かくしてバレンタインに花火が打ち上がったとさ


「ダ・ヴィンチちゃんのショップにようこそ。何か入用かい?」
 カウンター越しにそう微笑んで迎える姿は、まさに「美少女」そのものだ。これで私好みの髪型になってくれれば言う事なしなのだが、残念ながら2つ分けの前髪は目元を隠していない。
「ああ、バレンタインでのマスターへのお返しを用意しようと思ってね」
 その言葉に、ダ・ヴィンチは目を瞬《またた》かせる。
「バレンタインって、何ヶ月も先じゃないか。気が早すぎない? それとも大掛かりなもの?」
「いいや、そんな大層なものじゃないさ。直前になって、急用が入って用意できないのは避けたいからね。食べ物でもないし」
「なるほど。計画的なのはいい事だね。私も今は手が空いている方だし。それで、何を作ってほしいんだい?」
 納得したように頷くダ・ヴィンチに、私は依頼内容を告げた。

「マスターのカタメカクレウィッグだ」

「…………正気かい?」
 困惑と呆れが半々といった表情で聞き返すダ・ヴィンチに、私は胸を張って答える。
「正気だとも。マスターは君のように髪を伸ばしているわけではないし、そのままではメカクレになれないだろう? 一時的に髪を伸ばす薬という手もあるが、薬がなくなった時点で夢の時間は終わりになってしまう。その点、ウィッグなら何度でもいつでもメカクレになる事が可能だ。包帯やアイマスク型も考えたが、やはり前髪によるメカクレこそ至宝。故にウィッグだ。一部のみの前髪ウィッグという手もあるが、目元を綺麗に隠すよう調整する手間がある。その点、フルウィッグなら髪をまとめて被るだけでいいし、安定感が違う。確かに、ウィッグによるメカクレが果たして真のメカクレと言えるかは実に悩ましい。しかし、ウィッグだからこそ普段はメカクレではない者も気軽にメカクレになれるという自由度の高さは一考に値する。そして、ここは一度この目で見てみるべきだと私は結論づけた。本物の髪でないウィッグによってあの瞳が隠されたとき、そこに感じるのは神秘的な美しさかそれとも」
「キミの熱意は十分に伝わったから落ち着いて」
 どうどう、と言わんばかりに手を軽く突き出しながらダ・ヴィンチが私の言葉を遮った。む、つい語り過ぎてしまった。
「ウィッグなら、カルデアに今ある素材で一応作れはするよ」
 続けて「さすがにちょっとどうかと思うけど……」という小声はあえてスルーして、私は深く頷く。
「それを聞いて安心した。ああ、もちろんデザインも決まっている。ベースは普段のマスターと同じ髪型。それで隠す瞳は、マシュと同じ右目にしてほしい。お揃いでいいだろう?」
 すでに脳内には、恥ずかしがりながらもマシュと並ぶメカクレマスターの姿が浮かんでいる。うん。実にいい。
「……うん、まあ、変なもの……ではあるけど危険なものではないし、もうこの際よしとしよう。それでキミの要望だと……こんな感じかな」
 それなりに引いた様子だったが、引き受けてくれるようだ。カウンターに紙を出して、鉛筆でサラサラとカタメカクレウィッグが描かれる。流石はレオナルド・ダ・ヴィンチと言うべきか、軽いデッサンなのにその完成度はすでに高い。
「素晴らしい。まさに想像どおりだ」
 頬が緩みそうになるのを抑えて、私はダ・ヴィンチにそう告げる。
「オッケー。完成したら連絡するよ。二、三日もかからないかな」
「ああ。よろしく頼むよ」

 そして二日後。ダ・ヴィンチからの連絡を受けて私はすぐにショップへと向かった。その足取りは軽い。
 ドアを開けると、そこには先日と同じくダ・ヴィンチがいた。
「さっそく来たね。はい、ご注文のお品です」
 カウンターの上に乗せられたのは、スタンドに乗ったカタメカクレウィッグ。その美しさに、思わず感嘆の声を漏らす。
「ご満足いただけたようだね」
「ああ。素晴らしい出来だ。今からバレンタインが楽しみだよ。……じっくり見てもいいかな?」
「もちろん」
 ダ・ヴィンチが頷くのを見てから、私は少しかがんでウィッグを様々な角度から見つめる。
 人工的に作られた明るいオレンジの髪に、一房だけハネた毛束。普段のマスターの髪型を忠実に再現しつつも、その前髪だけは片目を覆い隠すのに十分な長さと量になっている。
「デッサンを見たときから楽しみにはしていたが、実際この目で見ると格別だ。まさに芸術と言ってもいい。なんと言ってもこの前髪! 重すぎず、しかし軽すぎない絶妙な長さと量で目元を綺麗に隠している。見えそうで見えない揺れ具合になる柔らかさもまたいい。さらにカタメカクレである事によって生まれる分け目も美しく、光の当たり具合によってできる陰影が計算されたとしか思えない角度で表現されている。
 これほどまでに完璧なメカクレを創造できるとは……ダ・ヴィンチ、もしや君はメカクレに深い造詣があるのでは?」
「さすがにそこまで熱く語られると少し引くけど……でも、そんなに褒められると作った側としても光栄だよ。私は万能の天才だからね。このくらい、当然さ」
 やや引きつった笑みを浮かべつつも、その表情はどこか誇らしげだ。
「ところで、作っておいて何だけど。このウィッグを贈ったところで彼女が被ってくれるとは限らないんじゃないかな?」
 その言葉に私は、姿勢を戻してダ・ヴィンチに向き直る。
「その懸念はもっともだ。だが私はメカクレを勧めはするが強制はしない。いつかマスターがメカクレになる日を楽しみに待つとするよ」
「まあ、ほどほどにね」
 苦笑いを浮かべつつも、ダ・ヴィンチはカウンター横の棚から紙製の箱を取り出した。
「ラッピングは必要かい?」
「いいや、このままで十分だよ」
「了解。それじゃあ、バレンタインまで大切にしまっておこうか」
 そう言って彼女は、まるで宝物を扱うようにウィッグを丁寧に持ち上げて、箱の中にそっと収めた。

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