ひつじと燎火
セキタンザンが死んだ。
あれほどの巨体でさえ、あっけなく終わらせてしまえる。
命という物は、なんて脆く残酷なのだろう。
自然豊かなヨロイ島は、たくさんのトレーナー達がオフやトレーニングに選ぶ、人知れぬ場所だ。
雨の日も、霧の日も、曇天の日も、日差しの強い日も。
誰かが好きなポケモンやパートナーと共に、彼らだけの時間を過ごしている。
森でも、浜辺でも、洞窟でも、砂漠でも。思い思いのポケモン達と、より近くで同じ夢を感じられる場所。好きな時に訪れて、好きな時に人里に戻る事が出来る。
ほとんど人間のいない、ポケモンと向き合うための雄大な空間。
だからこそ自分の目標に向けて集中するには持って来いの場所だった。
そう、たとえば誰かからの頼まれごとであっても。
「タマゴォ?!」
すっきり晴天の空の下。ガラル東の大きな孤島にある小さな道場で、クララの声が壁にぶつかって転がる。門下生たちは外での訓練を言い渡され、全員自然豊かな鎧島でポケモンたちと鬼ごっこで誰もいない。クララの隣で、セイボリーが耳を塞ぎ、ぱちぱち瞬きをした。師匠マスタードは裏への扉の前で短い顎ひげを撫でる。
「そう! いやいやごめんね、ジム忙しいのに呼びだして」
「いえ! シショーの頼み事ならいつ何時でも!」
不服そうなクララの代わりにセイボリーが胸を張った。
「ふふ、ありがとね。クララちんのそれは、ポケモンのタマゴだよん。誰が出てくるかはお楽しみ! というわけで、これからしばらく、この子を育てて欲しいんだけど~」
「えええ……可愛くない子が出てきたらどーしよォ……」
「大丈夫、クララちんなら問題なく育てられると思うよん。よろぴくね!」
「……あの、シショー? 頼み事、というのはこれだけでしょうか?」
大きな卵を抱えるクララを横目に、セイボリーは尋ねた。クララもセイボリーも、この道場での修行から既に卒業し、それぞれジムを持つ身だった。
もちろんマスタードが知らないはずはない。ジムリーダーというものは、たとえマイナーリーグであっても、多忙になり、時間制約が大きいのだ。
何か理由があることはわかるが、少し説明が足りないように思えた。
ときおり行動が予測から逸脱することはあるものの、セイボリーにとっては大恩ある師に違いない。
「もうひとつ! 最近、どーもうちの山が荒れてるのよん。立て続けに土砂崩れが起きていてねえ。調査をセイボリー、きみにお願いしたい」
「わかりましたシショー! セイボリーにおまかせを!」
「チミたちは優秀な卒業生だからね~。頼らせてもらっちゃうよん」
優秀、と聞いたセイボリーがぐっと胸を張った。
「エスパーパワー・エレガントで! クリアしてみせますよ!」
「……なんか乗せられてね? まァいっか! わたしも期待されてるってことだしィ」
クララはタマゴを撫でる。返事はなく、ずっしりとした確かな質量は、大きな石のようにも感じる。生まれるまでにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「山荒らしって、あの怪しい男とかじゃないのォ?」
ヨロイ島の山間に、穴掘りを名乗る男たちがいる。大きな荷物を背負い、重装備の男は島で掘削を生業としている。
以前いた弟子のひとりも、彼らに対価を渡し、発掘を頼むことで、穴の中で見つかった品物を貰っていた。彼らの正体は誰も知らないが、ほとんどの時間を島の中で過ごしていると言っても過言ではないだろう。
「そういうわけでもないんだよねん。あの人はプロ。必要以上に掘らないし、掘り過ぎたものはきちんと返してくれる。もちろん許諾も取ってるよん。ほら、ミツバちんにね」
クララは思い当たる節があった。そういえば師匠の妻、ミツバは、発掘品を欲しがっていたらしい。もっとも、例の弟子のおかげで十分量集まったらしいが。
強かだなと思っていると、隣のセイボリーが既に話を進めている。
「ポケモンの可能性もありますか?」
「多分ね。むしろポケモンの方が可能性高いと思っているよ。あ、ちなみにこの辺とこの辺ね」
初老の男は、鎧島の地図を取り出すと、ペンでくるりとマークを付ける。きゅっきゅと小気味良い音が山の上で踊った。
「原因不明の土砂崩れかぁ、それならタマゴ育てる方が何倍もラクかも~」
「あの! ……シショーは他にどうお考えで?」
マスタードは、升目上に仕切られた天井を見上げる。
「うーん。それ以外はお手上げなんだよねー。特に雨が降ってないし、立派な草木も多かったから、原因がわからない。ワシちゃんも手伝いたいんだけど、これからしばらくダンデちんと仲良く泊まり込みの修行三昧でねぇ」
「修行三昧?」
「そそ、タワーオーナーのダンデちんに招待されちゃってー! ミツバちんにはもう伝えてあるんだけど、しばらく留守にしちゃうよん」
思えば、大きい旅行用のトランクが、マスタードの横に据えられている。バトルの話をする老人の目は、きらきら輝いて見えた。
「ひィ……元チャンピオン同士のバトルタワー……? め、眩暈しそう……」
「というわけで、この2つ よろぴくね!」
「……おまかせください!」
マスタードはひらひらと手を振って、トランクを転がし道場を後にした。
ぴしっとセイボリーが長い帽子ごと頭を下げると、クララが卵を抱いたまま見下ろす。
「……そっちの方が大変そう、頑張ってねェ」
セイボリーは一瞬面食らったが、それもそうだと思い直した。別に協力しないといけないわけではない。地盤調査なんて、自分の分野外で大任だ。さらに性格の良くないクララのお守りまでするとなれば絶対自分の手に余る。
「え、ええ! もちろんこのセイボリー! でんこうせっかの如く! 即・解決してみせますとも! どうせならスピード勝負でもしませんかァ?」
「あはっ、それいいかもォ! クララ負けないぞ~!」
セイボリーは速攻道場を飛び出そうとした。クララはタマゴを置くと、その場でペンドラーを出し、卵を持たせる。
「ベノムショック準備!」
「……ちょちょちょ待ちたまえ!? あなた、大切な道場で、一体何をしておられるので!?」
もくもくと紫苑色の煙が道場から立ち上る。悪臭が酷い。セイボリーは扉を開けたまま慌てて室内に戻ると、クララが首をかしげていた。
「うーん? どくポケモンだったら 珪素濃度を上げるとすぐに動き出すんだけど、この子どくポケモンじゃないわけェ!? ちっとも反応しないよォ! ……まさか死んでないよねェ」
「いやいやいや普通は温めるところですよ!? あなたのせいで死ぬところです!」
桃色の髪の女性は、ぱちくりと目を瞬かせる。ペンドラーが不思議そうな顔をして自分の主を見た。セイボリーがでんこうせっかのように移動をし、道場中の窓という窓を開く。道場のもやが風に乗って消え、とりポケモンが羽ばたいていく音が聞こえた。
「……マジ!?」
「大マジです! 基礎中の基礎ですよッ!? こんなの「よいこのトレーナードリル」4ページ目には記載されている情報ですッ!」
曖昧に笑いながら、クララの指が桃色の髪の毛をくるくるといじる。
「実は……うちタマゴからポケモン育てた事ないんだよねェ……ポケモンに興味持ったの最近だしィ……」
「まったくジムリーダーたるもの……ああなんと彷徨えるウールーのごとし!」
セイボリーの視線が険しく刺さった。しかし、クララは首を傾けながら上目遣いで言う。ついでに小首をかしげて手を添えると、左右にくねくね揺れた。
「……ね、ねーぇセイボリーくぅん、ちょっとお願いがあるんだけどォ」
「……なぜでしょう。ワタクシ、テレパシーはサッパリのはずなのですが、なにやら既に声が届いているような……ええい、なんでしょう!」
「さっすがセイボリーちゃん! フフ、ここは一時休戦ってことでェ、仲良くやらない? うちも土砂崩れの犯人探すの手伝うからさァ」
「……いいでしょう。 シショーから預かった、まだ生まれてもいないポケモンをポンッ!とされるより断然マシです!」
「ほんとォ? やったー! んで? これどうすればいいの?」
「ここはヤドンのごとく! のんびりとお待ちくだされ」
「えー」
途端にクララが頭を落とす。セイボリーは軽く咳払いをした。
「体温で温めていればそのうちパッと孵化します。持ち主が動くと体温が上がりますのでさらに効率アップ! まさしくほのおのからだ! まあ、体温の高いほのおタイプのポケモンがいれば孵化の助けになるかもしれませんが」
「……育ててない……」
「ダメですね。道場にタマゴを背負って運ぶ為の道具があったはずです。ここは心をあくタイプにして! 少しばかりどろぼうすることにいたしましょう。伊達にポケモン世話係してませんでしたからねワタクシ!」
セイボリーは休憩室の棚の扉を探った。中には食材や、皿など調理器具ばかりが入っている。一番奥の扉を開けると、ポケモンの世話に必要な道具が籠の中にたくさん詰められている、籠の中から背負い紐を取り出した。クララは道場の真ん中で座り込んでいる。
「シショー! こちらお借りいたします!」
「えーん! ずっと括ってるの重いじゃァん?? セイボリーセンセーの方がよくない!?」
「ワタクシは別に孵化しなくても良いんですよォ!」
「うちだって別に孵化しなくていいもん~」
「シショーからのお願いを無碍にしましたね!? あなたも恩があるのではなくて!?」
「……ぐすん、わかりましたァ、持てばいいんでしょ!持てば!」
広い布部分にタマゴを置いて、背中と挟むようにクララが背負う。後ろからセイボリーが紐をきつく結んだ。隙間があるので少し動くが、紐はしっかり安定しているようだ。クララが少し跳ねても浮かばない。
「それではシショーのお印の場所まで、レッツ・セイボリー・テレポート!」
◆
まるで草木を掻き分けるように、好天の下を歩いていく。深い草むらは見通しが悪く、ポケモンが潜んでいる可能性もある。セイボリーは周囲を探る様に進んでいた。土砂崩れの現場は、ヨロイ島山の中腹にある。時折木から落ちてくる葉に、クララは頭を振っていた。
「うげェ……めちゃくちゃ山じゃん……協力するって言ったの失敗したァ! 下で待ってればよかった~!」
「クーリングオフはもうタイムオーバーですので。動いていた方が熱が届いて孵化しやすくなりますよ」
「その前にうちが死んだら意味なくねェ~?」
タマゴを背負い、後ろを歩く女性が上着を脱ぎ、汗をぬぐいながらぶつぶつ文句を言っている。片手には途中で拾った樹の大枝があり、杖として使っていた。
大型のポケモンが移動に使う獣道をひたすら歩き続けて、ようやく木々の合間に出た。空の青さが久しぶりのようだ。山の斜面に沿って外を見れば、海の向こうに師匠が管理する塔の屋根が輝いている。
大岩がいくつも転がっており、クララは一番小さなものの上に腰を下ろす。野生のポケモン達が賑やかに鳴いていた。
「これはこれはさぞ美しい眺め! セイボリー感激!」
「もう足疲れたんだけどォ~」
「……しかし、こちらはまぁ酷い」
セイボリーはクララを無視して、崖になっている足元を見下ろす。見事にぽっかりと抉れ、盆のような形になった茶色の地盤が露出していた。木々の根っこが帳のように降りて辛うじて残っている。半分ほど色が変わり、埋まっていたであろう大岩までもが土の上に転がり、崩落した礫塊はかなりの量だ。
崖崩れが起きてなければ、この先には緑の延長が続いていたのだろう。
「アリジゴクみたい……こわァ」
「スマホロトム、撮影を」
スマホロトムは持ち主の指示を聞き、土砂崩れの上をふわふわと飛んでいく。時折パシャパシャという機械音が聞こえた。
ふと、下の茂みの中からがさがさと草を掻き分ける音がする。ポケモンかと思い、2人は顔を見合わせ、見つからないよう身体を低くして、崩れた地面を見下ろす。
ボトルをメッシュポケットに入れた、大きなカバンを背負った男だ。今にも転がりそうな地面の岩場だけを伝って、シャベルを持って歩いている。大きな体躯に目立つ金の髪、飾る鋭利なサングラス。いわジムのジムリーダー、マクワだった。ひたすら地面を見つめては、時折小石を拾っている。
「あっれェマクワさん? どうしてここに」
「……珍しいいわポケモンでもいるのでしょうか?」
その時だった。がちん、と上方の崖の端から金属のぶつかる音が聞こえる。ごおお、とポケモンが吠えている。見ればコドラが2頭、にらみ合っていた。地面を蹴って頭と頭でとっしんし合う。足元の土が抉れ、がらがらと下にいるマクワの方へと土が落ちていく。
土塊だけではなく、少し間違えばコドラさえ転がっていきそうだ。
「マクワさん危なくないィ!?」
「助けられます!?」
「無理!」
「大丈夫ですね! ワタクシあちらを止めてまいりますので。いざ失礼!」
「会話しろやァ!!」
「あれがこの土砂崩れの原因かもシレ・マ・セーヌ!」
「えぇええ~」
座り込んだままのクララを放置し、セイボリーは颯爽と走る。なるべく崖のギリギリにならず、大きな樹が生えている場所を選んでいく。しかしポケモン達は、むしろ互いに押し合いを続け、遠い地方のポケモン、ハリテヤマのように投げて落そうとしあっている。そのたびに土塊が削れ、転がる土と砂の量が増えていた。
「ヤドラン! サイコキネシス!」
セイボリーが深々お辞儀をすると、浮かせたボールを一つ頭から飛ばす。現れたヤドランは2匹のコドラを軽く浮かせると、別々の方に投げ飛ばし、距離を作った。コドラ達は受け身を取って着地をする。新たな敵の登場に、2匹ともセイボリーとヤドランを睨みつけた。
一斉に地面を蹴ってヤドランへと向かう。
「そのままねっとう!」
コドラは予想通りの動き方だ。内心ほっと安心しながら、セイボリーは指示を続けた。ヤドランの貝の尖端から出た熱い湯は横に一線放たれ、見事水の苦手なコドラ達を怯ませる。
悲鳴を上げながら、2匹は森の茂みの中に逃げていった。
「よく出来ましたエレガント・ムーブ! ……レディクララ? まだメキョっとされてません?」
「元気ですゥ!」
ヤドランをボールに戻すと、セイボリーは気づけば崖の天辺にいた。既に足場の悪い土砂の上に人の姿はない。崖の脇からクララが手を振っていた。隣にはマクワがいて、視線が合うと小さく頭を下げる。セイボリーも彼らの元へと戻ることにした。
「ご無事そうで何より!」
「誰かさんのおかげでねェ」
「お2人とも、ありがとうございました」
「なんであんな危ない所にいたんですかァ こっちはもう、死ぬかと思って大変でしたからね!?」
「……この当たりには、埋まっていますから」
ややあって、マクワが口を開く。酷く落ち着いたトーンだった。セイボリーは喧しい人間と一緒に居るとこうも他の人を受け取る印象が変わるのか、と密かに思う。
「……鉱石が。鉄鉱石もわずかではありますが存在しています。あのコドラ達は食料を取り合っていたのでしょうね」
「見ておられたと!」
「ええ。おみごとでした」
「……綺麗な石とか、持ってっちゃうんですゥ? いいなァ分けてもらえないかなァ」
マクワの大きなシャベルが地面に突き刺さすように立てられていた。クララが杖代わりの枝で、鉄の棒をつんつん突っつく。
「レディクララ! シショーが何故ワタクシたちを派遣したのか存じないと!?」
「……ああ、いえ。ぼくの趣味で……この辺りにどんな石があるか、探すだけです。もちろんここは私有地ですから、自分の物でない限りすべてお返ししますよ」
マクワがにっこり笑った。その時、クララがふと自分の背中を見る。
「お?」
「ん? タマゴですか?」
「いや……タマゴが動いたかと思ったんだけど、なんでもないっぽい」
「ああ……ぼくのセキタンザンかもしれませんね……。ではぼくは……もう少し周りますから」
再びサングラスの男は立ち上がると、頭を下げて、木々の間に姿を隠す。大きい草を搔き分ける音が、次第に遠ざかっていった。とりポケモン達の囀りが辺りを支配する。
「ああそっか、タマゴを孵化するほのおのポケモン、セキタンザンもかァ」
「……不思議な感じですね。怪しいと言うか、なんというか」
「怪しい?」
「うーむこれはセイボリー・テレパシー? いえ第六感?? 私怨?」
「恨みあんの? てかさっきテレパシー出来ない言ってたじゃん」
セイボリーが一人で首をかしげている横で、クララは意気揚々と立ちあがった。
「だけどこれで解決じゃない? やーんうちってば大手柄ァ! 早速報告!」
「いや念のためもう一件の方も行っておきましょう」
「えー、もう下で降りて待ってるゥ! でもそういえば……」
空はどこまでも高く、山は青々としており、くっきりと輪郭が浮かんでいた。遠くでペリッパ―たちが飛んで行く影がある。海では今日もサメハダーが獲物を探して泳ぎ回っていた。
クララは杖を地面の上に突いて立てる。
「うち、マクワさんにお礼言われるの初めてかも」
スタートーナメント、というガラル有数のトレーナーのみが参加出来る大会に招待を受けた。
立派な封蝋付きの手紙の重さに、飛び上がるほどに喜んだ。報われぬまま頑張り続けて、とうとう自分の価値を認めてくれた人間がいるのだ。
ならばこそ、一緒に努力してきたポケモン達と、とにかく自分の人気を出したいとクララは画策をする。
第一に、トーナメントに出て勝つ事こそが最短距離。この大会は特別で、二人一組でペアを作らねばいけないが、誰と組むか。
ジムリーダーになったばかりの自分が組めるのは、おおよそ同じぐらいの実力か、よほど気のいい人間でないと難しく、選択肢が少ないというのは既に読めている。
他の人たちは既にリーグの中で人脈を確定しているため、自分が入る隙はないだろう。
ヤローなら、二つ返事で許可が出ると見込み、声を掛けた。しかし既にペアを作ってしまった後だという。
次に声を掛けるべくは誰か。悩むクララの前で、マクワがじっと座っていた。
部屋の隅に座った大柄の男から放たれる威圧感に、クララは唾をのむ。どうやらずっと何か考えているようだ。クララにとって、マクワが同じチームになるのであれば、非常にありがたい。
実力は上位。いわポケモンは、毒に耐性があるので敵対しない方が嬉しい。そしてなんといっても、彼には、既に彼を応援するファン、という存在がたくさんついている。
人気にあやかれれば、自分に対する注目度も格段に上がるだろう。むしろうちの事知っちゃったらファンもクラクラ、奪えちゃうんじゃね!? 勢いのまま、クララは男に声を掛けた。
「マクワさァん! ねぇ、どう? わたしと組んでみませんかァ!?」
サングラス越しにぐるりと見上げる目が合う。クララはひぃ、と息を呑んで、声を掛けた事を少しだけ後悔した。独特のオーラに気圧される。熟練のトレーナー達にある、選手特有の強い気迫が苦手だった。自信を持ち、堂々と世界を歩む人の持てる気配なのだろう。しかし、これもまた味方にしてしまえば心強いのだが。
他に誰に声を掛けようかと頭をフル回転させ始めたころ、マクワの返答が届いた。
「いいですよ、よろしくお願いします。ぼくはぼくのポケモン達をアピールしますから、しっかりついてきてください」
口端が弧を描く。伸ばされた手は大きい。クララは両手で握りしめると、ぶんぶん振った。
◆
見た目の闊達さに比べて、実際隣にいる時のマクワは、口数も少なく、何を考えているかわからない、と言うのがクララの率直な感想だった。
喋らないと思えば出てくる言葉は、自信過剰で上からの物言いが多く、ついカチンとくることも多い。
1勝出来た事を喜べば、自分がいるから当然だと言い放つ。
かと思えばフォローする、なんて言った。かわいいクララは、わぁ嬉しい、ありがとうと答える。
だが心の内は違う。バカにするな、うちだってトレーナーとして立っている。おんぶに抱っこされに来たわけじゃない。まあ少しぐらい楽させてもらえたらラッキーではあるが。
マクワは、勝った後でさえ気持ちを分かちあおうとはせず、椅子に座って考え込んでばかりだ。
次の戦いの準備をしているのだろうが、なんだか自分がただ浮かれているだけのように感じて、腹立たしい。一人で戦えばいいとさえ思えてしまう。
クララが不真面目に試合に挑んでいるかのようだ。そんなことはない。
自分なりにポケモンとは正面から向き合うようにしている。だから今、ここにいるのだ。きちんと結果だって出ている。見てくれている人もいる。
クララも対抗するように、マクワの隣の椅子に座り、スマホロトムの画面を見ることにした。
そんな凸凹コンビだったが、なんと準優勝だった。決勝ではチャンピオンに負けてしまったが、それでもクララは十分な結果が残せて嬉しくてうれしくて仕方がない。控室でも、貰った賞状の写真を撮ってSNSにあげた。
しかし、マクワは再び一人で考え込んでいる。そういえば、負けたら控室から出てこない人間だと言われていた。
「もー、一回負けたぐらいで。次勝てばいいじゃないですか、マクワさんなら出来るでしょ?」
嫌味のつもりで言ったが、マクワは目を白黒させる。
「……そのための、反省で……いえ、トレーニング、してきます」
クララは、控室から飛び出していく後ろ姿を見送った。その時に見た、伸びる背中は嫌いじゃない。追うように外に出て、クララもポケモン達とちょっとだけ走り込む。その後は頑張った大賞として、おいしんボブで好きな物を注文し、ポケモンみんなと食べた。
メッセージにはたくさん感嘆とお祝いが届いている。きっとマクワは、もっとたくさん着信しているはずだ。
自分のもとに到着する、ひとの気持ちの全てを、マクワはどう受け取るのだろうか。ほんの少しだけ気になってしまった。最後に注文したチーズケーキの甘さが、身体に沁みる。
◆
「犯人は、ずばり・コドラ! フィナーレ・エレガントです!」
道場にはぽつぽつと修行を終えた弟子たちが戻り始めていた。みな休憩のため、シャワーを浴びたり、食事の準備をしている。
カレーの香りが部屋いっぱいに立ち込めて、ぐうとお腹を鳴らす門下生が照れたように笑っていた。
2人は彼らを余所目に、道場の真ん中で師匠マスタードへとスマホロトムから電話を掛ける。どちらも話が出来るようスピーカーモードだ。あれから結局、クララはその場で座って動かず、セイボリーが1人で別の現場まで移動し、確認するだけに終わった。
同一の峰の中であり、崩れ方もほとんど同じであることから、原因も同一であると結論付ける。
『ほほう』
「セイボリー・チェックによりますと! 食料を取り合うコドラ達が暴れてしまい、土砂が流れているとの判定です!」
『なるほど』
「……なっ、何かご不満でしょうか……」
自分と師匠のテンションの落差に、セイボリーは一気に自信を失い、つい尋ねてしまった。
『いやねえ、そもそもヨロイ島にコドラはいなかったはずなんだよねー。なんで急に住みだしたのかなって』
「ハッ」
『せっかくいい感じだし、是非是非そこも調査してほしいよん! 問題解決出来たらすごいねー!』
「ミスターマクワは鉄鉱石が埋まっていたと言っておられましたね。食糧難でどこかから移動してきたとか? ……まあこの島もなかったわけですが」
クララは唇を曲げた。
「雪原には確か住んでたはずだけどォ……まさかぁ、島だよ? 泳げないでしょ」
「ボスゴドラは……泳げますね」
「マジ?」
「なみのり出来ますので。ボスゴドラが海を渡り、子供を作り、進化させたのなら……ありえるかと」
スマホロトムの画面を切り替え、インターネットにつなぐ。『ボスゴドラ なみのり』と検索すると、動画や写真で水の中を泳ぐはがねといわのポケモンの姿が現れた。クララがおげぇ、すごぉと変な声を出す。
「いやでもォ誰かが連れてきて放したとかじゃ」
『チミたち、マクワちんに会ったのか』
「じ、実はお恥ずかしながら、コドラのことを教えてくださったのは彼です」
「そういえば、なんかおっきいシャベル持ってたよねェ」
「あなをほるしていたかもしれない……?」
『ふむ。とりあえず引き続き詳しい人に聞いてみるのはどうだろ?』
「わかりました! シショー、ありがとうございました! 調査をしてまいります!」
『大変なことお願いしちゃってごめんね、よろぴくー!』
画面に映っていたマスタードの顔が消えて、スマホロトムが戻って来る。ふたたびセイボリーは首を傾げた。
「コドラといえばいわ・はがねタイプのポケモン。元・委員長には会いに行くことが難しいとなれば、ミスターピオニーですかね……」
「……あ、マクワさんのセキタンザンの近くに居れば、タマゴ孵化しちゃうかも!? もう一度聞きなおしてみるのアリじゃね!」
「……鉱物採集と仰ってましたが、もうすこし詳しく聞いてみる必要はあるかもしれませんな」
クララが、未だに括り付けたままのタマゴを揺らす。
「では、効率を考えまして……二手に分かれますか! ダブルバトルでもエレガントに!」
「えー、キミひとりで大丈夫ぅ!?」
「ワタクシはあなたこそ心配しているのですが!?」
「任せとけって! クララの魅力でクラクラァ!にしちゃえば、情報ぜーんぶゲロるから♡」
セイボリーは盛大にため息を付く。なぜ先ほど使わなかったのかという言葉は喉奥にしまい込んだ。
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対話とタマゴ
ヨロイ島が熱帯であれど、雪原は常に真冬で雪が降り積もる。鮮やかな青緑から、辺り一面真っ白な雪景色へと大地の表情が変わり、はたして本当に同じ地方にいるのかと錯覚をしてしまいそうだ。ついヨロイ島と同じ格好で移動してしまい、セイボリーは雪降る空気の冷たさに後悔する。
「さ、寒い……! ここ、こここれぞ、こごえるせかい……!」
ピオニーの連絡先を知らなかったセイボリーは、トレーナー協会に連絡し、連絡先を聞いた。そしてスマホロトムから電話を掛けたが、しばらく忙しく、手が離せないので直接話をしたいとのことだった。
はるばる雪原へと移動し、雪を掻き分け、なんとか目的の洞窟へと辿り着く。
ピオニーが指定した洞窟は暖房が付いており、非常に温かい。もう外へは出られなくなりそうだ、とセイボリーは密かに思った。中では研究員たちが数人、資料やモニターを広げている。洞窟内ではおおよそ似つかわしくないような機械のモーター音が耳に届く。端から大柄の男が駆け寄ってきた。
「いやいやすまねぇ! シャクちゃんがド・大物見っけたらしくってよ! 帰ってきたらすぐ撮影できるようにしておきたくてさ」
今ピオニーの娘が、この先で珍しいポケモンを捕まえるための探索をしているらしい。娘はともかく、珍しいポケモンについては、トレーナーであるセイボリーも興味はあった。
「だから途中で止めるかもしれないが許してくれよな……シャクちゃんの為なんだ……」
誰が見ているでもない洞窟で、顔の角度をばっちり決めた父親にセイボリーはつい高い声で言う。
「それは結構! ワタクシもその珍しいポケモンとやらに関しましては、レディシャクヤに後ほど詳しいお話を聞かせて頂きたいので」
「お、じゃあ交換ってことでいこう! シャクちゃんも自慢話したいだろうからよ」
何の許諾も確認もなく娘を交換条件に出す男に、セイボリーはひとつ咳払いをする。
「ごほん。えー、それでは本題へと参ります! いざエスパーパワー・ダイマックス!」
「ハハハ! お前さんのそういうノリ、かなり気持ちいいぜ!」
セイボリーは手帳とペンを取り出し、すらすらと記入していく。洞窟の隅に置かれた暖房がぱちりと弾ける音がした。
「コドラが……本来生息しないはずのヨロイ島で発見されたのですが、原因について思い当たります?」
「コドラが? うーん、まあ、移動してもおかしくはねぇとは思うが……しかし雪原からわざわざ動く理由ってのも思いつかねえな。となると、運ばれたってことになるのかもしれねえ」
ほお、と感嘆の声を上げながら、再びペンを走らせる。
「ヨロイ島では食料難を理由に縄張り争いしていたらしいのです。彼らの食料が減る理由はどうです? それで土砂崩れが起きているようでして」
「ボスゴドラやコドラはいわポケモンの系譜で気が長い。そうそう暴れ出すことはないはずだがな、それこそわざわざ縄張りを壊してまで。ボスゴドラなんて自分たちで管理するんだからよ。すげーよな! ド・最高だよな!」
「でもバンギラスとかいません!? あくは禁止です!」
セイボリーはバンギラスを思い出す。エスパータイプキラーとして、試合の相手になる確率が高かった。彼らは常に獰猛で、有り余る力に任せ、真っ直ぐ敵を倒しに来る。そこにあるのは、純粋無垢な闘争本能と、自分自身の野生の力の証明だ。
正直なところ、エレガントさのかけらもなく、自分がレフェリーならば出禁にしたいとセイボリーは思っている。
「ダッハッハ! あれはまた特別気性が荒いからよ。だから、バンギラスが山を荒らすってんならわかるぜ。そういう宿命に生まれてるポケモンだ。ボスゴドラ達とは対極にいるってか?」
「なるほど」
「……けど食糧難で縄張り争いしてんなら、急に個体数が増えすぎて資源の鉄が枯渇したって予想するよな」
「……個体数ですか。観測した所ものすごーく多そうには見えませんでしたが。2匹以外は見当たりませんでしたし……詳細を調べるべきか……」
「ヨロイ島で……自然災害ではねえんだろ? あとはー、人間が確保しすぎて人的災害ってやつ? ……あー、ただ」
男は小さく頭を掻く。それから腕を組んだ。
「元々食えるものがない場所に捨て置かれたんなら、話は別かもしれんけどな」
「後者はどちらにしろ人間か……縄張り争いに関してはあまり重点ではなさそうですね」
「そうかもな! マクワはヨロイ島にコドラが生息してないこと、知ってたのか?」
「……うーむむ、その辺りを聞き損ねてますね……セイボリー・サイコショック!」
「ダーッハッハッハ! 探偵さんかよ、楽しそうじゃねぇか」
大きく笑う男は、勢いそのままにセイボリーの細い肩を叩く。
「……しかし、彼は現場で出会いましてね……ワタクシのエスパーパワーがぐるぐると溜まってみらいよち……」
「ほー、なんだ、ミステリーの予感か?! しかし見てるはずの人間の情報を疑うってのは、かなり大変そうだな!」
「セイボリー第六感!という奴です!」
ピオニーが吐いた息が白く染まった。
「それにしてもいわポケモンかー、あーそういや……」
洞窟の外は、しんしんと雪が降っていた。また今夜も雪原に積もるのだろう。
「最近雪原でタンドン見かけなくなってきてるんだよな」
「なんと! よくお分かりですね。もしやあなたもエスパーに?」
「そりゃ俺だって数匹ぐれえだったら誰かに捕まったとか捕食されたんじゃって思うぜ。けど明らかに減ってんだよ。こないだもシャクちゃんが全然帰ってこねーから暇で暇で。タンドン数えて遊んでたんだよ 何日も」
「そんなことしてるから帰ってこないのでは……?」
ばっさり切り捨てるセイボリーだが、ピオニーは楽し気に笑う。
「辛辣ぅ。んでまあ、なんとなく個体差もわかるようになってきてさ、お前さんもヤドンとかであるだろ? 同じ個体は数えないようにしてたら、あら不思議。前と数が明らかに違うの」
ピオニーとは大会で戦う相手以外の付き合いはほとんどないが、セイボリーにとって非常に豪胆な男であると感じていた。自分とは対極で、細かいことは気にせず、大胆不敵に、自由に立ち回る姿は腹立たしくも、羨慕さえ感じていた。しかしそんな男が気が付いた世界の小さな変化に、耳を傾けてみたくなる。
「……念のためお聞きしますが、いつ頃気付きました?」
「今月の頭ぐらいだったと思うぜ」
「土砂崩れの前ですか……コドラと関係があるのでしょうか」
「さあな……」
「ちょうどいいです。ミスター・マクワにも話を聞いてみるつもりでしたので。ここはSNSでポンッと……」
「おーっ! シャクちゃーん! おっつかれー!」
今にも鼓膜が破れそうな大声が、狭い洞窟内で反響する。細い通路の奥、人影が見えるが、セイボリーからは誰であるか判別できない。眼鏡も曇っているわけではなかった。
駆け寄ろうとする大変な親ばかを、解析スタッフが止めている。しばらくするとシャクヤが恐々と姿を現して、思いきり抱き着かれていた。
リーグ選手の親と子供の姿。今は自分がジムリーダーを承継したが、似たような時期も、確かに存在していた。もっともセイボリーは、あんな愛情など受けた事もない。
◆
子どもの頃から、顔を合わせる関係だった。由緒正しいエスパージムリーダー一家、その末端として生まれ育てられたセイボリーは、家庭の関係で時折リーグに顔を出す。基本的には兄姉が優先され、どうしても親と自身の都合がつかない時だけ預けられる。
この日は兄姉も合宿で不在であり、エスパージムの子どもからはセイボリーだけだった。
リーグに来れることは、自分の特権が証明されるようでとても嬉しい。不仲の上兄弟が不在であり、自分だけだという事も拍車をかけた。
「いいですか! ここでスタッフのいう事をよく聞いて、静かにしているように」
「はい!」
両親への返事は必ずはっきり「Yes」。それ以外だと食事が減らされるリスクがある。セイボリーは賢いので間違えない。今日は親であるジムリーダー同士のエキシビジョンマッチだ。
スタジアムに設置された、スタッフ見学用の部屋にセイボリーは案内された。親は一言述べて急いで試合の準備に向かう。大きなガラス張りで、2階の端から様子が見える。数人のスタッフが芝の最終調整のために、トンボを引いて歩いていた。
ふと部屋の奥を見ると、先客がいた。スタジアムを見下ろして、母親が小さな少年に説明をしている。こおりタイプジムリーダーと、同じくらいの年齢の息子だ。自分に気が付くと、ジムリーダーが優し気に笑う。
「おやセイボリーちゃん。久しぶりだねえ」
「はい、レディ。ごきげんうるわしゅう!」
「あはは、相変わらず面白いね! 今日はマクワも一緒だからよろしく頼むよ」
彼女の息子は、おずおずと真ん丸な頭を下げる。
ジムリーダーには跡継ぎを選ぶ権利があり、身内から算出される世襲制であることが多い。
故に、将来有望株の子どもたちは、教育の一環としてよくよくリーグの中で顔を出し、見学をしている。マクワはそのうちの一人。お互い話すことはほとんどないまま、顔を合わせていた。
ジムリーダーは、ガラルの中でも限られた人間だけが就ける、有数の職業だとセイボリーは自負している。
選ばれし人間から産まれ、選ばれし環境で育った自分は、間違いなく、周囲とは違う優れモノのエリートだ。
だが、親のセイボリーを見る目は、エリートへの期待でも、ごく普通にかけられる物でもない、いつだって失望の色ばかりが濃く、自尊心との強いコントラストがセイボリーの首を絞め続ける。
「今日の試合もレポートが宿題だからね。ヒヒダルマを起点にするつもりだから、しっかりみてるんだよ」
息子の肩を軽くぽんと押し、待っててね、と声を掛ける快活な母。軽快な足音を立てて部屋から出ていった。
仕方なく預けられていたセイボリーとは違い、マクワは母親から次期ジムリーダーとして期待を掛けられているのが取るようにわかる。兄姉に対する態度に似ているから、余計に。
セイボリーにとって、喉から手が出るほど羨ましい環境だ。兄弟の末子であり、ちっぽけで無意味なエスパー技しか使えないおちこぼれの自分。
言いつけを守り、マクワはじっと硝子越しのスタジアムを見下ろしている。いいな、羨ましい。どうして自分にはないのだろう。
よいこのトレーナードリルを読む振りをして、離れた場所に座る少年の背を見つめた。
「うわ!?」
ぐるぐると廻る感情が、どうやら無意識にエスパーパワーを発動させてしまったらしい。マクワの持ち物がふわりと浮いて、モンスターボールが6つ回転する。そのうちの1つが床に落ちて、中から驚いたポケモンが姿を現した。タンドンだった。マクワは慌てふためいている。ふとセイボリーを見た。
自分のコントロールミスに、セイボリーもどうしてよいのか分からない。ええと、と部屋を見渡してから言う。
「……あなた! もう6匹もポケモン連れてるのですか」
「あ、いやその……これはひみつに、してくれませんか……」
セイボリーは長いまつげの瞼を開いて閉じてを繰り返す。タンドンはいわのポケモンだという事に気が付く。
「……ああ、レディはこおりタイプの使い手ですものね」
少年はタンドンの頭を撫でて、小さく頷いた。
「でも、なんでボールが浮かんだのかな……わかりますか?」
「……わたくし、エレガント・エスパーパワーの使い手ですから、物体を宙にうかせるぐらいはゾウサもないのです」
「エスパーパワー……」
「つきましていまのは……セイボリー・うっかり、です」
「……うっかり、ですか……」
ややあってから口を開く。横でタンドンが、トレーナーを嬉しそうに見上げていた。
「ええと、ぼくにも使えますか?」
「サイキッカーは血すじですからね。ごせんぞ様にサイキッカーがいるかお調べになるのが良いかと」
「うーん、いないとおもいます。……うらやましい……ですね」
「はい?」
マクワはもう一度優しく触れた後、タンドンをボールに戻す。ボールはポケットにしまった。セイボリーは瞬間的ににらみつける。この力のせいでみじめな思いばかりしているのだ。それを知らぬまま、身勝手な憧憬を持たれるのは心外だった。
「お母さんは、トレーナーには強さと美しさがいると言ってます。……つよくなるのはちっとも難しくないけど、うつくしさってわからない。……これ美しさになりそうです。面白いし」
「……そうですか」
セイボリーは再びトレーナードリルに視線を落とす。いつも家族には落ちこぼれの力だと揶揄われてきた。愚鈍で無能な失敗作。いくら頑張っても、みんなに見下される。
まさか「美しさ」なんて形容されるとは思わない。それもトレーナーの大事な要素の一つとして。頬がかあと熱くなるのを感じた。
同時にもやもやした、形容しがたい何かが生まれて、胸の内でぐるぐる暴れている。セイボリーは自分の能力を使う事で解放した。状態異常のページを読みながら、念能力を発動させる。横に座っていた少年がぎこちなく宙に浮かんだ。
「うわっ!?」
マクワはバランスを崩すと、ぐるりとその場で回転し、何とか着地を成功させた。しかしすぐにバランスを崩して冷たい床に転がる。セイボリーが、自分のボールをふわふわと浮かせ始めた。
「……いたい……」
「ま、まさかわたくしの力を自分でしのぐとは……ヒキョウすぎてサイコショック……! メキョっと転ばせ、へこませるつもりでしたのに……」
「残念だけど、ぼくが相手ではかないませんよ」
膝をはたき、立ち上がると、口端で弧を描く。
「んあぁ! 兄姉みたいで腹が立ちますね」
「……でもそうか、ぼくも頑張ったら……うつくしいを作れるかもしれない。今のヒントにします」
閃いた少年が、今の動きを一人で再現しようとばたばた飛び跳ねる。
「ああ、さわぐを使わないで! エレガントに!」
セイボリーが再び念動力でマクワの足をとると、ばたんと背中から転がった。その途端、扉が開き、リーグのスタッフが顔を出す。硝子の向こうでは、開会のあいさつが始まるところだった。
「こら、おふたりとも静かにしてください!」
マクワがふと我に返って、恥ずかしそうに頭を下げている。セイボリーも続く。この事は優秀なサイキックである親に全て知られ、帰宅後は長い長い説教が待っていた。
◆
「ええ、マクワさん行方不明ィ?」
スマホロトムに何度も何度も電話やメールを送らせたが、全く帰ってこない。痺れを切らしたクララは、タマゴを背負ったままいわジムへと直接乗り込んだ。今はオフシーズンで、一般の人はおらず、それぞれ自分のトレーニングに集中している。
受付で整理をしていたジムトレーナーの女性も、同じくジムリーダーに連絡が取れず、困惑していた。
「そうなんです……。もう2週間くらい連絡が届かなくて。でもちゃんとジムは回るようにスケジューリングだけはしてあって……用意周到って言うか……」
元々タレント業務も多いガラルのジムリーダーの仕事である。ジムリーダーが不在で、トレーナーのみで行う業務体制は整えられていた。
「だーからうちの電話にもぜんっぜん出なかったのか! あのお母さんが黙ってないんじゃ?」
「さすがにメロンさんもそこまでは口出ししないよ。既に独立してるしね……」
「……このあいだ本人にはヨロイ島で会ったんだけどなァ……」
「ええーっ、嘘!? マクワさんに!? えっ元気そうでしたか!?」
「元気と言えば元気なのかなァ? そこまで付き合いあったワケじゃないし……」
クララはあの時の様子を思い出す。いつもと変わりがないように見えたが、しかし少しばかりぼんやりしていたような気もする。だが口に出せる程の確証はなかった。
「ここにいても埒が明かないってことはわかったよォ。それじゃまたねェ」
ジムの外は空気が冷えている。ヨロイ島よりも何倍も柔らかい陽射しがクララを照らしていた。背負ったタマゴはまだまだ重たい。紐を持ち上げ背負い直すと、この紐が、道場の物だったことに気が付いた。紐の裏側をひっくり返すと、しっかりとマスター道場と刺繍してある。
師匠は何も言わないだろうが、不始末にうるさいのはミツバの方だった。いつも明るい女将さんだが、ひとたび怒らせると恐ろしいことになるのは体験済みである。
「あーホームセンター行こう。タマゴ紐パクったままだったわ……」
近くのホームセンターまでスマホロトムで道筋を検索し、歩いていく。大きな店舗は看板も目立つように設置されており、迷うことなく到着できた。
広い店内にはポケモンの世話に関する用具や、工具など、あらゆる分野の道具がそろっている。休日の日中は家族連れもおおく、さらにポケモンを直接連れてきている人たちで賑やかだった。当然ポケモンベビー用品の棚もあるが、非常に広い店内だ。一度地図を見て確かめることにした。
入り口から、左のずっと奥の方に目的の棚がある。余りの遠さにげっそりしながら、クララは歩いていく。高い金属の骨組みが剥き出しの天井から蛍光灯が伸びていて、さらに案内板が下がっていた。入口から左に進めば進む程、案内板の数字は小さくなっていく。日用品、家具、照明、工具、資材……順番に辿っていくと、ふと先日のことを思い出す。
ポケモンに与える細かい鉄材や石材が、大きな箱に詰められて、量り売りされている。これが鉱石、資材そのもの。
どくポケモンを中心に扱う以上、気化や融化されていない固形物はクララにとってはあまり縁のない世界だった。
「鉱物といえば、毒性物質は近いのかもしれないけど……こんな硬いのそのまま食べるんだもんなぁ……うえー歯が割れそう……」
奥には石炭が何種類も箱に並んでいる。全部真っ黒でわからないが、細かい違いがあるらしい。ラベルには種類ごとに名前が書かれていた。
その箱の前で、頭を捻っている大柄の男性が立っている。立ち上げたような奇抜な髪型は潜めており、すぐにはわからないが、マクワその人だ。何やら光の入った小瓶を持ち上げている。
「あー……石炭……? となんだあれ」
マクワは小瓶の炎を石炭に照らし、悩んだ結果、各箱に入った石炭を、全種類袋詰めして籠に入れた。
「セキタンザンにでも食べさせるのかなァ……てかこれチャンスじゃね!?」
両肩に掛かった紐を握りしめ、クララは声を掛ける。ここで逃せばいつ話を聞けるかわからない。
「火、キレイですねェ」
「……クララさん!」
面食らったようにマクワは言った。まさか顔を合わせるとは思っていなかったのだろう。小さな炎の小瓶を背中で隠すようにした。
「……どうしてここに?」
「この紐借り物だから、自分の分を買ってから返そうと思って」
「クララさんにしては真っ当ですね」
「ヒドッ! わたしのことなんだと思ってるんですかァ? そだ! ねェ、ついでに話を聞きたいんだけどォ、時間ありません?」
クララの猫なで声に、マクワは腕時計を見る。少し考えて、口を開いた。
「……構いませんが、何でしょう」
「コドラのことですゥ」
「……わかりました。場所を移しましょう」
互いに必要な物をレジへと通して購入し、すぐ近くの喫茶店に入った。
扉を開けた瞬間から、香ばしいコーヒーの匂いが、肺を満たしていく。入ってすぐの場所にはケーキが並んでいて、黒板が今日のおすすめを知らせてくれる。雰囲気の落ち着いた店だ。
店内はマホガニーの木がふんだんに使われ、座席は全てふかふかのソファで出来ている。
ちょうど昼過ぎで、ティータイムだが中は数人の客しかおらず、閑散としていた。クララは紅茶といちごパフェ、マクワはコーヒーを注文する。休みだからだろうか、クララにとって彼がサングラスをしていない私服の姿は新鮮だった。
「よくここ来るんですかァ?」
「いえ、初めてです」
「アハ、そうですよねェ! わたしも初めて」
クララは机に頬杖をつくと、ちらりと隣の客を見た。奥様方が3人、ポケモンと生活の悩み相談をしている。クララのスマホロトムが連絡の到着を知らせた。セイボリーからだった。
「ねェねェ、もう一度コドラについて話を聞かせて欲しいんですけど」
「ひとつだけ伺いたいのですが。あなた方はなぜ、土砂崩れを調べているのですか?」
「師匠の頼みじゃなきゃこんなことしませんよォ」
「なるほど。マスタードさんの島でしたね、納得しました」
「なんかまた失礼なこと考えられてる気がするけど……優しいクララちゃんはこんな事ではグロっとしませェん! あ、録音はさせて!」
マクワが音もなく首肯した。
スマホロトムでアプリを探し、赤いボタンを押す。画面に表示された数字が一つずつあがってゆく。
「なんでコドラが暴れているのは食糧難だと思ったんです?」
「周囲を調べまして、鉄鉱石が急に減ったとわかったからです。地表に出ている岩の年代から見て……かなりの量です。そしてまだ新しい採掘の痕がある。おそらく……誰かが掘り起したのでしょう」
「それって、いつぐらいか分かるんですか?」
「ううん、詳細は難しいのですが……ぼくが見た所、1,2か月前でしょうか」
「……土砂崩れの前じゃん。これが原因!?」
「ええ。おそらく……これが直接的な原因だと考えています。急に減った鉄鉱石にバランスを欠いて、土砂崩れが起きたのだと」
「コドラが暴れてたから、じゃないのォ……がっくり」
「ただ、コドラが暴れる原因のひとつにはなったのだと思います」
「ほかにもあるってことォ?」
「……予測ですけどね」
「……そうだ、ヨロイ島ってコドラ住んでないんだって……知ってましたァ?」
碧い目が少し揺れる。
「……い、いえ、……初めて知りました。たしかにヨロイ島はいわポケモンは少なかったですが……であれば、コドラは外部から移動してきたことになりますね……」
「そう、だから師匠も不思議に思ったらしくて」
「……つまり、あのコドラは捨てられた……? 暴れるように、指示をされて……」
「コドラは、鉄材窃盗犯のカモフラージュに使われたっていうの?」
「……まだ、わかりませんが、その可能性は高いかと……」
注文したコーヒーと紅茶、パフェが運ばれてきた。クララはティーカップに砂糖を入れ、一口付ける。温まった息を小さく吐いた。
「……そうそう、最近雪原でタンドンが減っているらしいですよ」
「タンドンが……?」
「ピオニーさんが第一発見者だとか。なんかいわポケモンばっかり……」
「……それはぼくも知りませんでした。調べてみます」
クララは上目遣いで言う。
「これは余計なお世話かもしれませんがァ……ジムには戻らなくていいんです? トレーナーの子、心配してましたよォ?」
「伝えてあったのですが……もう一度連絡入れます」
「……忙しそうですねェ」
「……いえ……ぼくもこの土砂崩れについて、知りたくて。……ぼくはいわタイプの専任です。ぼくの観点から手伝えることもあるかと」
「そうか……わたしもどくタイプの専任なんだよなァ……キャハ!」
「ふふ、有事の際はクララさんも呼ばれるかもしれませんね」
イチゴを一つ摘まんで咀嚼する。咽喉を通してから、クララが言った。
「あ! そういえばさっきの瓶が見たいですゥ!」
「あ、ああ、……これのことでしょうか」
鞄から硝子の小瓶を取り出した。中で小さな炎が揺らめいている。上にフタはついているが、網になっていて中に空気が入るようになっていた。消えずに済む仕掛けだろう。
「……ずっと燃えてる、これ?」
「……ポケモンの力を借りた特殊な、種火です。……探知機というか」
「宝石とか見つけちゃう感じ!? ああ、だから土砂崩れ現場にいた時も下げてたんですねェ」
「気づかれていましたか」
クララは思い出す。あの日大きなリュックサックの後ろに引っ掛けられてた。ペットボトルだろうと思っていたが、あれはガラス瓶だった。
「……炭素濃度の高い物だけですよ。質の良いものに反応するのです……でも、ある意味では……宝石と言えるかもしれません」
「手品かよォ!? ……意外だなァ、マクワさん、こういうの信じないタイプだと思ってた」
空になったカップを皿の上に置いた。
「ねえ、今度もスタートーナメント、わたしと組みません?」
「……考えて、おきます」
「あそこまで行ったんだし、次は絶対優勝出来る! いや優勝する! うちらならぜってー勝ってやんよォ! ねェ?」
マクワはぱちぱちと瞬きをしている。何故か、違う空間にいて、言葉が届いていないような、漠然とした違和感をクララは感じ取った。しかし言葉にまとまる前に目の前のきらきらしたスイーツの花瓶に移り気をとられる。
パフェを突いた瞬間、隣の席に置いたタマゴが動き出す。みるみるうちにひびが入り、大きな音を立てて殻が割れていく。中から出てきたのは石炭の塊。赤い眼を瞬きさせている。
「……タンドン?」
「まさか、いわポケモンとは」
「えーん、グスングスン、どくポケモンがよかった! でも元気に生まれてきてくれて嬉しい! あは、マクワさんの近くにいれば早く生まれてくるって見込み、大正解!」
クララが抱き上げると、タンドンは嬉しそうに擦り寄る。椅子から立ちあがって、マクワも手を伸ばした。机に置かれた小瓶の炎が、揺らめきを強める。
「うーん、タマゴから育てるの結構アリかもォ……。エレズンのタマゴ探してみようかな」
「……良い個体の、タンドンですね。……温かい……種火も燃えてる」
「さすが、分かるゥ! セキタンザンもこんなだったんですか?」
マクワの青い目は、ただじっとタンドンを見つめている。澄み切った碧が、赤い輝きを吸って、鈍い紫苑の光を放つ。再びクララは言いようのない空気を感じた。
「……この子、ぼくに譲っていただけませんか?」
「……マクワさん? どしたの?」
返事はない。揺らめく陽炎のような高い湿度だけが肌の上を滑る。さっきの違和感の温度が確かに上がっていく。
一見全くわからないが、ひかりのかべよりも、とてつもなく大きな隔たりがあった。
「……残念だけどォ、わたしが師匠に叱られちゃうからダメですゥ!」
クララは早速スマホロトムで写真を撮ると、立ち上がる。
「そうですか……分かりました」
「それじゃ、ありがとうございましたァ! 考えといてくださいね、トーナメント!」
◆
とうとうみらいよちが目覚めたのかもしれない。
再び山へ登る日もあるだろうと考え、セイボリーは大きいホームセンターでリュックや杖、飲み水などを買った。軽装で昇ってしまい、疲れ果てた反省だ。
元気ありあまるクララも一緒だったため、非常に疲弊した。そもそも肉体労働は向いていないのだ。故に自身への負荷を考え、備えておくことにした。セイボリーは賢いので。
その帰り道、すぐ隣のカフェに、見知った大男が座っている。マクワだった。
正直セイボリーはマクワに対して、良い感情を抱いていない。
しかしクララがきちんと自分の意図を汲んだのか、いささか不安であったし、硝子越しにぼんやりしている姿が気になった。扉を開くと、小気味良くからんからんと音を立てる。カフェのキッチンの奥の方では、キレイに片づけられた台が、水拭きされているのが見えた。夜は客が来ない為、店じまいも早いのだろう。
セイボリーはひとつ深呼吸してから、マクワの座る席の向かいに座った。
「……今日はやけに人に会いますね」
「レディクララと会いましたか」
マクワは曖昧に笑う。ぴしっと手を挙げウェイターを呼ぶと、セイボリーは紅茶を注文した。マクワもコーヒーの追加を頼む。
「ということは既に聞かれておりますね、コドラの話」
「はい。ヨロイ島にはコドラが住んでいない、という話ですよね」
「ご存じでしたか?」
「いえ、知りませんでした。カモフラージュに使われた可能性についてお話ししました」
「……なるほど、鉄の掘削を人間が行ったと。つじつまは合いますね」
すぐに紅茶が届き、マクワのカップもコーヒーでたっぷり満たされた。
セイボリーは熱いと言いながら、紅茶に口を付ける。
「……正直、ミスターマクワが行ったと疑っています」
「まさか。ぼくはいわポケモンの使い手です。鉄があった所でメリットはありません」
「それは金に換えるなどなんとでもなるでしょう。ただ、副産物的ななにかがあって、掘り出したんじゃ……」
「副産物?」
「ワタクシたちが知らない、他のものです。たとえば……宝石とか、石炭とか」
「たしかにあそこには手を付けられていない赤鉄鉱があります。同グループのコランダムであるルビーやサファイアも見つかります。しかしお話した通り、ぼくが持ち帰る事はありません」
「……しかし、黒い破片を拾っていませんでしたか?」
「見られていましたか……お2人とも、鋭いですね」
窓の外は太陽が傾きはじめている。スクール帰りの子どもたちがしゃべりながら歩いていった。
マクワの顔にも少し影が掛かる。
「あれは……ぼくが落とした石炭です。……セキタンザンとの訓練に使用していました。ちょうど土石流の日に。ですからぼくの物以外は持ち帰る事はありませんと」
「なるほど。前提に違和感はありますが……筋は通りますね。あの日も石炭を探していた」
「土砂崩れの原因を調べながら、あの時落とした石炭を拾い集めています。黙っていた事は謝ります」
コーヒーカップは再び空になった。
「……今まであまり話をしたことがありませんでしたね」
「……ええ、そうですね」
「あなたが母とスタートーナメントに出ている姿を見て……母はぼくとああいうことがしたかったのかなと考えました」
子どもの頃からの付き合いだった。だがしかし、セイボリーの苦手意識から、余り声を掛ける事はなかった。マクワ自身も、見かけとは裏腹に、あまり積極的に話したたがらない人間だ。
ぽつぽつと話される言葉は、要領を得ず、少し拙い。
いつだって明るく自分を引っ張り、跳ね返す彼の母とは正反対だった。
「おそらく違います。でも……楽しそうでした、すごく」
セイボリーはおずおずと紅茶に角砂糖を追加し、くるりとティースプーンを回した。
「あの」
マクワにつられるように、頭の中の記憶を並べながら、セイボリーも話しかける。
「ミスターマクワ、どうして……タイプスワップなされたのですか」
「ぼくがいわポケモンを好きだったというだけです……あなたのいうところの捨てた、かもしれませんが」
丸眼鏡の青年は思い出す。現フェアリージムリーダー、ビートとのやり取りを。マクワは自分の至らなさをしっかりと拾い上げてくる。
硬い生真面目さが、柔いセイボリーの心には引っ搔き傷のように残る。
そしてただ好きだという理由で、ジムリーダーであることを選択できるその立場さえ、やはりセイボリーにとっては喉から手が出るほど欲しく、疎ましいのだ。苦々しく呟いた。
「……やはり、気が合いませぬな」
「そうかもしれません。けれどぼくは……今でもあなたの持っている力も、そして立場も……羨ましかったです」
「それは……どういう」
俯くと同時に眼鏡が白く反射した。わからない。この先輩が何を言っているのか。セイボリーはただ能力が劣っているというだけで、罰を受け続けた痛苦の根源だ。
羨望を抱かれるなんて、吐き気がするほど到底ありえなかった。
「……もっと早く……家を出る決心が、できたかもしれない。そうすれば……いわポケモンとの時間を、作れたでしょうから……」
艶やかな青の瞳が、セイボリーを映している。そこには一切の忖度などない。
どこまでも彼は、自身に与えられる試練を容易く受け入れてしまえる人間だった。
純粋なまっすぐさがきらきらと輝いて、時にその眩しさに、自分の黒影を焼き付かせるのだ。
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