霧の日も、曇天の日も、日差しの強い日も。

誰かが好きなポケモンやパートナーと共に、彼らだけの時間を過ごしている。

観測すると消えてしまうような、淡くてうつくしい物語が生まれる空間。

違う種族の生き物同士の遠すぎる距離が、たった一瞬だけ重なるような夢幻。

森でも、浜辺でも、洞窟でも、砂漠でも。思い思いのポケモン達と、より近くで同じ夢を感じられる場所。好きな時に訪れて、好きな時に人里に戻る事が出来る。

ガラルの身分や名声も忘れて、人から遠く離れられる異世界でもあった。

 

いつか再び、彼らがトレーニングを行う姿にも出会えるだろう。

広大な星の輪廻と時空の片隅で、ちがう想いを同じ場所に置くように。

ひとの罪と罰が導き続けるように。誰かのささやかな縁に紡がれるように。

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