相生



 上野駅の中央改札口にほど近いところに大包平は立っていた。アメリカから帰国し、そのまま金沢へ輸送されるつもりだったのが、大典太が迎えに来ると言うので待っていたのだ。遠方の展覧会に出ることもそれなりにあったが、迎えが来たのは初めてだった。
 冬の上野駅は雑多な雰囲気に満ちていた。人通りも多く、右に左に正面から背後から、次々に人が大包平の傍を通り抜けていく。老若男女、色々な人間がいるが、皆一様に冬支度だ。昨日から東京は大寒波が迫っていた。動く人波を眺めながら大包平は感慨にふけった。五十年前に比べれば、治安ははるかに良くなっただろう。娼婦も孤児もいなくなり、京成上野駅脇の大階段からも傷痍軍人は消えてしまった。大量にいたホームレスも一掃されてしまったようだった。
 大典太は遠目にもすぐに見つかった。現代でも頭一つ分飛びぬけて上背がある。せっかく目立たないように洋装でいるのに、彼の体格と雰囲気が全てを台無しにしていた。道行く人が皆振り返っている。軽く手を振るとこちらに気付いた。動きづらそうにしながら人込みを掻き分けてやって来る。
「ただいま」
「おかえり」
「留守の間、何かあったか?」
「いいや……あんたの方は?」
「危険なことは何もなかった」
さて帰路の新幹線だと歩き出そうとしたら手を繋がれた。いつも人目のある場所では節度を保っていたから、少し驚いた。
「どうし……」
「これくらい、いいだろ」
「別に構わないが……」
「今回は長すぎる」
「心配かけた」
苦笑すると手を引っ張られる。手を繋ぐどころか腕を組まされた。外で手を繋いだことなど一度もなかった。気恥ずかしさを誤魔化すようにもう平成なのだと内心で言い訳した。
「お前は東京で何してたんだ」
「前田の家の方に寄っていた……」
「もう少し行ってやったら良いんじゃないか?」
最後に大典太が東京に来たのはいつだったか。本当にこの男は出不精だ。その出不精を押して迎えに来てくれたのだから感謝すべきだろう。
「帰ろう。次の新幹線まであまり時間がない」
大典太がせっつく。
「切符を買わないと」
「もう買った」
「どれだけ帰りたいんだ」
思わず笑ってしまった。
 連れ立って歩き出す。腕を組んで歩くなんて西洋の映画みたいだ。おあつらえ向きにふたりとも洋装だった。広い構内に、頭上を鳩が飛んでいく。ふたりで上野を歩いても良かったかもしれない。大般若や毛利には笑われるかもしれないが楽しそうだ。
「光世」
「なんだ」
目が合う。赤い瞳はほんのわずかだけ穏やかに細められていた。長い付き合いだから、喜んでいることが大包平にはきちんと理解できる。
「いや、何でもない。早く帰ろう」
帰ったら、暫くはふたりきりでゆっくりするのだ。

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