相生



 閉館時間が過ぎ、館内の明かりが落とされ人が消える。博物館に夜が訪れたなら、そこは付喪神が支配する場所だ。暗くなったのを確認し、大包平は壁沿いのガラスケースからひらりと床に降り立った。
 ニューヨーク、メトロポリタン美術館。そこで刀剣、甲冑等を含めた大展覧会が開催されていた。その展覧会が始まって、漸く一週間ほど過ぎた頃だった。
 大包平と同じように、展示室には次々と付喪神たちが現れる。あるものはのっそりと、あるものはきびきびと、あるものは這いずるように、現れては好きなように動き始める。馴染みとのんびり談笑する者がいるかと思えば、展示室から駆け出て行くものもいた。
 さて今晩はどうしようかと大包平は周りを見回した。移動していた時間も含めて、ほとんどのものと挨拶は済ませていた。東博から来たものは顔見知りが多い。まさかニューヨークでまで三日月宗近と顔を合わせるとは思っていなかった。少々驚いたがすぐに納得した。日本を代表する刀剣として出品されるのだから、大包平と並び立つのも当然だろう。だが今回は大包平が図録の表紙を飾っているので己の勝ちだと思っている。表紙に大包平を選ぶとは見る目のあるスタッフもいたものだ。
 東博以外のものたちのなかで、吉房の太刀と出会えたことは僥倖だった。岡山から出品されたもので、彼のおかげで池田のものたちの近況も聞くことができた。
「大包平!」
隣のセクションから謙信景光がやって来た。後ろには大般若長光もいる。
「つとめをはたしたぞ!」
「今日も一日ご苦労だったな」
胸を張る謙信に労いの言葉をかけた。この短刀を見ていると微笑ましい気持ちになる。
 博物館に展示されるようになってから、同郷というものを意識するようになった。古備前から長船へ、刀剣の歴史として繰り返し語られ展示で並べられれば愛着も湧く。人間のように際立って似ている部分を探すのは難しいが、同じ産土の刀剣に親しみを覚えるようになっていた。それに備前の刀たちも、岡山暮らしの長かった大包平の話に興味深く耳を傾けてくれた。故郷の話を聞く感覚に近いらしい。初めてできた所蔵された家や場所を超えた繋がりだった。
「外行かないかい?」
大般若がゆるりと笑ってジェスチャーで飲む仕草をした。謙信がいるだろうと笑って言えば、下で飲めるらしい。なら行くかとふたりと連れ立って展示室を後にした。
 とにかくこの美術館は巨大だ。世界中の様々な時代と地域の美術品が集まっている。大包平たちがいる二階には日本美術の展示室もあるくらいだった。まさかアメリカで日本生まれの同胞に会えるとは思っていなかった。
 地域も幅広いが、それに比例して数も多い。それゆえ夜になると騒がしかった。閉館してもそこかしこで人が立ち働いているので、人から見えないようにはしているものの、色々なものがごちゃ混ぜになって動き回っていた。
 突然展示室の外から鼓膜が破れそうなほどのラッパのファンファーレが聞こえた。三人揃って出口の方を振り向いた。
「お、どこかの天使だなあ」
「このよのおわりをつげるらっぱだときいたぞ」
「その割に毎週鳴ってるんだとさ。……『週末』のラッパってな」
「さては飲んだな」
「素面、素面。仕事は真面目にするんでね」
大包平が軽く睨んでも大般若はへらりと笑うばかりだった。
 飲める場所というのは一階のカフェテリアのことだった。昼は来館者用に営業している場所だ。そこに行くまでにもいくつもの展示室を通り抜けることになる。ポロックから始まり、ピカソにセザンヌ、モネと時代を逆走していく。油断すると大般若が絵画を口説きに掛かるので謙信と大包平で大般若を挟んで歩いた。だが大般若はとっくに彼らと挨拶済みだったらしい。とにかくよく話しかけられる。口説かないなら良いだろうと大包平と謙信も話に加われば自然と足は遅くなった。特に印象派からは川のせせらぎやパリの喧騒が美しく流れ出していて、ついつい三人で絵に魅入り、話に聞き入ってしまった。
 ロダンの廊下を抜ければ一階へ続く階段が現れる。一段一段降りるにつれて、頭上の喧騒が掻き消えていく。
「きゅうにしずかになったぞ」
「若いのは威勢が良かったってことだなあ……よっと」
謙信に腕を引っ張られていた大般若が最後の一段から軽やかに跳んだ。
 ホールの天井は高い。その床を這うようにさやかな音が幾重にも重なり合っていた。曲がり角からは囁き声がする。背後からかすかに聞こえるのは衣擦れの音だ。長いローブを引きずって、過去の影が緩慢な歩みで通り過ぎる。引いては寄せる波のように、密やかな騒めきが揺蕩っていた。
「ここが」
大般若はひらりとふたりの前に立って、芝居がかった仕草で一礼した。
「中世ヨーロッパセクション、教会美術の精髄でございます……ってな」
優美な仕草を見ている限り、飛行機にワンカップ酒を持ち込んだ男とは思えなかった。
「大般若はここでもくどいたのか?」
生憎、謙信も大包平も今の仕草に感嘆するには普段の大般若を知り過ぎていた。
「ここはなあ……。美しいってのが失礼になることもある」
案内板を見れば、大般若たちと同じくらいの年代のものから大包平以上に古いものもいる。
「付喪の類も少ないな」
全てに魂が宿っていても良さそうなものだが、感じられる気配から考えると、数は二階に比べてかなり少ないようだった。
 連れ立って歩いているうちに、ふと大包平は一枚の板絵の前に立ち止まった。赤い着物に青いマントの女性が赤ん坊を抱いている。典型的な聖母子像だった。光輪は金箔で装飾されている。
「イコンは知ってるかい?」
大包平の隣に立って大般若が小さな声で言った。ここでは静寂を破ってはならないという気にさせる。謙信は黙って首を振った。大包平もイコンという言葉は初めて聞いた。
「キリスト教の聖像画さ。これが聖母マリア、赤ん坊がイエス・キリスト」
「せいようのぶつぞうみたいなものなのか?」
「似てるんだが違うらしいんだな、これが。この絵の向こうに天上の聖母子を見ながら祈るって寸法なんだそうだ」
「むずかしいな……」
謙信は真面目な顔をして眉根を寄せる。
「そうだなあ……。謙信公の肖像画を見たときに、懐かしくなるのは謙信公であって絵の謙信公じゃないだろう? つまり絵に祈るわけじゃないってことだ。絵は助けてくれない。絵は唯一存在する神の形を象ったものに過ぎない」
「不思議な考え方だな」
「向こうさんにも事情があるってことなんだろうなあ。イコンは窓に例えられるそうだが、窓から見えている俺が俺自身を離れて勝手に命を持ったらおかしいだろう。だから、付喪の類は付かない」
「わかったきがする!」
理屈は分かるが、信者ではない大包平にはどうにも絵の向こうに神は見えない。しかめ面でイコンを見つめても、聖母は硬い表情で信者に行く先を指し示すばかりだ。
 ここが静けさに支配されているのもそういうものが多いからだろう。大般若と謙信が先に歩き始めたので、大包平も後を追う。角を曲がる前に視線を感じて後ろを振り返った。立ち止まったまま、展示室を上から下まで見回す。何も動くものはない。正面には虚空を見つめる聖母子がいる。
「どうしたんだ?」
謙信に声を掛けられた。何でもないと言いながらふたりを追う。
「なあ大般若、あの聖母子、ここに来てかなり長いんじゃないか?」
「気になることでもあったのかい?」
ゴシック彫刻の森を通り抜ける。天井も高くアーチで仕切られた空間はテレビで見た大聖堂に似ていた。林立する灰褐色の彫像たちを見ていると、イコンの色彩の鮮烈さが強く思い出される。
「ここでは誰も祈らないだろう」
博物館は本来の彼らの在り方からはかけ離れたものだ。イコンの前に立った誰が、あの像の向こうに神の姿を見ただろうか。彼らを窓の外の風景だと思っていたか。ほとんどの人間にとって、あれは神を映したものではない。学術的に言えば十五世紀のビザンティン様式、ホディギトリア型のイコン。美術館にあるのだから美術品だ。
「魂が宿るかもしれないってことかい?」
「このまま行けばそうなるかもな」
「ながくあればいろいろあるんだぞ」
見上げてくる謙信に頷いた。本当にその通りだ。
「あんたはどう思うんだい? 博物館で魂が宿るってのは」
「そんなもの分かるわけない。あれとは来歴も在り方も違いすぎる。ただ、そうだな、謙信の言う通り、長く在れば色々ある。人が我らに求めるものも変わるということだ」
博物館というのは奇妙な場所だ。折々展示されているが、その気持ちは拭えない。
 大包平は備前岡山藩の重宝だ。それを何より誇りにしている。だから人の世に戻って来たのであるし、傑作に恥じないものであろうと決心している。これが大包平の核なのだ。それでも展覧会に出品されるたびに思うのは、千年近く生きた身には大包平が誇るものだけでは測れないものが宿っているということだった。
 博物館という場所で、ただ一振りきりで展示されることはまずない。展示の場で大包平には何がしかの意味づけがなされる。あるときは日本刀剣文化の精髄、あるときは武士の時代の生き証人、あるときは備前長船派の前身。展覧会ごとに与えられる意味は変容する。
「私は、私自身が知っている以上のものを抱えている。我らには考え付かないことを人間は我らの中に見出していく。博物館にいると、よくそう思う」
物はそこに存在するだけでは意味をなさない。人の解釈の上に大包平たちは成り立っている。
「あんたそういうの嫌がると思っていたんだがなあ」
「それも価値がある証だろう。この時代まで生き残ったものの特権だ」
人の世は変化するものだ。だから残り続ける限り、物の在り様も変化する。展覧会にしろ博物館にしろ、展示されるようになってから、そこに関わる人々の愛情を大包平はちゃんと感じ取っている。崇敬に近い感情で大包平は大切にされている。だがもう、輝政のように大包平を愛するものはいないだろう。池田の人々のような愛し方はされないだろう。
「ぼくは謙信公のかたなっていわれていたいな……」
「私も池田の刀と呼ばれ続けたいし、天下五剣に劣らんことを証明しなければならない」
「がんばるぞ!」
「互いに精進せねばな」
謙信とふたりで笑いあう。この短刀は素直な気質が好ましい。
「俺からすれば今のままでも美しいもんだがなあ」
「美しいのは当然だろう? なに、時代が変わっても我らが素晴らしいことは変わらんさ」
たとえそこに神を見ずとも、人はイコンの前に立ち止まる。時代や場所を越えても大包平の美しさは人間に届いている。




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