ひつじと燎火



モンスターボールにタンドンを仕舞い、クララは自分の分の会計を済ませ喫茶店を出た。アーマーガアタクシーに乗って、孤島の道場を目指した。
夕方、日暮れのヨロイ島は夜の準備をするポケモン達があちこちで歩いている。
クララは真っ直ぐ道場に戻ったが、セイボリーはまだ用事を済ませている最中らしい。
ずっと動き続けた疲労感がどっと訪れる。壁にもたれてひと眠りした。
しばらくするとセイボリーも戻ってきた。セイボリーに叩かれて目を醒ます。いつの間にか足元にタオルケットが掛かっていた。門下生の誰かが掛けてくれたのだろう。
2人の用意が済むと、すぐに師匠へと連絡を入れた。スマホロトムには変わらぬ明るい老人の笑顔が映る。

「じゃん!見てみて師匠~! 生まれたよォ!」
『わあお、いえーい! タンドンだったんだ! さっすがクララちん、偉いね~!』
「もっと褒めて褒めて♡」
『ところでこのタンドンに興味を持った人いなかった?』
「この……? マクワさんが譲って欲しいって言ってたけど。セキタンザンの近くならタマゴ早く孵ると思って、マクワさんの所にいたんだァ! クララ天才ィ!」
『そうか、承知! うんうん、よかった』

セイボリーが負けじとスマホロトムを自分の方へ引っ張る。

「シ、シショー! ワタクシも調査進みましたよ! シショー、最近野生のタンドンが減っているという噂はご存じでしたか!?」
『ああ、そうなんだよー! それどころかひとのタンドンが盗まれてるって言うんだよー』
「な、な、なんと先回り?! セイボリー・サイコショック!」
『もう困っちゃうよねー。とりあえず、しばらくその子預かっててちょーだい! また進捗あったら聞かせてちょ! もうすぐ帰るから、よろぴく!』

通話はそこで切れた。2人は顔を見合わせる。

「どうなんでしょう。せっかくですから、ここでお互い情報を共有しませんか」
「いいけどお腹すいたァ! 食べながらにしよォ」

クララがダイニングに向かうと、大鍋にたっぷりのスープが入っている。オーブンでパンを焼き、自分の分のスープと水を取るとテーブルに向かう。

「懐かしいですねェ……ていうか勝手に食べても!? ワタクシたち、もう卒業生でしょう!?」
「いいっていいって。ミツバさんがお腹すいたら一緒に食べていいよって言ってくれてたァ……だいぶ前の話だけど」
「おぉ、ミセスおかみ……いずれこの謝礼は必ず!」

セイボリーも、クララと同じようにスープを皿に注いで頭を下げる。

「食べる気満々じゃん」
 
そして二人は手を合わせて、空いた腹を満たした。
食べ終えると、セイボリーは懐から小さな手帳とペンを取り出した。ぺらぺらとめくり、使ったばかりのページを開き、テーブルの上に置いた。


「……てかエスパー使いなのにアナログゥ?」
「い、いけませんか!? ワタクシ紙に書くタッチが好きでして!」
「せっかくラクできるのにねェ」
 
クララがコップに口を付けて、水を喉に流す。冷たさがすっと身体に沁みていく。

「マクワさん、キルクスのホームセンターにいたよ。でもずっとジムに戻ってないんだってェ。2週間ぐらい」
「なんと、ますます怪しい」

クララは自分のスマホロトムの録音を再生しながら、少しずつ思い出すように答えていく。
音が重なって喧しいと思いながら、セイボリーは辛抱強く付き合う事にした。もちろん心の中で、自分を褒める事を忘れない。

「おっと、ちなみにワタクシも先ほどお会いしました」
「えげェ!? どのタイミングで!?」
「アナタがそらをとぶの後。なんとワタクシのみらいよちの如く! カフェに、一人でいらしたのでご挨拶をば」
「何話したのォ?」
「あの土砂崩れの現場で、彼が石炭を拾い集めていたという話です」
「いつの間に……コドラの話はァ? わたししなくても良いィ?」
「念のため、チェックどーぞ!」
「コドラの食料難は人間が掘削したせいだから、その犯人を捜す調査してるんだって」
「ほほう。それは聞きましたな。調査をしつつ、石炭を拾っていたとのこと」
「石炭?」
「土砂崩れの時に、訓練用の石炭を落としてしまったそうです」
「あ、種火は見た? 瓶に火入れて大事そうに持ってたの。それをホームセンターの石炭にあててたのを見たんだァ。覚えてる? 一緒に土砂崩れ見に行った時にも鞄に入れてたやつ」
「ふぅーむ、それは思い出せませんな……。ワタクシ、彼が拾い物をしてるのはこのくろいまなざしで! 見ておりましたが」
「あとは、タンドン生まれたら、すぐに譲ってくれって言われたよォ」
「いわ好きとしては……おかしくないのかもしれませんが」
「……ただ、なんとなく元気がないように見えたかな! そっちは?」
「ああ、あなた方、スタートーナメントで組んだことがあるのでしたね」

ごほん、とセイボリーが咳払いをした。そして水を飲む。

「ミスター・ピオニーは送りましたタンドンの話と、コドラについて詳しい推測をくれましたよ。食糧難だとしても暴れることはあまりないだろうと」
「つまり、コドラを孤島に置いた奴、鉄を盗んだ奴がいるってことになるのかな」
「……コドラが鉄を食べ過ぎて、なくなって暴れてるってことはないですよね」
「マクワさんの調査結果が間違ってなければないと思うけどねェ」

クララは髪の毛を指で遊んでいる。

「今2つ並べたけど、これ1人だけで行うことも可能だよね」
「ポケモンの力を借りれば、でしょうか?」
「ああ、もう少しマクワさんが目星付けてる人間についてきいときゃよかったー!」
「だーから大丈夫かと申しましたのに」
「自分だって会ったんでしょォ? とりあえず今日はここまでかな! んじゃ帰るんで!」

クララは立ち上がると、道場の扉を開けて外に出た。既に空はきらきらと星が集っている。
アーマーガアタクシーを呼ぼうとしたその瞬間だった。突然建物の影からポケモンが爪を伸ばして飛んでくる。現れたのは、ガメノデス。
この辺りに生息しているという観測情報はない。鋭い爪をクララに向けて目の前に迫った。
反射的にクララはペンドラーを繰り出そうとしたが、ボールが一つ減っている。そしてガメノデスが離れていく。見ればガメノデスがひとつモンスターボールを持ち、奥の湿地の方へと走っていた。

「ちょッ、それうちの!! 返せっつのォ!! ようかいえき!」
 
クララはヤドランを出し、貝の尖端から毒液を放つ。ガメノデスの背中をギリギリ掠めたが、あっという間に姿を消した。

「くっそ、やられた……目にもの見せたらァ……!」
「いかがされました!?」

騒ぎを聞きつけたのか、セイボリーが扉を開き、追って来た。

「タンドン盗まれたーッ! ガメノデスに!!」
「な、なんですとッ!?」
「……タイミング的にはマクワさんしか疑う人いないんだけど」
「ワタクシの推理が更に正解に近づきます! ……しかし、デキすぎのようにも思えますね」

2人は、彼の手持ちにガメノデスがいる事を思い出す。試合では、先鋒として戦う事も多い。
切れ味抜群の爪に苦しまされた記憶は、既に懐かしさを帯びていた。

「誰が犯人だろうとぜってェ取り返したらァ!!」
「……ステイステイ、いったん落ち着きましょう。こおりタイプのごとくクールに奴らの居場所を暴かねば」
「それなら既にゲロってますゥ」

セイボリーがおお、と溜息を零した。

「……まさか、あのようかいえきに何か」
「そう、ヤドランの毒液は落としたように見えても、しっかり臭気……フェロモンってやつが残るんだよねェ! というわけでそれを追えば犯人の元に行けるってワケ」
「ほほう珍しくやりますなァ」
「もっと褒めろォ」
「アナタについていくというのは癪ですが。それでもワタクシ、行かせていただきますよ! このガラル紳士セイボリーの名に懸けてましても! あくタイプ!ハイハイ!グッバイ!です」

◆

ヤドランがくんくんと香りの元を辿っていく。平原を越えて、森の中に入った。夜行性のポケモン達が騒めいている。広い平原よりも、物が多い森の中は、視界も悪く、臭いの元を辿るのも一苦労だ。ヤドランは必死で香りを探っているが、鬱蒼とした茂みを抜けて、池のほとりに辿り着いてしまった。
ガメノデスは水中を進めるポケモンだが、この池の中にモンスターボールごと身を隠すことは難しいだろう。

「……ここは明らかにミステイク!」
「さすがにヤドランの嗅覚じゃ難しかったかァ……」
「やああん」

ヤドランはのんびりと首を傾げている。思わずセイボリーが軽く頭を撫でた。

「この島では、ヤドランの毒液もたくさんありますからね……」
「あ゛ー! もうちょっと休憩ィ」

クララは、近くに倒れている幹の上を手で払うと、座る。正直セイボリーも調査の為に働き詰めで、疲労感が高かった。素直なクララの申し出はありがたい。

「なんでマクワさんはあのタンドン欲しいんだろォ……」

クララは両手で頬を支えると、ふうとため息を付く。森の暗がりで、妙に様になっているのが、セイボリーには少し腹立たしく思える。
眉で八の字を描き、数えきれないほどの星が飾る空を見上げた。木々の飾り窓が美しい。

「あげちゃおうかな……」
「いまの話の流れでそこへ行きます!?」
「こんなん絶対お肌に荒れるわァ……」
「しかしシショーのおひざ元、このまま放置するわけにもいきますまい!」

荷物からおいしいみずのボトルを取り出すと、セイボリーはのどを潤した。タマゴ以外一切の荷物を置いてきたクララが羨ましそうに見ている。セイボリーは知らないふりを決めた。

「……ねぇ、ずっとマクワさんのこと疑ってたよねェ? ……私怨ってなァに」
「聞いてどうなさる?」
「クララちゃんの元気に変換されますゥ」
「最低な返答ですが、まあ良いでしょう……」

セイボリーはもう一度水を飲み、地面に置く。最近思い出した幼いマクワとのある日を語り始めた。
メロンとのこと、モンスターボールを浮かせたこと、マクワ自身を浮かせたこと。

 

「ああ、いまだドわすれできぬ……! ワタクシの強烈ないかり! ゼンリョク虫唾がランニング! なんでもかんでも自分の物にしようとする応用力! そしてなぜワタクシまで叱られなければいけなかったのか! バレたワタクシは、その日帰ってから3時間も反省会させられたのですよ!」
「それ家庭環境が悪いんじゃね? そんだけェ?」
「いいえ、他にもありますよ! ジムリーダー一族に生まれて期待されたあげく自分のなりたいジムリーダーまで選択できるその才能! 彼がジムリーダー就任の時の挨拶なんて、まァ生意気ではらわたが煮えくり返りましたな!」
 
感情のまま勢いよく話すセイボリーが立ちあがったことをよそに、クララはセイボリーの持ってきたおいしいみずを飲み干した。

「あーまぁ、キミらが全然合わないのはわかったよォ」
「しかも! この間ワタクシあんまり腹立ったので、コッソリ物陰に隠れまして、廊下でスイート・アンド・エレガントに浮かせて転ばせようとしたのです」
「エレガントってなんだっけェ?」
「なのにあのふてぶてしい男! 勝手にバク宙の浮力に変えて一人で見事エレガント着地決めたのです!」
「……そうやってちょこちょこ浮かせたから慣れたんじゃない……? 以外に仲いいのか」
「キーッ! その言い方禁止です! レッドカード!」

 

まるで演劇のように大きな身振り手振りで話すセイボリーが元の場所に戻る。地面に置いてあったはずのボトルの中身が、きれいさっぱりからっぽになっていた。

 

「しかもあなた! ひとのお水全部飲みましたね!? 帰りのコト考えてます!?」
「お、ヤドラン分かりそう!? よっしゃ行くかァ!」
「やァん」
「その態度! 必ずやみちづれいたしますからね!?」

 

ひくひくと鼻を利かせていたヤドランが立ちあがる。再び森の中を進んでいくと、すぐに開かれた場所に辿り着いた。
ポケモンすら選ばぬであろう、深い獣道の奥に小さな小屋が立てられていた。ただ一つ部屋があるだけの、作業場のようだ。中から光が漏れている。唯一の窓からマクワの背中が見えた。

 

「これも建てたわけェ?! いつの間に……」
「いや、流石にこの年季の入り方は、ずっと昔に建てられたまま放置されていたのでは……」
「じゃあ師匠のせいかよォ」
「それは……! そうかもしれませんな」

 

セイボリーは、敬愛する師を貶められた勢いで反論しようとしたが、改めて怒りの矛先を収める。長年住んでいながら、気付かなかったマスタードも原因の一端となりうる可能性を考えた。
木製の小屋の扉は、硬く鍵が掛かっている。小さく金属音がした。

 

「どうする? グチャっと行く?」

 

クララが小声でしゅっしゅとシャドーボクシングをする。セイボリーは頭を抱えてため息を付く。

 

「そんな野蛮なことはいたしません。エレガントに行きますとも。フーディン、サイコキネシスでオープン・ザ・ドア!」
「きゃッ! 流石ァ!」

 

フーディンを呼びだすと、フーディンはスプーンを突き出す。超能力は、いともたやすく精密な金属の鍵を開けた。そのまま周囲の気配を探らせているが、外に人はいない。
クララがヤドランの影に隠れながら、そっと中に進むと薄い壁の向こうに、机に向かい、作業をしているマクワの頭が見えた。
本棚や機材棚があるだけの、本当に簡素な小屋だ。中の柱も殆どが木製で古い作りになっている。半分は物置として使われているようだ。柱の角にはプラスチック箱がいくつも積まれており、たくさんのモンスタボールが中に詰められているのが見えた。

マクワが向かい合う作業台の上にタンドンが転がっており、勢いよくハンマーが振り下ろされている。クララが慌てて叫んだ。

 

「コラー! やめろやァ!!」

 

がつん。石材用のハンマーは木材で出来た机の上に落ち、大きな穴を開けていた。木製の作業机はへこみだらけだ。作業用なのか、サングラスをしたままのマクワが振り返った。

 

「やはり、あなたが犯人だったのですね! ワタクシにはすべておみとおしでしたよ!」

 

セイボリーが高々と言う。マクワはサングラスの縁を押さえた。部屋の中には両手の指の数ほどのタンドン達がいる。皆興味深そうにクララとセイボリーを見上げていた。何が起きているかはわかっていないようだ。

 

「……まさか、あなたたちに見つかってしまうとは」
「タンドンに、何を……!?」
「……この身体から、出て行ってもらいます」

 

マクワは、ぱちぱちと瞬きをするタンドンを抱き上げる。眠っていたが、どうやら騒ぎで目が覚めたらしい。クララに気が付いて嬉しそうに笑った。

 

「そのタンドンは師匠から借りてるからダメだってのォ!」
「……ぼくには、彼しかありえません」
「他のタンドンではいけない理由があるのですか」
「そうです」

 

かたんと棚の影から音がして、ヤドランが即座に貝を向ける。身を潜めていたガメノデスが飛び掛かった。クララ達は小屋の中で慌てて避ける。
部屋の外へ出ようとしたマクワを、セイボリーとフーディンと共に道を塞いだ。

 

「ガメノデス!」
「おっと、ワタクシとお話の相手をいたしましょうか。奇襲はルール違反・あくタイプですからね?」
「……ぐ……! 話す事、なんて……」
「とは申してしまいましたが。ミスター・マクワ、あなた……ガメノデスを連れていませんね」

 

セイボリーは、マクワが付けているボールホルダーを探すが、周囲に見当たらない。それどころかモンスターボールさえひとつも持っていない。
タンドン達がざわざわと鳴きだした。ガメノデスはヤドランに爪で切りかかると、そのまま外へと転がり出る。勢いのまま爪で切り裂くが、ヤドランは貝を盾にし器用に避けた。

 

「ヤドラン、シェルアームズで殴り返すッ!」

 

主人の指示を聞き、ヤドランは盾にした貝を振りかざして攻勢に転じた。

 

「さいみんじゅつ!」
「ガメノデス、目を見てはダメです……!」

 

マクワが反射的に言う。しかし覇気のない声がどこまで届いたかはわからない。
ヤドランの目があやしく輝く。ガメノデスは慌ててたくさんある視界を隠し、超能力をやり過ごしていた。

 

「ダメか、ねっとう!」

 

貝の先から出る高い温水が、ガメノデスの細い身体を押しやる。ガメノデスは受け身を取ると、周囲から細い岩の波を打った。ヤドランの腹に当たり、その場に転がる。

 

「いっけェーッ!きあいだま!」

 

ヤドランはその場で力を溜めると、巨大な光の玉を作り、ガメノデスにぶつけた。
至近距離のパワーによけきれず、ガメノデスは近くの木に当たって、気を失う。マクワはタンドンを置くと、ガメノデスに駆け寄ろうとする。今度はセイボリーも道を塞ぐのをやめた。

 

「……少々手荒ですが、管理外のポケモンの危険性の考慮です」

「っしゃー! さすがヤドラン! よくぶん殴った!!」

「ガメノデス……!」 

 

走り出したマクワのポケットから光る破片が見える。
ヤドランの足元の土ががらりと小さな音を立てた。クララは急いで指示を出す。

 

「ヤドラン、避けてェ!」

 

しかし曖昧な指示に、状況を把握しきれなかった。地面から伸びた長い岩が、ヤドランの柔い肌に突き刺さる。高く宙を舞ったヤドランは、そのまま地に臥せった。
地響きが辺りを支配する。地面も、空気も、そしてその場にいる生き物の肌を全て心底震わせた。彼の前では、誰もが獲物になり得る恐怖が、あらゆる生き物を震え上がらせ、ひれ伏せる。
大きな足音と、凶暴な遠吠え。バンギラスだ。クララはヤドランをモンスターボールに戻す。

 

「……くっ」
「……バンギラス、止めてください」

 

バンギラスはマクワの声を聴き、瞬きをする。マクワに駆け寄ろうとした矢先、大きく吠えると、巨大な尻尾を振り回し、暴れ出した。

 

「バンギラス!! どうして」
「ふわあ、これどういう事かなあ」
「……まだ上にいらっしゃったのですか」

 

小屋の扉から、顔を出した一人の小柄な男があくびをしながら言う。マクワの表情がサングラスで隠れる。それでも口端が結ばれて、酷く険しいものであることはわかった。

 

「あんたひとりじゃ留守番大変でしょう? せっかくボディガードにもしておいたのに」

 

男はベルトに付けた4つのモンスターボールをちらつかせている。背中からカラマネロが姿を見せた。光る触手の先、バンギラスは自分の意思を持たず、混乱しているようだ。

 

「これなら別にいいよね?」

「……ミスター・マクワはスケープ・ウールーに使われていた……? 真犯人?」

「ちぇー、バラす気なかったんだけどなあ」

「……セイボリー・ミスッ! この小さな小屋に他の人がいるとは……! ええい、ギャロップ! でんこうせっか!」

 

モンスターボールを投げると、淡く美しい毛並みのギャロップが飛び出した。バンギラスに一気に詰め寄る。バンギラスは鋭利に磨かれた尻尾や爪で、ギャロップを引き裂こうと振り下ろす。ギャロップは軽快なステップで跳ねると全て躱していった。

 

「指示のないポケモンなど、敵ではアリ・エーヌ!」

「はぁ? カラマネロ」

 

カラマネロが触手を揺らすと、バンギラスは再び吼えた。ギャロップを尻尾で打ち付けると、一瞬ひるんだ隙をついて、爪が捕捉する。白い首筋に、鋭い牙が噛み付いた。痛みでギャロップが悲鳴を上げる。

 

「ギャロップ、サイコキネシス!」

「こらァ正々堂々と勝負しんかい! ペンドラー! ドクっちゃって!」

「アナタが言います!?」

 

クララのペンドラーが、小屋の玄関にいる男に突進していく。男は小さく悲鳴を上げると小屋の中に入り、カラマネロを蹴りだした。転んだカラマネロに、ペンドラーのどくづきがクリーンヒットする。

 

「なんて奴ッ!」

 

ギャロップがサイコキネシスでバンギラスの動きを制限し、連続でマジカルシャインの光を放った。妖精の光に、バンギラスの巨体が飛び、草の間に落下する。思わずマクワが目を伏せた。

クララが玄関の扉を再び開けようとしたが、またしても鍵を掛けられている。

 

「バンギラス……。……裏口があります、そちらへ……」

 

マクワが言いかけたが、ばき、と酷い音がして、扉が砕ける。ペンドラーの角が突き刺さり、貫通している。クララが穴に引っかかった取っ手を捨てていた。男の悲鳴が上がる。

 

「ひ、ひぃい!!」

「大人しくしろォ!」

「あ、あー! クララさん!? お待ちくださいここは一度ワタクシがー!!」

 

結局男はギャロップに催眠術を掛けられて、眠った所をクララに小屋のロープで縛られた。

ペンドラーやフーディンもモンスターボールに戻る。

一同は男を連れて、再び小屋の中に戻り、中で話をしようと移動を開始した。

 

「……ミスター・マクワ、あなたのポケモンは……」

「……すべて、ぼくの管轄にありません。……多分彼がボールを持っていると……」

 

マクワは男の懐を探ると、モンスターボールが5つある。彼自身のもののほかに、マクワにとってよく見知った物だった。ボールを翳すと、バンギラスも、ガメノデスも、中に戻っていく。確認すると、クララが小屋の中に入り、マクワも続いた。タンドン達のせいか、作業室は少し蒸し暑い。

 

「……こいつが真犯人で良いの!?」

「……彼らは3人で動いてます。そのうちの1人です」

「えぇー、あと2人どこにいんだよォ」

「……おそらく”商売”です。彼らはタンドンから採った”できたて”の石炭を売っています。……先日地すべりのあった場所で会いましたね。あそこから掘り起こした鉄も、彼らが売っているのです……深夜帰って来るでしょう」

「盗品の売人かァ、最悪ゥ……いや、結局土砂崩れの犯人、こいつらってこと!? クララ探偵、クラッと解決??」

 

クララがはしゃぐ横で、セイボリーが見つめた。

 

「……ミスター・マクワ、一通りの話は聞いたはずです。しかし、あなたはどうしてここで……一体何をしていたのですか」

「……ぼく、は……」

 

マクワは何かを耐えるように目を瞑った。それから長い時間をかけて、ゆっくり息をするように、続きの言葉を述べていく。

 

「……ぼくは、あの先日の土石流でセキタンザンを……失いました」

 

クララも、セイボリーも、マクワの言葉を聞いた瞬間、すっと世界が変わったように思った。

同じ場所で、同じ空気を吸っているはずなのに、何かが違うのだ。

そしてクララは先日感じた違和感の正体の端くれを掴む。生と死が隔てる、大きな世界の壁が確かに存在していたのだ。タンドンの存在から、緩やかに広がっていたのだろう。

それでもまだ、彼と共に立つ切り札の大きな存在感が、なくなった現実を理解しきれない。

 

「……土砂崩れの訓練の時、失った石炭は……ぼくのセキタンザンの身体そのものでした。彼の身体は土に押しつぶされて、ほとんどなくなってしまいましたが……ここに最後のひとかけらがあります」

 

マクワは棚の隅に置かれた小瓶を取り出す。まるで部屋の照明のようだ。中には黒い石炭の欠片がいくつか入っており、その先端に小さな炎が灯っている。

 

「……ああ……これ……セキタンザン、だったの……」

「……聞こえますか」

 

マクワが差し出すと、瓶の中からか細い鳴き声のようなものが聞こえていた。彼の切り札が登場する時、いつも強い存在感で、高らかに鳴いていた汽笛の声と似ている。クララがセイボリーを見つめるが、セイボリーもどうやら同じ感想のようだ。

 

「……鳴い、てる……?」

「はい。……この炎を移す事が出来れば、セキタンザンはもう一度戻れるはずです。何度も実証しました。最初はただの石炭。それから野生のタンドン。……人の持つタンドン。

どうやら人の持つタンドンの方が適合しやすく……しかし意識のある状態では、セキタンザンの方が取り込まれそうになりました」

「……そして一番適合したのが師匠から預かったタンドンだったってわけかァ」

 

マクワは静かに頷いた。慈しむような手が、瓶を撫でる。

 

「……彼のお陰で再び、さっき一瞬でしたがセキタンザンに会う事が出来ました。……ですから、セキタンザンは、まだ、死んでいない……。……もう、これしか方法が……」

「……でも、あの子を殺されるとうちが困るよォ……」

「いやその前に殺す選択は ノーサンキュー!です! もちろんどろぼうも! ……他の方法サーチしませんか!?」

「……時間は無いのです。この灯火も、随分弱ってきている。そのうち、消えて……」

 

セイボリーが息を呑んだ。ぱちぱちと、炭が弾ける音がする。

 

「……ほんとうに、情けない。……ぼくは実証の為、他人のタンドンに手を出そうとしました。

しかし同時に盗もうとしていた彼らと鉢合わせをして、見つかった。……そこからは共犯することで、ぼくは自分の身を、セキタンザンの身を守ろうとしました」

「……その時から、脅されていたってワケか……」

 

サングラス越しに、じっと自分の握った手を見ている。

 

「ポケモンも人質として取られていた……?」

「彼らのいう事を聞くように、命令しました」

「……そっか、人のポケモン使えば自分達に足が付かないってわけ? 何かあった時、身代わりにするってか。最悪ゥ」

「……その条件で、彼らが連れてくるタンドンの面倒を見ていました。盗って来たポケモンも含めて……そうすればぼくは手を汚さずに、あらゆるタンドンの適合を確認出来る……利害は一致していたのです。彼らはタンドン自体に興味はありませんでしたから」

「不届きものは誰か……わからないのですよね」

「この男含めた、男3人組だということだけです。……この小屋は階段が隠されていて鍵も掛かってはいますが、2階があります。彼らはそこで生活しています」

 

マクワは再び眠る男の懐に手をやると、タグのついた鍵を取り出した。

 

「……お陰で決心がつきました。ぼくのポケモンたちも、これ以上彼らの好きにさせるのは嫌だ。今日は絶好のチャンスに違いない。……もう、終わりにします……」

 

穴だらけの机と、置かれたハンマーが、背中を見つめている。空き瓶の中の炎は、ゆらゆら揺れ続けていた。

 

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