プラネテルス・ノード_第一話:ファウスト・インプレッション



「もうすぐ、合流地点です。……気を引き締めていきましょう」
「わかった」

建物の残骸の中を抜け、さらに別の建物へと移る。
いまは落ち着いているが、またいつ襲撃が来るかわからない。気を緩めずに身を潜めて歩いていると不意に力が抜けて地面に膝をついた。

「あっ…大丈夫ですか!?」
「大丈夫…少し力が抜けただけだから」

疲れからかそれとも走ることに慣れていないのか、どちらかはわからないが足ががくがくと震えている。
幸い、道中でミルダに説明されたような副作用──強烈な倦怠感や幻覚症状など──は起こっていない。
だが、これではまともに動けない。どうしたものか。
そう悩んでいると、背後から影が差した。

「ファウストや。歩けなくなってしもうたのか」

古風な喋り方をする低い男の声。
こちらの名前を知っているということは──と、振り返る。
そこには、長髪の男性がいた。白衣を着ており、左手には黒い剣を持っている。
黒髪から覗く黄色い羽根が救いの目印の様に目立っていた。

「エンフォーゲル先生!」
「うむ。怪我はないか、ミルダ」

どうやら彼がエンフォーゲルらしい。顔を見ても尚、思い出すことができない。

「私は大丈夫です。けど、指揮官…ファウストが。でもどうしてここに?」

ミルダがまっとうな疑問をぶつける。
それもそうだ。合流地点から少しとはいえ離れている自分たちをどうやって見つけたのか。

「合流地点からは少し離れておるが、通信機のビーコンを頼りにな。二人だけでは危なかろうと|私《わし》が行くことにしたのじゃ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「ファウスト。肩を貸そう。案ずるな。合流地点へとつけば一時撤退の目途も立とう」

エンフォーゲルが肩を支えてくれる。そうしてようやく、再び歩くことができた。
エンフォーゲルが肩を貸してくれたおかげか、スムーズに歩ける。
──辺りは恐ろしいほどに静まり返っていた。

「このあたりの脅威はほぼすべて無力化した。通信手段も壊したゆえ、新手が来ぬ限り安全に移動できよう」
「さすが、エンフォーゲル先生です。“|陽河《ようこう》の英雄”の名は伊達じゃありませんね」

ミルダの褒め言葉に、エンフォーゲルは微笑みつつもどこか微妙な顔をしていた。
何か寂しそうな、辛そうな。
それに気がついたのか、ミルダもさっと顔色を変える。

「すみません…先生はあまりあの呼び名は好きではなかったんですよね」
「いいや、そんなことは無い。気にするでない」

微妙な空気になる。
ここで下手なことを言えば空気がさらに悪化するのは目に見えていた。記憶喪失でもこれはわかる。
だから、何も言わないでおくことにした。

合流地点のビルの一画に何とか到着した。
恐らく足がちゃんと動けば5分とかからないであろうところを、2倍ほどの10分かけてたどり着いたことには申し訳なさしかない。
それでも、ミルダもエンフォーゲルも、責めはしないだろうというのはこの短時間でよくわかった。
どちらも、とても優しい。こんな足手まといの自分を捨てていかない程度には。

「あ、来た。待ちくたびれたわよ。で、ファウスト。大丈夫なの?」

ネコの耳が生えた、長い茶髪の女性の黄緑の目がこちらを見る。手には大型の杭打機が。
ファー付きの灰色ジャケットに胸の一部が見える赤いスカートがおしゃれにマッチしている。
ここが戦場でなければ、口説かれたりするのだろうな、と思う容姿をしていた。歳は20代後半くらいだろうか。

「彼女はオーガスタさんです。オーガスタさん、いま、指揮官ファウストは一時的な記憶喪失になっているようで……作戦行動の続行は不可能と判断しました」
「そ。なら撤退ね。失敗になっちゃうけど、死ぬよりかはマシよ」

オーガスタがなんてこともなさげに太い茶色の尻尾を揺らしながらそう言った。
作戦の失敗。H.U.N.Tという組織が何の組織なのかイマイチ思い出せていないが、それはとても大変なことなんじゃないのだろうか。

「そもそもあたし達の情報がどこからか漏れて分断された時点でファウストの無敵の作戦があろうがなかろうが、無理よ。リカバリは可能かもしれないけど、この様子じゃそれもダメでしょ。なら、帰るしかないわ」

あーあ、タダ働きになっちゃうわね。などと、オーガスタがボヤくのを聞いて、申し訳ない気持ちになる。せめて、記憶喪失になっていなければ。
何とかうまい作戦を立てて乗り切れたのだろうか。

「責めてないから、気にしないで。ファウストじゃなくてもミルダを庇っただろうし、仕方ないことだもの。この際、死人や大怪我した人がいなくて良かったと思うべきね」

あっけらかんと言い放つオーガスタは、本当に割り切っているようだった。
その美人な見た目からは想像できないほど、ドライなのかもしれないなとなんとなく思った。

「車、表に停めてあるから。帰るわよ」

建物を出る。まだ警戒は抜けない。
狙撃などあったらどうしよう、なんて要らないことを考えながら、物々しい小型の装甲車に全員で乗り込んだ。

「じゃ、安全運転でいくわよ」

などといいながらオーガスタがハンドルを握る。
そして、勢いよくアクセルを踏んだ。ぎゅいん、と車が発射する。

「安全運転!? これが!?」

猛スピードで荒れた道路を進む車が何度も跳ねる。到底、想像する安全運転には思えない。

「“安全”に帰れる“運転”よ!」
「普通にお尻が痛いんだけど!?」
「にゃはは! 前もそう言ってたわね! 善処はするわ、善処は!」

ゴンゴンとお尻を薄いクッションの座席にぶつけながら、シートベルトがあって良かったと安堵する。
そうでなければ、跳ねて天井に頭をぶつけるか装甲車内の通路に投げ出されていたところだ。
そうして揺られているうちに窓の外の景色が変わる。荒地になり──まっすぐの長い道路に出た。

「ここまで来ればもう大丈夫だと思います。頑張りましたね、ファウスト」
「ミルダのおかげだよ。ありが──」

とう、と言おうとした視界が真っ暗になる。あ、意識が落ちた。と自覚する間もなく、意識は暗闇に吸い込まれていった。

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