プラネテルス・ノード_第一話:ファウスト・インプレッション

「……すか!」

声が聞こえる。
自身の足はとても緩慢に動いていて、視界は揺れて歪んでいる。
砕けたコンクリートと血が視界に映り、聴覚がぼんやりとくぐもった銃声と爆発音だけを受け取っていた。

「大丈夫ですか! 指揮官ファウスト! 意識をしっかり保って!」

すぐ横から声が聞こえて、そちらを見る。
指揮官、指揮官…はて、自分はそんなものだったのだろうか。
どうにも、曖昧だ。

「意識レベルが低下している? すみません、緊急時なのでこれを使わせていただきます!」

どすり。
服の上から太ももあたりに何かが突き立てられ、そして次に熱さがやってくる。
全身をなにかが駆け巡るような感覚を覚えたあと、急速に意識がはっきりとしてくる。
それが注射だということに気づくまで、そう時間はかからなかった。

「ファウスト、自分のことは分かりますか? 私のことは?」

わからない。
私は──

「私は、誰だ?」
「一時的な記憶障害かも知れませんね。…私はミルダ。貴方の味方です。これだけは覚えておいてください」

視界に映る彼女──ミルダは少女だった。
歳は14歳ほど。ミディアムボブな銀色の髪と角が特徴的だ。
服装は黒のタクティカルジャケットにスカート、そしてブーツ。
片手には杖のような長物を持っている。やけに物々しい装備品たちと共に。
それも当たり前かもしれない。先ほどから響いている爆発音を聞くに、ここが恐らく戦場だということが分かるのだから。

「エンフォーゲル先生やオーガスタさんたちとはぐれてしまっているので、非常に危険な状態であることには変わりありません。動けますか?」
「エンフォーゲル? オーガスタ?」
「私たちの仲間です。大丈夫、とても頼もしい人たちですから」

ミルダが安心させるように笑いかけてくる。
この幼い少女がこんなにも不安に押しつぶされそうな場所で気丈に笑っている。それに対して、自身は今、記憶が曖昧だからと言ってどうしてぼんやりしていられようか。

「エンフォーゲル先生たちとの合流を目標に動きましょう。ここは危険です」
「わかった」

ミルダに手を引かれ、歩き出す。
ミルダの手は素肌だというのに、自分の手は分厚い白いグローブに覆われている。それどころか、足元を見れば胸から下は分厚い防護服のようなものを着ていた。
ふと思い立ち、片手で顔を触ろうとする。ぺたぺた。何かに阻まれて顔を直接触ることができない。

「どうしましたか? あ、ご自身の姿について不思議に思われているんですね」
「あ、ああ…どうして私はこんな服を?」

周りを警戒しながらミルダが口を開いてくれる。

「それは一種の防護服──だとかつての貴方は言っていました。ですが、それが本当かはわかりません。なにせ、冗談めかして言われたので。でも、そのヘルメットや服を脱いでいる姿は誰も見たことがないとか」
「そうか…」

少し怖くなってきた。
もしこのヘルメットが割れたり、服が破けたりしたらどうなるのだろう。
幸い、この戦場においてもどこも破れたり割れたりしていないようで一安心する。とはいえ、先ほど注射を打たれていたのでそこから何かが入って──そこまで考えてやめた。
注射を打ったということはそれくらいの損傷なら大丈夫か、そもそも防護服という話が本当に冗談かの二択しかないのだろう。きっと。
水溜りに自身の姿が反射する。──宇宙服だ。これは。
白い分厚い防護服に妙な耳のような突起のふたつついたヘルメット。
間違いなく、宇宙服というやつである。ヘルメットの中の自分の顔はわからない。反射でよく見えなくなっているようだ。

「すみません、先ほど打ったオドリン配合の緊急覚醒剤の効果時間がわからないので、少しペースを上げましょう」
「オドリン?」
「そこも忘れてしまったんですね…この星の一般常識を説明するので移動しながら聞いてください」

そう言いながら、ミルダは警戒を解かずに話し始める。

「まず、この星は“テルス‐|Ⅲ《スリー》”と呼ばれています。そして、ここは今、アンブラという国の紛争地帯です」

テルス‐Ⅲ。アンブラ。聞いた覚えがないような、あるような。
ああ、そうだ。思い出した。
この星はテルス‐Ⅲと呼ばれており、四つの大陸と島々、そして14の国からなっている。
アンブラは南の方に位置している国で、治安はあまりよろしいとは言えない…という感じだったはず。

「そして、我々にはオドと呼ばれるエネルギーが身体を通っています。…ファウスト、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとなく思い出してきた」

この星の住民は皆、体内に【オド】と呼ばれるエネルギーを持ち、それを利用して特殊な能力を行使することができる。
それが──

「! 避けて! 恐らく敵の兵の【エフェクト】です!」

ミルダが叫ぶ。
それと同時に横へ走る。ミルダが火の玉のようなエフェクトによる攻撃を自身のオド弾で相殺し、駆けていく。
そう、エフェクト。それがこの星の住民に与えられた祝福であり呪縛だ。
体内のオドを使い、使用できる特殊な能力。その効果は多岐にわたる。
他者に干渉したり、自身を変質させたり、はたまた無機物を操ったり。そのエネルギー源である【オド】は状態によってその名前を変化させる。
気体または視認不可な場合はオド。固体はオドライト、液体はオドリン、と言ったように。
先ほど注射された緊急覚醒剤の中身に、そのオドリンが含まれていたのだろう。

「そこっ!」

ミルダのエフェクト弾が隠れていた覆面の敵に直撃し、絶命させる。仕方のないことだ。ここは戦場で、相手はこちらを襲ってきたのだから。
本来なら自分が指揮すべきなのだろうが、あいにくまだそこら辺の知識を思い出せていない。
そして襲ってきた敵も、自身の種族がわからないようなタクティカルだが無個性な服装をしていた。

「“ソナトレク”も大分しつこいですね……でも、どうしてファウストを…指揮官だということがばれて…?」

ソナトレク。それが敵の名前なのだろうか。

「そうだ…ソナトレクについてもお忘れ…ですよね。ソナトレクとはソナトレク・フラタニティの略称です。自助団体を謳ってはいますが、今はただのテロ組織…のようなものです」

ミルダが溜息を吐く。
相当、耐えがたいものがあるのだろう。

「今回はソナトレクが関与した紛争に私たち“|H.U.N.T《ハント》”が介入して被害を最小限に、という作戦だったのですが…作戦がどこからか漏れていたらしく、途中で襲撃を受けて散り散りに……貴方は私を庇って、爆風で頭を打って今の状態となっているんです」

責任を感じているのか、ミルダは眉を寄せて悲しげな表情をした。

「──必ず、二人で生きて帰りましょうね。指揮官」

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